2020年4月
「ブックカバーチャレンジ5冊目」
『宝石と四季のお祭り』(小林直生、涼風書林、2007)
鉱石って美しいですよね。本当にいつまで見ていても見飽きません。
鉱物を見たときに、「なんでこんなに美しいんだろう?」「どうしてこんなものが地中でできるんだろう?」といった驚きや素朴な疑問というのは、おそらく誰もが抱くものではないかと思います。
でもそういった素朴な疑問に対して、鉱物を単なる物理学的な事象として見つめる思考は、満足のいく答えを出してくれないんですよね。
美しい鉱物を前にして、その鉱物の組成や構造や特徴などを客観的で正確な論述によって説明されても、「なんて美しいんだろう!」とワクワクして胸が熱くなって股関節がキューッとなるような感覚に対しては、何のレスポンスにもなってなかったりする。
鉱物を見たときに人間が抱く素朴な疑問に対して答えるには、ひとつの「物語」として語らなくては響かないんだと思います。そして人というのは、そのような物語を常に求めています。
私の個人的な感覚かもしれませんが、鉱物というのはそのような「物語のメディア」であるような、そんな感じがしてなりません。
つまり人は鉱物と真摯に向き合っていると、そこに物語を感じないではいられなくって、そしてそうやって動き始めた物語は、人の中で何らかの働きを為すのです。基本的には治癒的な作用です。
そういう意味では鉱物は囁き続けているのです。そこに真摯に向き合う人だけがその声を聴き、そこから物語を生み出してきた。
鉱物というのは、そんな物語の結晶。
「鉱物の声を聴く」というのは、何となくいま現代人にもっとも必要なワークのひとつであるような気がします。
2020年05月08日
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