2012年01月03日

ふたり

みなさま、あけましておめでとうございます。

昨年中は私の雑念妄想にお付き合いいただきまして、まことにありがとうございました。どうぞ今年もまたお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

昨年は本当に大変な年となってしまいましたが、今年はいったいどんな年になっていくのでしょうね?


さて、今年も新年恒例となった動画のご紹介をしようかと思います。

今まではせっかく撮れた貴重な奇跡的映像やきらめくような映像作品も、ごく身内でしか共有することができませんでしたが、Youtubeやニコニコ動画などの動画サイトが発達した今では、すぐさま世界中で共有されるようになりました。

そういう意味では、今までは発揮するチャンスになかなか巡り合えることのできなかった個性たちに、スポットライトが当たるようになったと言えるでしょう。

今年も多くのきらめくような動画たちに出会い、紹介するにあたって何を紹介しようか悩んでしまいましたが、今年のテーマは「ふたり」ということにしようと思います。


ではまずは一つめ。これは素晴らしい「映像作品」と言えますかね。

人体の動きの再現が見事で、見とれてしまいました。


二つめは可愛い動物篇。「ねこふたり(二匹?)」

ふたりは何を思ってこんなことをしているでしょうかね。吹き込みの無いオリジナル版もありますが、そちらは埋め込みができなかったので、こちらを載せておきます。


三つ目も動物です。こちらは「ハムスターふたり(二匹?)」

素晴らしい連携体操ですが、やっぱり本人たちは何を思っているんでしょう…。


最後は「人は対話する生き物である」ということを教えてくれる動画です。

いやぁ、可愛らしくて微笑ましい。でも大人の対話も実はこんなものなのかもしれませんね(笑)。

人間、対話が大事です。

まわりの方々と美しい関係を紡ぎあげるためにも、丁寧に対話をしていきたいものですね。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

posted by RYO at 00:46| Comment(8) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
RYOさん、とても遅まきながらですが、
明けましておめでとうございます。

ぶらっと遊びにきては、刺激を受けたり、共感したり、さらに考えてみたり、と
豊かな時間をすごさせていただいています。
ありがとうございます。
今年もまたお世話になりっぱなしになると思われますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

さて今年も新春恒例動画大会をたのしませていただきました。
「ふたり」は(おおげさにいえば)社会の最小単位であるな、と改めて認識しました。

最後の動画、とても気に入りました。
いやあ、ほんとに対話が成り立ってますよねー。
すごい。
(これをYouTubeで見られることもすごいことですね)

「大人の対話も実はこんなものなのかもしれませんね(笑)」
とのRYOさんのコメントにもうなずいています。
そう、気心の知れた人とは、たまに、こういうふうなやりとりを(気がつくと)してることがありますね。
そのときは、意味じゃなくて(あるいは意味のやりとりと同時に)、何か別のものをやりとりしてるのじゃないかな。
実はその「何か別のもの」はとても大事なもののような気がします。
Posted by うきき at 2012年01月18日 01:03
うききさま
こちらこそ遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

赤ちゃんたちの対話はホントに素敵ですよね。
可愛らしくって微笑ましくって考えさせられて、もうたまりません。
でもホント、この動画を見ていると、
コミュニケーションって「意味の交換」だけじゃないんだなと思います。

私たちだっていつも「意味」を交換しているつもりで、
それ以外のものを交換しながらコミュニケーションしているのかもしれない。
そもそも「意味が通じていない会話」が非常にしばしばあることを考えれば、
この二人の赤ちゃんのような対話を、日々私たちもしているのかもしれない。

とことん話し合った所で、お互い相手の何を理解できたのか怪しいものですが、
でもこの二人の赤ちゃんの様子を見ていると、そんなことは
意外とどうでもいいことのようにも思えてきます。

きっとこの二人はお互い「コイツとはわかりあえた」と心から感じるでしょうし、
実際、その信念によって強い絆で結ばれていくことでしょう。

いったい何をお互いやりとりしているのかは分かりませんが、
そのやりとり自体の中になにか大切な秘密があるような気がします。
やっぱり理解云々を超えて、人間には「対話」が大事であると改めて思います。
Posted by RYO at 2012年01月18日 06:56
>理解云々を超えて、人間には「対話」が大事である

というのは、ほんと、そうですねえ。
対話ですべてが100%理解し合える、ということは、まあ、現実的には、ないでしょうけど、
でも、「対話をしようとする」ところ、その意思から、
何かは始まりうる、ゼロが1にはなりうると思います。
「ともに在ろうとする気持ち」と言いますか。

なんかそういう、基本的な、プリミティブなところを
へんに頭で理解とか解釈とかしないまま、大事にしたいなっていう気がしています。
この動画と、このやりとりに影響されてそんなことを改めて考えています。


ところで少し話がそれますが、
この最後の動画のちいさい2人は双子ちゃんなんですね。
ということは、それこそ生まれたときから、あるいはおなかの中にいるときから(という考え方もあるようですね)、
同い年同士(=だいたい同じぐらいのスピードで成長していく者同士)でのやりとりができる環境があるわけですよね。

あかちゃんというのは、だいたいまわりは自分より年長の人ばかりいるわけですけど、
こんなふうに、「ダーダーダーダー!」で意思の疎通ができる相手が常に近くにいる、というのは、
なんか、コミュニケーションのあり方が、大人だけに囲まれて育つ場合とは少しちがってくるんじゃないかな、という気がします。
大人にもいろいろな大人がいるし、あかちゃんもいろいろなあかちゃんがいるので、
ひとしなみには言えないけれど、
なんとなく、おもしろそうだなと感じています。
Posted by うきき at 2012年01月19日 00:23
たしかにお腹の中から同年代と一緒に過ごすというのは、
ずいぶん違うかもしれませんね。
私はまわりに同年代がいなかったので、一体どんな感じなんでしょう?
遊びもコミュニケーションもずいぶん変わってくるんでしょうね。
どんな対話の作法を身に付けていくのでしょうか…。

でもきっとこの家庭は、ジェスチャーを交えて
活発におしゃべりする家庭なんでしょうね。
手前の赤ちゃんの語尾がいちいち上がるのも可愛いです(笑)。
ご両親のどちらかがよくそんなしゃべり方をしているのかな?
そんなことも空想するとまた微笑ましくなってきます。
Posted by RYO at 2012年01月19日 07:21
ああ、たしかに、このふたりは
にぎやかにおしゃべりする家庭で育ってるんでしょうね、
わかるわかる。(って勝手な想像ですが)
明るくほがらかな、健やかなおうちなんじゃないでしょうか。
ふたりとも終始のんびりにこにこしているので、そんなふうに感じています。

そしてパート1を見つけました。
http://www.youtube.com/watch?v=lih0Z2IbIUQ
やはりこちらでも両者の間で活発な対話がなされている模様です。最後のシーンがかわいくて何回も見てしまいます〜。
Posted by うきき at 2012年01月21日 00:28
おお〜、パート1初めて見ました。
最後たしかに可愛いですね(笑)。何やってるんでしょう?
二人で一緒に同じ事をしようとするのも、双子だとまたなおさら可愛らしいですね。
わんわんとかブーブーとかナイナイといった赤ちゃん言葉のように、
繰り返しのリズムがまた独特の味わいを醸しだすのでしょうか。
Posted by RYO at 2012年01月21日 06:43
先日上野村シンポジウムの分科会でご指導いただいた永山と申します(右隣で書記をしていた者です)。私はあれが初めての整体だったのですが、先生の指導も楽しく、とても心地良い時間を過ごすことができました。ありがとうございました。また機会があれば渋谷の教室にも伺ってみたいと思います。
Posted by 永山 at 2012年02月09日 09:22
永山さん、こんばんは。
先日は分科会にご参加頂きましてありがとうございました。
しかも急なお願いで書記までしていただいて感謝感謝です。
次の日の分科会発表は非常に好評だったそうですね。
参加した方からメールでご報告いただきましたよ。
渋谷の道場の方もぜひいつでもお越しくださいね。
どうもありがとうございました。
Posted by RYO at 2012年02月09日 20:44
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