2019年06月21日

からだの記憶[FB]

2016年10月 愉気の会
「からだの記憶」

今月の愉気の会は「からだの記憶」についてのお話をしました。

今年は台風や秋雨前線の影響で、非常に雨の多い秋となっていますが、そのせいか体調を崩される方も多く、また冷えの影響が出ている人も多くなっています。最初にそれらの基本的な季節の手当ての実習をした後、そのほかいくつか手当ての実習を行ないました。

そのときに、私が最近行なっている頭部第二調律点から第三、第五と、穴追いのような感覚で続けて押さえていく手当てをご紹介し実習しました。「穴追い」というのは、整体の独特の手当ての技法で、この時期にやっておくと非常に良いからだの調整になる手当てです。

今回の講座には、以前「穴追い」の実習をした後に、非常に大きな心身の変動を迎えた受講者の方がいらっしゃっていたので、その体験を参加者の皆さんに話していただきました。

その方は、以前「穴追い」の講座に参加した後、からだが非常にだるくなって体調を崩されてしまいました。すると熱が出るのとともに、とても古い記憶を思い出したそうです。

それはまだとても小さい頃の記憶で、非常にショッキングな出来事でした。おそらく小さい子どもにはあまりにショッキングだったのでしょう。その記憶は封印され、今までまったく思い出すことはなかったそうです。

そのショッキングな出来事を思い出したその方は、そのときの感情が急激によみがえって、大声で泣いたそうです。そして仕事から帰ってきたご主人にもそのときのことを話し、「つらかったね」と介抱されながら一晩中泣いたそうです。

その出来事で、からだの中に残っていた古いものがしっかり排泄されたのでしょう。次の講座にいらっしゃったとき、玄関でその姿を見た瞬間、まるでピカピカと光っているかのようにあまりに輝いて見えたので、思わず私も「ど、どうしたんですか?」と聞いてしまったくらいでした。

いろんなタイミングが重なった結果ではありますが、その大きなきっかけとなったのは「穴追い」によってからだ全体が大きくゆるんだことでしょう。

からだの中で硬く閉ざされていた古い記憶が、からだ全体がゆるんだことで、まるで氷山の中に閉じ込められていた物が氷解とともに流れ出すかのように、溢れ出てきたのです。

記憶や感情というものは、すっかり忘れたようでからだに残っているものです。とくにそのときにしっかり全うされなかった記憶や感情は、硬いしこりのように残っています。

悲しいときに泣いて、苦しいときに喚いて、楽しいときに笑っていれば、それほどからだに残ることはありませんが、いろんな事情でそれをこころの内にグッと抑えたままに過ぎていってしまうと、発散してゆるむことなくこわばりとしてからだに残ってしまうのです。

苦しみも悲しみも憎しみも経験せずに大人になる人なんて滅多にいるものではありませんから、そのようなこわばりは多かれ少なかれ、どんな人間のからだにもあるものです。

ですが、そのこわばりによって、何かスムーズに事を運べなかったり、どうしてもからだが動かないようなことがあるのだとしたら、それらを妨げている自分のこわばりに気づいて自覚していくことは、とても大切なことです。
posted by RYO at 08:51| Comment(0) | Facebookアーカイブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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