2019年4月 愉気の会
「カナリヤの歌」
今月の愉気の会は、前日に「WorldShift 2019 宇宙船地球号創造学校」のワークショップがあって、私もそこに参加させていただきまして、そのとき講師を務めていた藤原ちえこさんが「ちょうど時間が空いているから」と参加してくれました。
ちえこさんの今回のWSのテーマが「Vulnerabirity(ヴァルネラビリティ)」というもので、それは整体においても非常に重要な概念なので、私もそこからお話を始めさせていただきました。
「Vulnerabirity」というのは、なかなか日本語に訳しづらい概念ですが、「Vulner-ability」とあいだで区切って直訳すると「傷つく-能力」となります。
それはつまり、傷や弱さといったものを積極的な意味で捉えるという、そんなような意味合いが込められていて、ちえこさんはそれを「自分の中の弱さを認め、それをオープンにすること」と、さらに積極的に解釈してくれました。
私はこの「Vulnerability」という言葉を聞くと、いつも「金糸雀(カナリヤ)」のことを思い出します。
9年前、私はブログにこんなことを書きました。
「歌を忘れたカナリヤは」
今でも考えていることはほとんど変わりません。
私たち人間は、さまざまな巨大で強力な装置を発明してきました。それらは一歩使い方を間違えると、とんでもない災厄を招きかねないほどの強力な物たちです。
そこで人間はその災厄のリスクを回避するために「センサー」という方法を発明しました。
絶対に壊れないように作られた頑丈な装置(システム)に対して、それより弱くセンシティブで、異常に対してシステムより先に反応する物を作り、そしてそれをシステムの内部に組み込んで、見える位置にオープンにしておくという方法です。
システムよりも敏感なセンスを持ち、そしてみんなの見えるところにいるモノ。
それがセンサーです。
それは私たちの身近にいる誰かのことかもしれません。あるいは私たちのからだのある部分のことかもしれません。
私はそれをカナリヤと呼んでいるのです。
先日、夜道を歩いているときにふと見上げたら綺麗な月が輝いていました。
あんまり綺麗だったのでしばらくボーッと眺めていたのですが、そのときにふと「ああ、私たちはただボーッと月を見ることを忘れているかもしれない」と思ったのです。
どうぞ、みなさん。
忙しくて、大変で、くたびれて、自分を見失いそうになったときには、夜空を見上げてみてください。
そして、何も考えないで、ただボーッと、月を見る。
何故ならそのカナリヤは、小さな小さな声で歌うのです。
象牙の船に 銀の櫂
月夜の海に 浮かべれば
忘れた歌を 思い出す
2019年06月21日
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