2021年2月
「コロナに想う」
コロナウイルス。
世界中で人から人へと移り渡り、ときどき人に風邪の症状を引き起こす、そんなウイルス。
人はずっとそんなコロナと付き合ってきて、鼻水を垂らしたり、クシャミをしたり、熱を出したり風邪をひいたり、あるいはときに命を落としたりしながらも一緒にやってきた。
いったいどれだけ長い付き合いをしてきたのか知らないけれど、それはひょっとして、長く連れ添ってきた老夫婦のような付き合いであるのかも知れない。
声のかけ方、相槌のタイミング、注意の言葉選び、受け流しの技、仲直りの方法、そのやりとりのすべてがホントにこなれたものであるだろう。
でもきっと他人には判らないけれど、そんな域に達するまでにホントにいろんな事があって乗り越えてきたんだと思う。
ときに破局の危機を迎えながらも、その艱難辛苦を何とか踏ん張って、二人で続けてきたんだと思う。
素敵だなと思える老夫婦たちは、そんな苦労を周りにまったく感じさせることもないほどに、美しい関係の取り方を築き上げている。
「何でもないよ。ただの風邪だよ」
そんなことをさらっと言えるようになるまでに、いったいどれだけの付き合いを、人とコロナはしてきたのだろう。
何十年? 何百年? 何千年?
途方もなく膨大なやり取りと駆け引きとそしてその継承を重ね、尋常じゃないほどの摩擦と衝突と妥協と融和の果てに、人はその関係を「ただの風邪」として、むしろその発熱反応や排泄反応を上手く利用してしまうくらいの関係性として築き上げてきた。
新型コロナ。正式名称「SARS-CoV-2」。
よくあるコロナ? でもちょっと違うコロナ。
よくある出会い? でもちょっと違う出会い。
きっと初めての出会い。初体験。
だからゲキテキ。
初恋は…ただの恋?
初体験は…その後の体験と何ら変わりのないただの体験?
う〜ん…。そうなのかなぁ?
初恋は、ゲキテキで、過剰で、身を焦がすほどのものなんじゃないのかな?
誰でもいきなり老夫婦のような在り方を取れるわけじゃない。
初恋って、どうして良いのか判らずに、自身の過剰な熱量によって、過剰に反応しすぎ、過剰に与えすぎ、過剰に関わりすぎ、過剰に求めすぎるがゆえに、自滅するような形で破局を迎えてしまうような、そんな体験なんじゃないだろうか。
人類にとって今回の出来事は、久し振りの「初めての出会い」だったんじゃないだろうかと思う。
だからこそ人類は戸惑って、いったいどうして良いのか、過剰に反応してしまっている。
それこそ自ら傷つけてしまうほどに…。
新型コロナウイルス。
いや、新型なんて呼ぶからまた変な色が付くんだ。本名で呼ぼう。
SARS-CoV-2。
…学名って色気がないね。しょうがないか。
人類は初めて出会った。
久しぶりのゲキテキな出会いだった。
おかげで世界中が右往左往して、本当に大変なことになっている。
この出会いをどう位置づけて良いのか判らない人類は、もうみんないろんなことを言って、それぞれが譲らないもんだからてんやわんやでバラバラだ。
でもきっと元々そうだったんだよ。コロナのせいじゃない。
元々みんなバラバラに世界を見ていたけれど、あまり表面化していなかったことが表面化しただけなんだ。
どうしていいのか、まだちっとも判らない。
しばらくゴチャゴチャしているのかな。
でもたとえば子どもはさ、お互いに理解し合って仲良くしてるわけじゃないよ。理解し合うのは大事だけど、仲良くするための必要条件じゃない。
またみんなで一緒に飲み食いしながら「オマエ何言ってんだか分かんねぇよ」ってゲラゲラ笑える日が来ると良いな。
見ている景色が違ったり、話す言葉が違ったり。
人間ってもともとそんな感じで、ワイワイやってきたんだから。
2021年10月22日
この記事へのコメント
コメントを書く

