2011年11月28日

感謝!「賢者からのメッセージ」

11月23日の横浜赤レンガの「身体サミット2011 賢者からのメッセージ」が無事に終了。

横浜まで足を延ばしてくださった皆さん、手伝ってくださったボランティアスタッフの皆さん、そして何よりご登壇いただいた講師の先生方、本当にどうもありがとうございました。

おかげさまで素晴らしい会となりました。

当日は一時、人が入りきらないほどの大盛況ぶりとなって、ご来場いただいた皆さまには大変ご迷惑をおかけしましたが、その「是が非でも聞きたい」という熱い熱気は壇上の先生方にも十分に伝わったことと思います。


私も裏方として舞台裏から会場まで駆け回っていたけれど、まあ素人仕事でこんな大きなイベントをやってしまって、いろんな不手際もあったとはいえ、大きな事故もハプニングもなく終わったことがホントに奇跡であります。

何より、講師として来ていただいた真弓先生に「素晴らしいご縁をありがとう」と言っていただけたり、吉村先生に「夢のように楽しかった」と言っていただけて、もうそのお言葉だけですべての苦労が報われる思いです。

でもそれも今回のイベントに立ち会ってくださったすべての皆さんあってのことです。

すべての皆さんに「感謝!」です。


とにかく真弓定夫先生、吉村正先生、東城百合子先生という三人の先生方は、みなさん80を超えるというのに、その熱のこもりっぷりといったらすごいもので、とくに皆さんのその肚の決まり具合は、それはもう恐れ入るほどでありました。

吉村先生など、放送禁止用語の連発で(まあそうなるかなとはうすうす思っていたけれど…)、舞台裏ではひえ〜っと踊ったりしていたが、それはそれでどこか楽しかったりして(笑)。

でも会場の皆さんからは、拍手は出るわ、「そうだ!」などという合いの手は出るわで、盛り上がっている様子だったので結果オーライ。

そんなことを叫んでも、その言いたい真意がこちらにぐっと伝わってくるのは、吉村先生が今までやってきたことの積み重ねがあるからだろう。

まあでも、80過ぎたら好き放題しゃべったって別にいいよね。

ちょっとした失言で辞任騒ぎにまでしてしまう今のメディア論調の方がどこかおかしいのだ。


とにかくお三方のお話は、一言で表現するならば「説教」であった。

「若えの、しっかりやれ」という、私たちに発破をかけるお言葉の数々。

こんな真っ当に説教できる大人は日本中を探したってそうはいないだろうから、そんな説教をいただけるだけでもホントにありがたいことであろう。

私も大人になってつくづく思うけど、「説教してくれる人がいる」ということは幸せなことなのだ。

真っ当な説教に居住いを正して、「はい、スミマセン!」と言える幸せ。

「正しい大人」に出会えることは、この世でもっとも幸せなことのうちの一つである。

べつに人格全部が正しくなくったっていい。いつも正しくなくったっていい。

その瞬間、「正しい大人」であることが大事なのだ。

それは子育て中の大人たちにも言えること。

説教の瞬間、「正しい大人」であること。それはとても大切なことである。

そのきらめく瞬間をたずさえて、子どもは大人のあるべき姿を夢見ることができるのだ。


とにかく今回、お三方の先生をお招きできて、そしてお説教をいただくことができて、何より幸せなことでありました。

きっと会場に居合わせた方たちもそれぞれに先生方のお言葉を受け、熱い思いを受け取ったことでありましょう。

その熱い思いは人々の心に灯をともしながら、どんどん着実に広まっていき、そして広まりつつ受け継がれつつ、古の賢者たちの知恵がやがて未来にも生かされていくことでしょう。

どうぞこのたびお集まりいただいた方々の心にともった熱い灯が、皆さんと皆さんの周りの方とを明るい未来へといざないますように。

posted by RYO at 22:28| Comment(14) | TrackBack(1) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先日は本当にお疲れ様でした♪
いろんなことが先生にむいており、大変だったことと思います。
…という私も結構走らせていただきましたが(苦笑)
でも、会場もすごい熱気で本当にすばらしい会になりましたね。
貴重な体験をさせていただき、参加できたことをうれしく思います。

「誇り高く生きなさい」
お見送りの時、東城先生に頂いた言葉かみしめています。
Posted by rido at 2011年11月30日 03:27
ridoさんもホントにお疲れさまでした。
ありがとうございました。
いろんな方々のご尽力のおかげで素晴らしい会となりました。
ホントに貴重な会でしたね。
私もこんな会に参加できたことを嬉しく思っています。
ぜひ誇り高く、これからの未来を生きていきましょう。
Posted by RYO at 2011年11月30日 07:20
>「説教してくれる人がいる」ということは幸せなことなのだ。

ですねえ!
大賛成です。


>真っ当な説教に居住いを正して、「はい、スミマセン!」と言える幸せ。

よくわかります。
ありがたいです。
「真っ当な」がポイントですね。よけいないろんなものが乗っていない、純粋な説教。
Posted by うきき at 2011年12月02日 01:06
うききさん、ご無沙汰しております。
説教してくれる人がいるっていうのは幸せですよねぇ。
私利を超えてぴしゃりと教えを説いてくれる。
いやもうホントにそれだけで背すじが立ってからだが整います。

今は真っ当な説教自体が少ないんでしょうかね。
何かそこに私利が絡んだり、個人的な感情が混じったり…
そんな個人的な事柄を超えてピシッと言葉を発してほしいですね。
う〜ん、どこかの大人たちに聞いて欲しいですな。
Posted by RYO at 2011年12月02日 07:22
RYOさん、うっかりご無礼しました、
改めましてこんばんは。
こちらこそご無沙汰しております。
大きなイベントおつかれさまでした。

「私利を超えて」「ぴしゃりと」
いやー、ありがたいですねえ。

昨日、この記事を読んで思い出したのは、
RYOさんが前に書いていらした、
お母さんの小言に余分なものが乗ってしまってはいかん、みたいなことでした。
記憶をたどってみたら、そうそう、この記事でした。

2008年07月21日
打撲とリズムあるいは魔女の資質について
http://zatsunen-karada.seesaa.net/article/103321842.html

発散は発散で、行きていくうえで必要なことだと思っていますけど、
それはそれとして、発散と小言を混同してはいかん、というようなことかなと
改めて考えています。
Posted by うきき at 2011年12月03日 02:00
いやぁ、これまたずいぶん昔の記事ですね。
そう言えばこんなことを書いたような覚えがありますよ。
しかし言ってることはこの頃からまったく変わっていませんな(笑)。

でもそうなんですよね。
どんなものでもいったんタガが外れると、とめどなく溢れ出すもの。
誰かを叱るとそれを機として自分の中の鬱滞したものが一緒にドドドと出てしまう。
出してる方は便秘の解消みたいなものでその噴出にスッキリするかもしれませんが、
出されている方はたまったもんじゃありません。

それを避けるためには絶妙な水門のコントロールというか、
内圧を押しとどめる強い堤防のようなものを自分の中に構築しないといけない。
それが自制心とか慎みというもの。
現代人にも「修行」が必要ですねぇ。

そんな知恵を身につけた現代の魔女たちに会いに行きたいというのが、
最近のもっぱらの願いです。
Posted by RYO at 2011年12月03日 06:42
こんにちは!

ますます、ご活躍のご様子、私も嬉しいです♪

大きなイベントを開かれたんですね〜

実は、私が結婚する少し前に
東城先生のお宅に一泊する体験をしました。

当時、先生の健康法についてなど、とても興味があったんです。

百合子先生が、ますますお元気と伺って
是非、お会いしたかったなぁ…と想いました。

ところで、先日お母さんの集まりをたつはな亭で開き
仲間と一緒に落語を聴きました。

2月には、RYOさんも「整体的子育て」講座をなさるとのこと。

楽しみですね〜♪

そうそう、昨日クレヨンハウスに行くことがあり
ご本を購入しました!

後ほど、ブログとツイッターに写真をご紹介しますね!

また、お会いするのを楽しみにしております。
Posted by 風待人(またはLittleRing) at 2011年12月05日 12:05
こんにちは。
東城先生のお宅に泊まられたんですか?
それはまた貴重な経験をされているんですね。
今も変わらず大変元気でいらっしゃいましたよ。

たつはな亭で行なう「整体&紙芝居講座」も今年で早四年目となりました。
そういえば直接お会いしたのもその時がきっかけでしたものね。
月日が経つのは早いものですね。
またお会いできるのを楽しみにしております。
Posted by RYO at 2011年12月05日 20:00
本当はありがたいメッセージなはずのに、なんだか自分の足りない部分を責められた気分になって、素直に受け止められない時があるんです。
「だって、だって」と言い訳したくなったり。


「真っ当な説教」をまっすぐに受け止められる、やわらかい耳としなやかな心をを持てるように努力します。
Posted by よしのぼり at 2011年12月06日 07:58
こんにちは。
確かに「だってしょうがないじゃん」と言いたくなる気持ちもわかります。
だってホントに「しょうがないこと」だってありますから(笑)。

でもそんな言葉も、自分の事情から抜け出して聞くことができれば、
比較的素直に聞くことができるんですよね。

自分が自分の立ち位置から抜けられないということが、
多くの過剰防衛や頑なさの原因になっていることが多いので、
自分の欠点を笑って人に言えるようなユーモアを身につけると、
人からの忠告や苦言もだんだん素直に聞けるようになってきます。

シュタイナーは教師にはユーモアが大事だと言っていますが、
それは自分を客観化できる能力なんですよね。
自分が自分の内側にいる限りは、とても自分を笑い飛ばすことなんてできないけれど、
いったん外から自分の身の回りの状況を見つめることができるようになると、
その姿はけっこうコミカルだったり、キュートだったり、必死さが愛らしかったり…。
「わたしバカよねぇ〜♪」の構えが、意外といいのかもしれませんね(笑)。
Posted by RYO at 2011年12月06日 09:37
あら、私が「頑なに過剰防衛している」って、どうしてバレちゃったかしら。

先生はなんでもお見通しなんですね・・・。

自分の内側から抜け出せずにいるとき、他者のおかげで気付かせてもらえることも多くって、ありがたいですね。
Posted by よしのぼり at 2011年12月07日 16:18
そう、他者のおかげで気づかぬことに気づかせてもらえるんですよね。
他者の指摘がなければ、口元のご飯粒も気づかないでいるかもしれない。

私も「他者の言葉を丸ごと受け入れる」訓練を一時期ずっとやっていて、
それで今ではかなり素直に聞き入れられるようになりましたよ。
私も人間ですので、ときにどうしても受け付けないこともありますけどね。
まあそれはそれでまた自分自身の「気づき」になっていたりして…(笑)。
Posted by RYO at 2011年12月08日 06:21
やはり、そんなトレーニングをなさってたのですね。

だから、いつも「モモ」でいてくれるのですね。
Posted by よしのぼり at 2011年12月08日 12:15
私などとてもモモのようにはなれませんが、
でもモモのように他者に耳を傾けられるようになりたいと願っております。
いろんなものの声が聴けたら、世界はホントに豊かでしょうね。
Posted by RYO at 2011年12月08日 14:23
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Excerpt: 「クレヨンハウス」には、子ども向けの本やちょうどクリスマスをテーマにした本など たくさんの、気になる本がありました。
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Tracked: 2011-12-06 09:54
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