ということで第二弾。
今回、訪れたのは酒蔵「大木代吉本店」と醤油蔵「若喜商店」。
酒屋さんのご家族5人に学生2人と私の同行8人。
10人乗りのでっかいワゴンのレンタカーに乗り込んで、まずは福島県にある酒蔵「大木代吉本店」を目指して、東北自動車道を一路北へ。
前回のツアーと同じ往路だけれど、 前回が気温が「0℃」で雪が舞っていたのに比べ、今回は掲示板には「11℃」と表示されており、道沿いには桜が咲いている。
実に気持ちの良い春模様。
酒屋さん一家の子どもたちが3人も乗り込んでいるので、車の中は大変賑やかである。
一番下の子とドラゴンボールやら北斗の拳やらアニメの話をしていたら、だんだん眠くなってきたのか私のヒザの上でゴロゴロしはじめ、 そのうちイナバウアーみたいなトリッキーな寝相で熟睡しはじめる。
あんぐりと口を大きく開けて爆睡している彼の頭をなでつつ、うららかな外の田園風景に目の保養。
車内に流れる中島みゆきを、なんとはなしに口ずさむ。
途中サービスエリアで休憩したとき、むくりと起きた彼に「RYOさんの膝、とっても気持ちよくて寝やすい。」 とお褒めの言葉を頂戴した。
さいですか。
その後もガンガン飛ばして目的の矢吹町の酒蔵「大木代吉本店」に到着。
この蔵では珍しく料理専用の「料理酒」を造っている。
飲用の日本酒に比べて、旨み成分であるアミノ酸が多くできるような造りをしているとのことで、 これを料理のさいに使うと大変まろやかな旨みとコクが出る。
着いてさっそく、そのご自慢の料理酒を使った和え物や粕漬け、さらにはチーズケーキや牛乳寒天などをお茶請けにお茶をご馳走になる。
どれも料理酒が入っているらしいけれども、どれもみな大変美味しい。
お茶を飲みながら簡単に蔵の説明をしていただいた後、さっそく酒蔵見学。
こちらの蔵ではすでに今年の造りは終わっており「甑倒し(こしきだおし)」は済んでいるので、蔵の中は薄暗く静寂そのもの。
そこかしこで発酵している賑やかな蔵もいいけど、シンと静まり返った蔵もまた良い。
本来賑やかな場所が静かであるのは何とも言えない風情がある。
静けさの中に沁み込んだ蔵人や微生物の声や息づかいが聴こえる。
静かな方が「潜むモノたち」の気配を肌で感じるのは何故だろうか。
一年寝かせていた酒をろ過作業中であったので一口飲ませていただいた。
搾りたての若々しい酒とはまた違って、グッと大人びた力強さが口に広がる。
搾りたての酒がやんちゃ盛りの少年だとすると、1年寝かせたこの酒は思春期を迎えた青年当たりか。
どちらもそれぞれが、それぞれに良い。
若いモノには若いモノの、歳を重ねたモノには歳を重ねたモノの美しさがある。
蔵人たちの休憩所に松尾様。
ここでもきちんとご挨拶。
右手に穀物の神とも言われる大歳神、左手に竈神である火産霊神、中央は言わずもがな国つ神の大親分、 大国主神(とその息子)が奉られている。
なるほど、酒造りは、国(大地)の神様、稲の神様、竈の神様、すべての神々のご助力を仰がねばできるものではない。
そうそうたる面子の前には、さすがの松尾様も身形を潜めていらっしゃる様子。
(…ってほとんど見えないな。中央に奉られている札の右手にちょっとだけ見えてるのがそう。)
天照大神の蔭に隠れて覗き見ているような佇まいが何とも可愛らしい。
そのさまは「松尾様」というよりむしろ「松尾くん」て感じ。
そのあと蔵元の案内で近くの蕎麦屋さんに行き、矢吹名物の「大根そば」を食す。
「大根そば」とは、十辺舎一九の「諸国道中金之草鞋」で、弥次郎兵衛と喜多八が矢吹の宿の蕎麦屋で食べ「こいつは大根そばでない、 そば大根だ」とあきれたという、大根盛りだくさんの蕎麦である。
シャキシャキの千切り大根が冷たい蕎麦の上に山ほど乗っているのだが、なんとこれがよく合う。
しかも、女将さんが「からだで挽いてます」という自慢の蕎麦が、風味といいシコシコ具合といい、これまた絶品。
みんなで顔を見合わせながら「美味いな、これ。」と舌鼓を打つ。
美味い蕎麦というものには、なかなかめぐり合わないものだけれど、これは文句なし。
「矢吹の大根そば」、要チェック。オススメである。
大根そばだけでなく、突き出しに出た蕎麦豆腐の天ぷらのその不思議な食感に驚き、山芋に乗せたふきのとう味噌に旬を味わい、 けんちんの温かさにホッと息をつき、みんなすっかりご満悦。
しかもすべて蔵元がご馳走してくれた。
あぁ、蔵元。なんと素晴らしい方なんでしょう。
感謝感謝。
そのあと蔵元に感謝と別れを告げ、一路西へ。
次に目指すは会津若松の醤油蔵、「若喜商店」。
運転手は私。道中、子どもたちはアニメソングを合唱し、私は一人中島みゆきを独唱する。
若干、時間が押しているのでガンガン飛ばすと、カーナビの予定到着時刻がみるみるうちに巻き戻る。
となりでT君が「あ、危ない。」とかつぶやいて、やきもきしている。
最近のカーナビは電話番号を入れるだけで目的地の入力ができるらしいが、たいへん便利な世の中になったものである。
まったく言われるままに運転していったら、きちんと目の前に着いた。
たいへん便利でありがたいが、バカになるな、これは。
挨拶もそこそこに、さっそく醤油蔵を見学させていただく。
酒蔵はいくつかまわったことがあるけれども、醤油蔵は初めてである。
昔ながらの大きな木桶が並ぶ。
扱うモノが違うと蔵の雰囲気も全然違う。
「お酒に比べて汚いですよ。」と蔵元(って言うのか?)のおっしゃるとおり、
壁などにも麹やもろみの飛んだ跡がいっぱいある。
お酒に比べて醤油のもろみはたいへん重いので、下から圧縮空気を送り込んで撹拌するので、けっこう飛び散るそうである。
なるほど。
ヨーロッパの小さなビール醸造所などでもそうだが、本来、蔵は基本的に掃除をしない。
それは壁や天井などに、「蔵つき」と呼ばれるその蔵独特の酵母や菌たちがいっぱい棲んでいるからである。
掃除してしまうと彼らの生態系は壊滅的なダメージを受け、製品の味が大きく変わってしまう。
ヨーロッパでもビールのモルトエキスなど、わざわざクモの巣だらけの天井裏に薄く広げて、空気中の「蔵つき」 を取り込んで発酵させたり、日本酒でも「生もと造り(きもとづくり。「もと」が出ない…。「酉元」をくっつけた字です。)」という昔ながらの造り方では、同じように空中の乳酸菌を取り込んで造る。
世の中、抗菌、除菌、殺菌ブームだが、深く考えずに善玉も悪玉も関係なく絨毯爆撃するような無差別攻撃は、 ただミクロな生態系をグチャグチャに破壊するだけであって、あまり賢いやり方だとは思えない。
壊滅的なダメージを受けた生態系に、ひょいっと招かざる菌がやってくればたちまち大繁殖して、 それこそマクロな生態系(つまり人体)にまで甚大な影響を及ぼす。
だから菌を排除することよりも、好ましい菌が繁殖しやすい環境を整えることの方が大切なことではなかろうか。
だから私はとにかく自分好みの発酵食品をバンバン食べるように奨める。
美味しいと思える、いい匂いと思える発酵食品は、あなたのミクロな生態系を好ましい環境にしてくれる「イイ人」たちの集まりである。
できれば自分で育てるとなお良い。
ヌカドコなど毎日毎日かき回していると、ヌカドコと私の皮膚の常在菌がだんだん同じモノになってくるので、 ヌカドコと私はまさに一体となり、そんじょそこらの悪ガ菌には手出しできない鉄壁の守りができるのである。
来るなら来やがれ! オイラのかわいい酵母と乳酸菌たちが相手だ。
閑話休題。
この蔵では空いたスペースを改造して、駄菓子屋兼和雑貨屋さんとして営業しており、
その昭和初期といったレトロな感じがなんとも素敵である。
昔の電柱がそのままあったり、昔のタバコ屋のショーケースをそのまま展示用に使っていたり、 使わなくなった仕込み用の樽をテーブルや棚に作り直したり、いい味を出している。
いろいろ商品を見ていたら、酒を搾る袋に使われている酒彩布で作ったバッグを草木染めしたものが売店で販売しており、 その色合いの美しさに参って、同じ色合いの巾着袋と合わせてすぐさま購入。
搾りに使う布は、高圧に耐えうるようたいへん丈夫にできているので、頑丈さでも折り紙つきである。
いい買い物をした(もちろん醤油も購入)。
私以外の人間はこのまま新潟に回り、私だけ会津若松から電車で帰る予定だったのだけれど、T君が「RYOさんも新潟行きましょうよ。
ウチに来てご飯食べていってくださいよ。」と散々誘うので、悩んだ挙句、「分かった。じゃあ新潟まで行くからその代わり飛ばせ。」
と言って覚悟を決める。
片側一車線で前の車を追い越せないローカルな高速道路を走るT君を、
「ホラ、早く飛ばせって言ってるだろう!」といじめると、
「無理ですよぅ。」と泣き言を言う。
それでも予定より早くT君の実家に着いた私たちは、挨拶もそこそこに今日仕入れてきたお酒をテーブルに並べ、お茶も飲まずに酒を酌み交わす。
T君のお母様のたいへん美味しい料理を肴にしつつカパカパ飲めば、酒もぐるぐるからだを巡る。
今日は美味しいものばかり口にしているなぁ。シアワセ…。
あっという間に新幹線の終電の時間となってしまったので、私一人だけ新潟駅まで送っていただき、帰路に着く。
相変わらずの強行軍であるけれども、たいへん満足のゆくツアー第二弾であった。
Hさん、今度は油屋さんにぜひぜひ行きましょう!


って『もやしもん』に出てきましたね。
菌は桶の中だけじゃなくてそこらじゅうにいるのですね。
人それぞれにも独特の生態系を持った微生物群がついていますので、それを考えると私たちは命をはぐくむ小惑星にも思えてきます。
普段よく接していると(とくにスキンシップ)、徐々に似たような生態系が造り上げられていきますので、なんと言いましょうか、やっぱり似た匂いがしてきます。
「似てくる」とはいろんな意味で「似てくる」わけですね。
ミクロな世界もたいへん壮大であります。