2022年2月 愉気の会
「消化器人間とか呼吸器人間とか」
今月の愉気の会は、体癖と内臓の感受性についてのお話をしました。
体癖論というのは野口整体の人間分類法で、体勢や焦点や感受性の違いなどからその人間の傾向を観察するメソッドなのですが、私はそれを内臓プロセスという観点から考えてみるということをお話ししました。
たとえば、左右型と呼ばれる体癖は消化器に特徴があって、食べることが大好きだったり、好き嫌いの感情が強かったり、みんなと仲良くワイワイやるのが大好きだったり、片付けが苦手だったり…といった大まかな傾向があるのですが、それを消化器という内臓プロセスの拡大として見てみると、いろいろ腑に落ちる部分があるということです。
たとえば、好き嫌いという感情は消化器にとって毒や腐った物をいち早く排除する防衛本能だし、みんなと仲良くワイワイやるのはみんなを自身の中に取り込んで一体感に浸る食後の至福の瞬間だし、片付けが苦手でバッグや押し入れの中がグチャグチャなのはそれこそまさに胃袋そのものだし…と、まあ言ってしまえば左右型というのはつまり「消化器人間」なのではないかと、そんなことを思うわけです。
それはもちろん他の体癖にも言えて、さながら脳神経が歩いていたり、呼吸器が歩いていたり、泌尿器が歩いていたり、骨盤生殖器が歩いていたりするというわけなのです。
そのように捉えてみると私の中では非常に腑に落ちる部分があるのですが、もちろんきわめて感覚的で大ざっぱな見方ですから、これはもう少し語り口を磨き、深め、そして整えてゆくことが必要だなとは思っています。
この見方は、私の中にある「動詞で世界を観る」方法の体癖バージョンのワークでありまして、体癖を動詞で見ていったら何だかどんどん内臓に見えてきたということなのです。
ただこのまま突き進んでいくと、私が何を言っているのか誰にも理解してもらえないファンタジーの領域にまで突っ込んでいってしまうので、その手前の境界線はつねに忘れないようにしたいと思います。
…ということで、だんだん人間を観たときに「ヒトとしての姿の輪郭」がおぼつかなくなってきているような気がする今日この頃です。
世界はさまざまなレイヤーの重なったミルフィーユのようで、その彩り豊かな一層一層の深度に合わせて見つめてみると、世界というのはなんて豊かなんだろうと感嘆させられるばかりです。
世界は、見方によって七色に輝き、どの色もまた本当に美しいです。
2022年04月24日
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