2022年5月 愉気の会
「腰から動き出す」
今月の愉気の会は、腰と骨盤についてのお話とワークを行ないました。
日本語には「弱腰」とか「本腰」とか「腰掛け」とか「腰を据える」とか、腰にまつわるからだ言葉が多いですが、基本的に腰を使った言い回しというのは、その人の「物事に対する意欲や向き合い方」のようなものを現わします。
それはおそらく昔の人たちが、経験や感覚的にそのような「心の在り方」と「腰」という身体部位との関連を感じ取っていたからだと思います。
実際に骨盤や背骨を触っていると分かりますが、人が何かをしようとするとき、腰に力が集まります。私たちが行動するとき、まず背骨に力が入り、それがさらに腰に集まって、それが手足の動きとなるのです。
ですから弱腰であったりへっぴり腰であったりして、腰に力が入らない人は、いくら考えてもなかなか行動に移れないのです。腰が抜けてしまったら立つことすらできません。
ですから背骨や骨盤に弾力があるということは、単純に身体能力とか運動能力とかいうこと以上に、私たちの意志や行動と密接に関連してくるのです。
講座では、頭でっかちになって動いてしまいがちな現代人の「頭で動く所作」と、しっかり腹を決めて「腰から動く所作」の違いを感じ分けてみるワークを行なってみました。
頭で動いている人は、頭から突っ込むような姿勢で動いてしまいがちで、そうなると腰が後からついてくるような形で足下がおぼつかなく、慌てて転んだり失敗したりしやすくなります。
いざ動くときに、頭からではなく、腰から動く。
急いでいるときほど、いったん深呼吸をし、腹を決め、腰から動く。
それだけでずいぶん所作も心持ちも変わってくるものです。
「腰から動く」ということ。
そしてもう一つは「腰が動き出す」ということ。
「腰から動く」をもう一つ深く突っ込んだところに「腰が動き出す」があって、それもまた目指したい構えの一つです。
目指すのは、子どもが何かをやりたがっているときに、思わずモジモジ動き出してしまう、あの腰です。ジッとしていられず思わずフリフリ踊り出してしまう、あの骨盤です。
みなさん、最近「やりたいやりたい!」と思わず腰がフリフリと動き出してしまうような、心ときめくことがありましたか?
大人になると、そんな素直なときめきをどこかに忘れてきてしまったように冷めた振る舞いばかりしてしまいがちですが、実はそんなことはないんですよ。
からだはいつだって素直に「やりたい!」を現わしますから、頭が気づいていないだけで、からだ静かに傾聴してみれば、腰も今まさに動き出さんとウズウズしているはずです。
股関節の動きを良くして、腰の弾力を保ち、強張らしたりしなければ、きっともっと分かりやすく腰が動き出すはずです。
あとはその腰に乗って一歩踏み出せば良いのです。
2022年09月30日
【動画】タッチの日「オノマトペの”ことば”でタッチ」
5月5日は「タッチの日」。
ということで今年もタッチの日がやってきまして、日本タッチ協会のメンバーで、タッチの日のオンラインイベントを行うことになりました!
私は、今年は「オノマトペの”ことば”でタッチ!」と題しまして、”ことば”という切り口から、タッチについてみなさんと一緒に感じて考えるワークショップを行いたいと思っています。
「タッチを広めよう」というのに”ことば”? ”ことば”でタッチ?
そんな印象を受ける方もいるかも知れません。
「現代は、言葉のやりとりばかりになっちゃって、お互いふれあうことが少なくなったから、それでいろんな問題が起きている、そういうことがタッチ協会の言いたいことなんじゃないの?」
そんな風に感じる方もいらっしゃるかも知れない。
確かにその通りなんです。確かにその通りなんですけど、でもやっぱり”ことば”も大事だと思うんです。
何故って、やっぱりそれでも私たちは世界を”ことば”で語るからです。”ことば”でアーカイブするからです。
これまで毎年「とにかく親子でふれる!」ということをやってきたので、今年はちょっと毛色を変えて、今までと違うことをやろうと思っているのです。
あなたの感じていることを、あなたの”ことば”にしてみましょう!
…ということで、以下のリンクから当日のワークショップのアーカイブ動画が視聴可能です。
アーカイブ動画「オノマトペの”ことば”でタッチ」
https://fb.watch/fSgt6CKV6B/
ということで今年もタッチの日がやってきまして、日本タッチ協会のメンバーで、タッチの日のオンラインイベントを行うことになりました!
私は、今年は「オノマトペの”ことば”でタッチ!」と題しまして、”ことば”という切り口から、タッチについてみなさんと一緒に感じて考えるワークショップを行いたいと思っています。
「タッチを広めよう」というのに”ことば”? ”ことば”でタッチ?
そんな印象を受ける方もいるかも知れません。
「現代は、言葉のやりとりばかりになっちゃって、お互いふれあうことが少なくなったから、それでいろんな問題が起きている、そういうことがタッチ協会の言いたいことなんじゃないの?」
そんな風に感じる方もいらっしゃるかも知れない。
確かにその通りなんです。確かにその通りなんですけど、でもやっぱり”ことば”も大事だと思うんです。
何故って、やっぱりそれでも私たちは世界を”ことば”で語るからです。”ことば”でアーカイブするからです。
これまで毎年「とにかく親子でふれる!」ということをやってきたので、今年はちょっと毛色を変えて、今までと違うことをやろうと思っているのです。
あなたの感じていることを、あなたの”ことば”にしてみましょう!
…ということで、以下のリンクから当日のワークショップのアーカイブ動画が視聴可能です。
アーカイブ動画「オノマトペの”ことば”でタッチ」
https://fb.watch/fSgt6CKV6B/
2022年04月24日
からだころころ[FB]
2022年4月 愉気の会
「からだころころ」
今月の愉気の会は、ひたすらころころと転がる愉気の会でした(笑)。
今月のテーマは「からだとの対話」ということで、自分のからだがどんなことを要求しているのか、からだに聞いてみるワークとして「七転び八起き」というワークを行ったのです。
たとえば正座をしようとしたときに、姿勢がゆがんでしまうとか、どこか強ばってしまうとか、痛みが出てくるとか、あるいはついモゾモゾしてしまうとか…、どうも正座という「座りのワーク」に集中できないということがあります。
その原因を「からだのゆがみ」とか「からだの強ばり」という風に捉えることもできるわけですが、からだそのものをもう少し生命的な現象として見てみた場合に、違った捉え方もできると思うのです。
つまりそれは「正座のワークからの逃避」であり、「そうでないワークへの要求」であり、要は「正座じゃなくって、他の動きがしたい」というからだの要求という風に捉えることもできるのです。
私たちのアタマというのはけっこう強権的で、からだに無理矢理言うことを聞かせようとしがちで、そしてからだはけっこう良い奴なので、「しょうがないな。いいよ」と言って、ツラくても素直に従ってくれたりするんですよね。
だから私たちはやろうと思えばいつでも正座ができるわけですが、それはからだがそうしたいかどうか、ということとは別の話なのです。
それで、本当はどうしたいのか、どんな動きがしたいのか、どんな姿勢が取りたいのか、からだ自身に聞いてみようというのが、この「七転び八起き」のワークなのです。
ワークとしてはころころと床に転がるワークなので、最初にその練習としてみなさんに好きなようにころころと転がってもらったのですが、その時点でけっこうみなさん盛り上がって、床を転がりながらいろんなことを感じたり、気づかされたりして、それぞれがころころ時間をとても楽しんでいたのです。
この「ただ転がる」ということも、じつはけっこう大事なワークではあるので、これはぜひみなさんにもお勧めしたいことです。
誰でも大人になると、逆立ちもでんぐり返しも、ほとんどやらなくなってしまうものです。
いろいろひっくり返って楽しんでいた子ども時代から、安定を求めて最適解を学習してゆくうちに、世界も思考もだいたいの落とし所に安定してきて、そうなるとやがて、ひっくり返る事への不安や恐怖心の方が勝るようになってきます。
だから「転がるワーク」をやろうとすると、けっこう多くの人が「怖い」という言葉を口にするのです。たしかに転がることもひっくり返ることも、怖いのです。
でも実生活において、その怖さにからだを強ばらせたまま転んでしまうことの方がもっと怖いのです。
ご年配の方がガタッと調子を崩すことの大きな理由の一つに、「転んでケガをする」ということがあります。転んで動けなくなっている内に、一気に体調を崩し、老け込み、風船がみるみるしぼんでしまうかのように生命力が衰えてしまうのです。
そんなことが起こらないように、元気なうちに転がっておきましょう、ひっくり返っておきましょう、ということなのです。転がることやひっくり返ることは確かに怖いかも知れません。でも、思っているほどは怖くないのです。
だって、子どもの頃にはさんざんひっくり返ったでしょう? どんなにひっくり返っても、からだは何ともなかったし、世界はきちんと元に戻っていたのではないですか?
大丈夫。ひっくり返ってもからだはけっこう何とか対処してくれるし、世界もふつうにそこにあるのです。
この「ころがる/ひっくり返る」というワークは、じつは自分のからだや世界に対する信頼感によって支えられているワークなのです。
「思い切ってからだに任せてみる」ということ。
ぜひ、みなさんにもやってみて欲しいと思います。予想もしない方に転がることもあるので、ちゃんと周りは片付けてね。
「からだころころ」
今月の愉気の会は、ひたすらころころと転がる愉気の会でした(笑)。
今月のテーマは「からだとの対話」ということで、自分のからだがどんなことを要求しているのか、からだに聞いてみるワークとして「七転び八起き」というワークを行ったのです。
たとえば正座をしようとしたときに、姿勢がゆがんでしまうとか、どこか強ばってしまうとか、痛みが出てくるとか、あるいはついモゾモゾしてしまうとか…、どうも正座という「座りのワーク」に集中できないということがあります。
その原因を「からだのゆがみ」とか「からだの強ばり」という風に捉えることもできるわけですが、からだそのものをもう少し生命的な現象として見てみた場合に、違った捉え方もできると思うのです。
つまりそれは「正座のワークからの逃避」であり、「そうでないワークへの要求」であり、要は「正座じゃなくって、他の動きがしたい」というからだの要求という風に捉えることもできるのです。
私たちのアタマというのはけっこう強権的で、からだに無理矢理言うことを聞かせようとしがちで、そしてからだはけっこう良い奴なので、「しょうがないな。いいよ」と言って、ツラくても素直に従ってくれたりするんですよね。
だから私たちはやろうと思えばいつでも正座ができるわけですが、それはからだがそうしたいかどうか、ということとは別の話なのです。
それで、本当はどうしたいのか、どんな動きがしたいのか、どんな姿勢が取りたいのか、からだ自身に聞いてみようというのが、この「七転び八起き」のワークなのです。
ワークとしてはころころと床に転がるワークなので、最初にその練習としてみなさんに好きなようにころころと転がってもらったのですが、その時点でけっこうみなさん盛り上がって、床を転がりながらいろんなことを感じたり、気づかされたりして、それぞれがころころ時間をとても楽しんでいたのです。
この「ただ転がる」ということも、じつはけっこう大事なワークではあるので、これはぜひみなさんにもお勧めしたいことです。
誰でも大人になると、逆立ちもでんぐり返しも、ほとんどやらなくなってしまうものです。
いろいろひっくり返って楽しんでいた子ども時代から、安定を求めて最適解を学習してゆくうちに、世界も思考もだいたいの落とし所に安定してきて、そうなるとやがて、ひっくり返る事への不安や恐怖心の方が勝るようになってきます。
だから「転がるワーク」をやろうとすると、けっこう多くの人が「怖い」という言葉を口にするのです。たしかに転がることもひっくり返ることも、怖いのです。
でも実生活において、その怖さにからだを強ばらせたまま転んでしまうことの方がもっと怖いのです。
ご年配の方がガタッと調子を崩すことの大きな理由の一つに、「転んでケガをする」ということがあります。転んで動けなくなっている内に、一気に体調を崩し、老け込み、風船がみるみるしぼんでしまうかのように生命力が衰えてしまうのです。
そんなことが起こらないように、元気なうちに転がっておきましょう、ひっくり返っておきましょう、ということなのです。転がることやひっくり返ることは確かに怖いかも知れません。でも、思っているほどは怖くないのです。
だって、子どもの頃にはさんざんひっくり返ったでしょう? どんなにひっくり返っても、からだは何ともなかったし、世界はきちんと元に戻っていたのではないですか?
大丈夫。ひっくり返ってもからだはけっこう何とか対処してくれるし、世界もふつうにそこにあるのです。
この「ころがる/ひっくり返る」というワークは、じつは自分のからだや世界に対する信頼感によって支えられているワークなのです。
「思い切ってからだに任せてみる」ということ。
ぜひ、みなさんにもやってみて欲しいと思います。予想もしない方に転がることもあるので、ちゃんと周りは片付けてね。

