2017年6月 愉気の会
「自分のエネルギーは自分で発散させる」
今月の愉気の会は「子どもの姿勢と意志」についてのお話をしました。
いわゆる良い姿勢というのは、骨盤が起きて背骨が上にすっと立っています。それは見るからに「何かやろう」という意志に満ちている姿です。
自分のやりたいことを目の前にして「やりたいやりたい!」と叫んでいる子どもの姿勢を見れば分かりますが、どんな子でもそんなときには腰が立って、背骨に力が満ち、目をキラキラさせています。
たとえ、ふだんはうつろな目をして部屋でゴロゴロしてばかりで親に文句を言われているような子どもでも(笑)、です。
内から自発的な要求がぐんぐん湧いてきているからだには意志が満ちていて、それはそのまま姿勢にも現われてくるものです。
もしそのような姿勢がふだんからあまり見られなくなってきているのだとしたら、いろんな事を「やりたい!」と思う意志自体が働かなくなってきているのかも知れません。
それはいろんな刺激に対して「飽きている」ということです。
そういう状態というのは、なんだか草臥れてからだが重く、なかなかやる気が出てきませんが、エネルギーが足りていないのではありません。むしろエネルギーはいっぱいある。
中にエネルギーがあるのに、その出し方や出しどころが分からずに、くすぶっているのです。くすぶって草臥れている。それが自分の毒に中っている「自家中毒」という状態です。
子どもというのは新しい刺激を欲しますが、それがどんどん「与えられてばかり」だと自分のエネルギーを発揮しないので、エネルギーが余ってくすぶってきて、要求は叶っているはずなのに、どこか不満で不機嫌な感じになってきます。
動きが続けばカタチとなっていきますから、それがやがて姿勢となって現われてくるのです。
現代という時代は、あらゆる物や情報がこちらから求める必要も無く、向こう側からどんどんやってきます。
子どもだって、数十年前までは大人たちの営みの隙間でちょろちょろ遊んでいるような覚束ない存在でしたが、今や世界的な経済活動の中で立派な消費者として扱われています。
いま町にあるのは、生活者向けのバザールではなく、消費者を対象としたグローバルマーケットです。
まだ生活者ではない子どもたちはバザールにおいては味噌っかすですが、グローバルマーケットにおいては立派な一消費者です。
町を歩けばあちこちで「どうですか?どうですか?」と、商魂したたかな大人たちの手による色とりどりの目を引く商品広告を見せつけられています。
何も無ければ自分で一生懸命考えて工夫して、いろんな楽しい遊びを作ってエネルギーを発散できるものが、その部分を全部大人がやってしまうものだから、何も発散しないまま手元にポンと、誰か大人の工夫の結果が届いてしまうのです。
そりゃ子どもがエネルギーを処理しきれずにくすぶってしまうのも仕方がありません。
子どもは本来、自分の力を発揮したいと欲しています。
どんな子どもも2〜3歳くらいになると「自分でやる!」と言い出して、大人を困らせるのです。できもしないくせに駄々こねてやりたがって、そしてそこら中を汚すのです。
そりゃね。
大人がやった方が早いし上手ですよ。
大人がやった方が効率が良いですよ。
大人がやった方が商売になりますよ。
大人がやった方が経済が回りますよ。
でもね、子どものやりたい事やるべき事を大人が奪っちゃいけません。与えているつもりで奪っているってこともあるんです。
子どものエネルギーを、自分で発散させましょう。
自分のエネルギーは、自分で発散させましょう。
私は子どもの木登りを手伝いません。「上げて」と言われても「パパはやらない」とハッキリ断ります。
子どもは不承不承、自分で木登りし始めますが、上まで登れたときの嬉しそうな顔は、自分でやり切ったからこその笑顔です。
私もそのときは「やったー!できたじゃん!」と一緒に喜びます。
ついこのあいだも、沖縄でガジュマルの木に登って「降ろして」という4歳のわが子に「自分で降りなさい」と言い放ち、ベソをかきながら15分くらいかけて必死に降りるのを、ちょこっとだけ手伝いながら励まし続けました。
なんとか自分で降りきって誇らしげな顔にはまだ涙の跡がありましたが、顔の根っこの方から湧き出る嬉しそうな顔はやり切った感に溢れていて、「自分でできたじゃーん!」とギューッと抱っこして一緒に喜びました。
ひょいと降ろしちゃえば楽なんですけどね。
子どもが、やりたい事を自分の力でやっていれば、からだがしっかり育って、姿勢も変わってくるはずです。
からだを育てるのは、運動よりも、食べ物よりも、まず意志なのです。
まず意志があって、それが運動を起こし、そして食べ物を欲するのです。それは大人も変わりません。
意志と運動をつなげましょう。
やりたいと思ったらやるんです。自分で。
やるべきだと思ったらやるんです。自分が。
意志に満ちた手足は、これ以上無いというほど強く、また美しいものです。
意志ある人を育てたいと思います。
2019年06月21日
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