2006年11月14日

交響曲を醸し出す

録画してあった「プロフェッショナル」 (NHK総合、木曜夜10時放送)を観た。

今回のプロフェッショナルは、ウイスキーブレンダーの輿水精一さん。

ウイスキーや焼酎のようないわゆる「蒸留酒」と呼ばれる酒は「醸造酒」と違って、出来たてをすぐ飲むというような飲み方はしない。

(昔、芋焼酎を造ったときに、蒸留してぽたぽたと落ちてきたばかりの出来たての芋焼酎を味見してみたことがあるけれど、 そのあまりのマズさに愕然としたことがある。)

蒸留酒というのは、蒸留した後に瓶や樽に入れて、何年、何十年と静かに寝かせ、ゆっくりじっくり熟成させて味を整えていくのだ。

時間だけが醸し出せるもの、というものがある。


ウイスキーの場合、蒸留した後に樽に入れ、12年、15年、あるいは25年といったように、長い年月をかけて寝かせて、 味を作り上げていくのだけれど、その長い年月の間に、それぞれの樽によって、味に個性が出てくる。

それは樽の木の材質にもよるし、置かれた保管場所の気温や湿度にもよるし、その要因となるのはさまざまなものがあるけれども、 その個性豊かなそれぞれの原酒を、ときに40種類近くも合わせてブレンドし、 一つのウイスキーとして完成させていくのがブレンダーという仕事である。


自らの仕事を「味と香りの指揮者」と表現する輿水さんは、繊細な味と香りのその微妙なキメ細かさを、五感をフルに活用して感じとり、 わずか一滴レベルの絶妙なバランス調整を行なう。

その姿は、前にこのブログで触れた 「水のテースター」前田學さんにも通じるものがある。

前田さんもそうであったけれど、番組の中で輿水さんは原酒の匂いを嗅いでは、

「ちょっとドクダミだな こりゃ」
「カツオ節だな こりゃ」
「おせんべいだな」

と、独特の言葉でもって表現する。

それらはおそらく、どれもきわめて「雄弁な一言」であって、その奥にはものすごい豊穣性をたたえているのだろうけれども、残念ながら、 私たちにはその世界を簡単には窺い知ることができない。

そもそも言葉にならないものを言葉にし、さらにはそれを取り出し、配分を考え、合わせてカタチにしていく、 ということを常日頃行なっている輿水さんは、自分の思いを言葉にするにも、 一つ一つとても慎重に言葉を選んでいる様子が画面を通しても伝わってきて、そのモノやコトに対する丁寧な態度に、 こちらも身を正される思いである。


輿水さんのようなしゃべり方は、よく世間的に「言葉を絞り出すようにしゃべる」と表現されることがあるが、今一度よく考えてみると「絞り出す」 という現象は、「出ようとする働き」と「押しとどめようとする働き」の二つの働きの葛藤の上に成り立っている、ということに気づく。

同じ現象ではあるけれど、「出ようとする働き」に焦点を当てるか、「押しとどめようとする働き」に焦点を当てるかで、 イメージはずいぶん異なってくる。

今回、輿水さんが語る様子を見ていて、どちらかというと私には「押しとどめようとする働き」が強く感じられた。

輿水さんの語りは、「すでに内にある言葉を一生懸命、表に出そうとしている」というよりも、むしろ、 「内にあるカオスがそのまま口から飛び出ようとするのを抑制して、それに一つ一つ、適切な名前を与えている」ように思えるのだ。

あくまで私の個人的な感覚であるけれど、私の中でその差はでかい。

「抑えて語る」ということが、「抑えられているもの」の強大さを、雄弁に物語ることがある。


そんな輿水さんの語るさまを見て、番組キャスターの茂木さんはこう言葉を発した。

「輿水さんの目の動きがすごい印象的で。どうも脳をやっていると、 そういうことばっかり気になっちゃうんですけど。 あの〜、目に見えないものを一生懸命見ようとしている感じがすごくするんですよね〜。 」

激しく同意。


ところで、先ほども述べたように、ウイスキーというのは、何年も前に作られた酒であって、 おいそれと新たに作り出すことができるものではない。

それゆえ、ブレンダーという仕事は、輿水さんが「限定された世界」と言うように、今目の前にある限られたお酒を、 いかに組み合わせていくか、というブリコラージュ的(@レヴィ=ストロース)な素質を問われる仕事である。


そのような「手元にあるもので何とかする」というブリコラージュ的能力は、生命体にとってきわめて重要な能力である。

何でも簡単に手に入るようになった現代、「無いからどこかで手に入れてくる」とか「無いからできない。無理」といった語り口が、 当たり前のように使われているけれども、それらの語り口は、「資源が無限に存在する」 という経済成長神話の根底にある誤謬にも通じるものがある。

私はそれらの語り口が、まったく疑われることなく瀰漫してゆくことに危惧を抱いてしかたがない。

サスティナビリティ(持続性)という意味でも、エコロジーという意味でも、今あるものを転用、あるいは組み換えることによって、 新しい意味(価値)を作り出す、ということはとても大切な考え方であるし、実際、生命というものは、地球上に誕生して以来、 そうして何とかやりくりして生き延びてきたのである。

今書いているこのブログの文章だって、日本語に許されたわずか51文字の音を、 いかにうまく組み合わせて新しい意味をそこに立ち上げるかということであるし、身体技法の「巧みさ(デクステリティ)」 と呼ばれるものだって、目の前の課題に対して、今あるからだの筋肉や骨、感覚器官をどのように組み合わせて使うか、という「即応性」 の問題なのである。

そういうセンスを身に付けていくことは、ジャンルを問わずとても大切なことであると思うのだけれど、 それはまた話すと長い話となってしまうので、いずれまた。


そのような、手元にある酒で何とか絶妙な酒を作り出さなければならないという「制限性」というものと、ずっと向かい合ってきた輿水さんは、 だからこそ、良いものを次の世代へと残していかなければならない必要性を身に沁みて感じており、 これから仕込むウイスキーのための樽材選びなどにも奔走する。

輿水さんは言う。

「今作っている商品ていうのは、10年前に原酒を仕込んでくれた人、 20年前に作ってくれた人、そういう人たちの積み重ねの上ですよね。今の仕事は。で、私自身は将来、10年先、20年先、 もっと先も含めて、その時代の商品でできるだけいいものを作るために、できるだけ今いいものを残す。」

そうして、世代を超えて受け継がれていく、壮大な贈り物のリレー。

そのような時間軸の中に我が身を置いて空想するということは、ホントに大事だ。

posted by RYO at 20:15| Comment(6) | TrackBack(1) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは、RYOさま。

<輿水さんの語りは、「すでに内にある言葉を一生懸命、表に出そうとしている」というよりも、むしろ、「内にあるカオスがそのまま口から飛び出ようとするのを抑制して、それに一つ一つ、適切な名前を与えている」ように思えるのだ。>

これに似た感覚は日常の中に結構あります。
レベルの高い表現は出来ませんが、カオスが口から飛び出そうとする・・・この感覚はものすごくリアルに感じるときあります。
と、マジメなことをちょっと書いたりしながらも、実は「わぁ お酒の話だわ♪」と、「微生物ツアー」をいつするのかが気になっています。
Posted by うずめ at 2006年11月16日 01:10
お、そうですか。
口から想いが飛び出ようとする勢いに、それを言葉に翻訳していく作業のスピードが追いつかない時ってありますよね。
そういう時って何ともじれったいですが、勢いに任せているだけだと、そのうち話が飛んでしまって何を言っているんだか相手に伝わらなくなってしまうので、「どうどう」となだめながらしゃべらなくてはならない。
自分の中の勢いを矯めながら表出してゆくというのは、なかなか難しいことですが、でもそうやって一つ人の手が加わることで、いい表現ができたりするんですよね。
自ずとそのように振舞えるよう、精進してまいりたいと思います。
Posted by RYO at 2006年11月16日 07:29
じょーりゅー と じょーぞー で、お酒は違うのですねぇ。読んでいてどうしてもお酒が飲みたくなって、裏の酒屋に走ったのですがよく分からず。結局手にしたのはギネス。

…すでに酔っぱらい…

うーん、言葉が、カタカナのが特に難しいぃ。ブリコラージュは謎のまま。検索かけても「無いからできない。(理解は)無理」(笑)
 
(いや、笑っている場合ではない)「限定された世界」の中で応じていくということは、自然農の「もちこまない・もちださない」姿勢に通じ、さらには、ひとりひとりの人間に内在する偉大な知恵、内なる自然と宇宙に気付くきっかけとなるのか、ととと…酔言、いかんいかん、連想が暴走しはじめてマス。
RYOせんせーい、ひとつの番組から世界が深まっていくのは、素晴らしいですねぇ。
このタイトルも絶妙、なんとも美しい。
Posted by 亜弥 at 2006年11月16日 23:05
そうなんです。
じょーりゅー と じょーぞー では違うんです。
じょーりゅー の方はいわゆる「強いお酒」全般です。
じょーぞー はワインや日本酒、ビールといったところが主なものでしょうか。
ですからギネスはじょーぞーです。 じょーぞーしゅ。

ブリコラージュはそうですね…。
よそのウチの冷蔵庫をいきなりパカッと開けて、そこにあるもので何か一品作ってしまう能力といえばいいでしょうかね?
私は「何か(料理)ができる」という言葉の意味をそう定義していますけど、「アレがないからできない」「これがないから無理」とあきらめる前に、何か他のもので代用できないか?と考えることが、古くから「知恵」と呼ばれてきたものだと思います。

ですから、そういう意味でも「連想の暴走」、けっこうじゃないですか?(笑)
Posted by RYO at 2006年11月17日 08:21
このネタにはついつい反応してしまいます。

醸造学科を卒業して酒蔵に働き始めた方(女性)も、
「あ、お団子だ」「バナナだ」などと言っていました。
なんて表現力豊かなんだろうと本当にその場にいることを
うれしく思いました。だってみんな同じ日本酒なのに。

杜氏さんが飲ませてくれたお酒に、彼女はすぐに「うわっ、袋臭い」とも。その周りにいた10人の中で、私が「うーん、何か変な味がする」
と言っただけで、他の方は何も感じなかった。
その彼女は、蔵に入るたびに小走りに各タンクの香りを嗅いでいました。
それぞれ彼女にとっては何の香りなんだろう、と、とても気になりました。
利き酒をしたときに、あれがヒネ香です、あれはしぼりが早い、
と教えてもらったのは、今でも私の財産です。

ああ、造りの時期ですねえ。
もう8年も前のことになるけども、
彼女はどうしているかしら。
蔵の空気が懐かしい。
Posted by 講座通K at 2006年11月18日 07:05
こんにちは。
その女性はまたプロですねぇ。
たしかに香りというものは雄弁にその歴史を語るものですが、あまりにも微細な言葉ですので、なかなか聴き取る(利き取る?)ことは難しいですもんね。

そんな微生物のような小さなモノたちと語り合うことができるというのは、ホントに素晴らしいですね。 ビバ発酵!(笑)
きっとその人には、いつも世界がキメ細かな言葉を語りかけているのが、はっきりと感じられるんでしょうね。

私も蔵の空気が懐かしい…。
Posted by RYO at 2006年11月18日 07:48
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