2019年9月 愉気の会
「いろんなからだ」
今月の愉気の会は「体癖」についてのお話をしました。
体癖というのは整体独特の人間分類で、その感受性の傾向や体運動の習性から人間を十二種類に分類したものです。
体癖は、からだの動かし方から姿勢や体型、あるいは活発な臓器や病気の傾向、そして感受性の傾向や物事の響き方、さらには心の動き方や性格にいたるまで、さまざまな要素が絡んでくる人間分類法なので、非常に面白い人間理解の方法です。
人間をタイプに分けて理解しようという試みは、古来からさまざまな方法論があります。血液型や星座などは今でもよく語られる分類法ですし、ビッグファイブや民族論や干支や四柱推命、あるいはエニアグラムや四大気質論やアーユルヴェーダの体質論など、そして現代のホットトピックとしてはジェンダーというのも人間分類の方法論といえばそうですし、ほかにも私の知らないさまざまな理論があることでしょう。
そのどれもが、それぞれの切り口から人間をタイプに分類し、より深い人間理解のために活用しようとしています。
私はどんなものであれ、「物差し」はいっぱいあった方が良いと思っているので、いろんな分類法があって、そしてそのいろんな尺度から物事を捉えてみて、そしてそれを持ち寄ってみれば良いと思っています。
ですから上記の人間分類法もいろいろ試してみて、体癖的にはこう、血液型ではこう、星座的にはこう、気質論的にはこう、アーユルヴェーダではこう、ジェンダーで言えばこう、というように並べてみて、そしてその共通点や相違点などからぼんやりと浮き彫りになってくるイメージ像を愉しんでみれば良いと思うのです。
私自身は、野口整体とシュタイナーの理論が好きなので、体癖論と気質論を中心に考えることが多いですが、比較的並べやすいんじゃないかと思われるその二つでさえ、繋がりそうな部分と重なりそうのない部分とがいろいろあって、面白いといいますか難しいといいますか、なかなか研究のしがいのあるテーマです。
最近のテーマとしては、「思考や意志というものが、一人一人のからだの中にどのように拡がっているのか」というのが非常に興味深いテーマで、それが体癖や気質によって、あるいはそれ以外の性質によって、一人一人とてもグラデーション豊かな拡がり方をしているのが本当に面白くて、「何なんだろう?」とワクワクしながら観察しています。
思考の働きがとても強いと思いきや思考自体はからだに引きずられる人、感覚を冷静に思考に置き換えられるが統制はできない人、思考と意志とがバランスよく対話できている人、思考がからだの四肢に入り込み手足の動きとなっている人。
とにかく見渡せばいろんなタイプの人がいますが、「走る」という同じ行動でも、人によってそのからだの使い方にずいぶん違いがあるように、「考える」という行動においても、人によってからだの使い方が大きく異なり、そしてそれによって思考自体に癖が出てくるし、またその現われも本当に人それぞれに賑やかになるのです。
「考える」という人の営みは、じつは思っている以上に身体性の関わっていることで、身体運動をするときに、基礎トレーニングをしたり、コーディネーショントレーニングをしたりするように、思考活動においてもおそらく同じようなトレーニングが必要になったりするのです。
昔からある子どもの遊びの中に込められている人育ての知恵、たとえば、「にらめっこ」が人とごまかさずに「向き合う」稽古になっていたり、「だるまさんが転んだ」が自分の行動を「自制する」稽古になっていたりというように、「身体性を介した思考教育」というものが、もっともっと見直されていったら良いなと思います。
2019年09月27日
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