2010年06月05日

「嫁と姑」を読む

毎月、野口先生の著書を読む「読書会」というのをやっている。

ちょっと前に、同じく野口先生の著書である「碧厳ところどころ」を読んだ講座の音声ファイルをアップしたけれど、あんな感じで私が解説しながらみんなで野口先生の文章を読むというスタイルで、一文読むたびにみんなで思ったことを言い合って、毎度ワイワイとなかなか盛り上がっている。

それで一冊の本を読み終えるたびに、次に何の本を読みたいかみなさんにリクエストを訊ねているのだけれど、今回から「嫁と姑」という本をテキストにすることに決まった。

「嫁と姑」。 …なかなかディープである(笑)。

何ですかみなさん。ディープなのが好きなんですか?(笑)

こんなディープな本をテキストにして、私のような若輩者が読書会などできるのかなと一抹の不安もあったのだけれど、先頃、その読書会を行なってみたら、これがまぁまた盛り上がった。

出てくる出てくる、エピソード(笑)。

何だかみなさん溌剌としていらっしゃる。

嫁という立場からの姑に対する思いもあれば、姑の気持ちが判るという声もあり、みんなで賑やかにワイワイと言い合っている。

私の入る余地など無いくらいであり、まぁまことに結構なことである。


野口先生の本は何冊も出ているけれど、その中に「潜在意識教育叢書」と題したシリーズがあり、そこでは人間の潜在意識の働きを説いている。

今まで読書会で取り上げてきたテキストも、「叱言以前」とか、「背く子背かれる親」とか、「病人と看病人」とか、人間の関係性や無意識に行なっている人間の行動といった、そういうものを扱っている本を読んできた。

前回のテキストである「病人と看病人」も非常に深い話であったが、「嫁と姑」なんていうのもまた輪をかけてディープである。

ディープすぎて野口先生でも一冊にまとめられなかったと見えて、上下巻のセットになっているくらいである(笑)。

なんだか回を進めるごとに、ますますディープな本が選ばれているような気がしてならないが、このままいくと果たしてこの先いったい何を読めば良いのだろう。

でも「嫁と姑」を久しぶりに読み返していて気がついたのだけれど、今までのテキストは人間の関係性といっても、一対一の人間関係が主だったのに対して、嫁と姑という関係性になると、これは三角関係を描いているということなのだ。

二人の女がいて、そしてその間に一人の男がいる。

そりゃあ、いろんなことが起きてもしょうがない。

でもそれが世界中のいたるところで行なわれている出来事なのだから、きちんと考えていくのは大事なことだろう。


一人の人間を考えるということと、二人の人間関係を考えるということはずいぶん違う。

けれどもそこにもう一人加わって三人の人間関係を考えるとなると、これはさらに違うものになる。

相互作用する因子が三体あるという「三体問題」(⇒Wiki)は、いまだに科学の世界でも解きえないくらいの難問であるのに、それが人間関係となったら、これはもうカオスであると言って差し支えないだろう。

それに嫁と姑の関係となれば、そこに旦那が関わってくるのはもちろんのこと、舅も加われば小姑も加わるし、本家分家に親戚付き合い、さらには近所付き合いまで混じりあって、何だか訳の分からない力学が働き始めるのは、当然と言えば当然である。

いろんな背景を背負った人間関係においては、ある二人の間で何か問題が起きたからといって、それが当事者同士の問題であるとは限らなくなってくる。

お互い何か別のものを背負ってその言い分の争いが、たまたま二人の間で勃発しているだけかもしれない。

お互いにゴーストを背負った代理戦争、けれども当人たちはなかなか気付かない。そういうことはよくあることである。

そんなことを考えると、この「嫁と姑を考える」ということは、すべての人間関係の基本になってくるかもしれない。


「人が病む」とは、いったいどういうことなのか。

「嫉妬」や「愛情」といった人の感情というものは、いったいどういう形で現われるのか。

「なんでこんなことをするんだろう?」「どうしてこういうことになってしまうんだろう?」、そんな疑問を持ったときに、ちょっとこの本で語られているような視点から人間関係を眺めてみると、ずいぶんクリアに見えてくることもあるかもしれない。

嫁と姑の関係に悩んでいる人も、そのようなこととは無縁な人も、この本は読んでみるとなかなか面白いかもしれない。(購入は全生社のHPからどうぞ)

posted by RYO at 21:49| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先日はありがとうございました。

「嫁と姑」・・・永遠のテーマな感じがしますが。(^^;)

女にとって、この世で一番大事な息子と夫、
それが重なっている嫁と姑というのは
いろいろあって当然なのでしょうね。

嫉妬、愛情は動物でもあるでしょうから、動物にもあるのかな。
いや、所有という概念がないから、ないか。

となると、やはり人間特有の、いい意味で人間くさい、
整体の面白いところなのでしょうね。
あー、なんだか読みたくなってきた。(^^)
Posted by ささだんご at 2010年06月10日 05:53
こんにちは。
先日はこちらこそありがとうございました。

「嫁と姑」はホントに深くて面白いですよ。
久しぶりに読み返してみて、こんなに深く語っていたのかとびっくりしたくらいです。
初めて読んだのはもう11年くらい前のことなので、当時はまだその深さには気づかなかったのかもしれません。

もし、いろんな女性に「息子と旦那のどっちが大事ですか?」と聞いたら、
「息子です」と答える人の方が多そうですよね。たぶん…ですけど。
そうすると嫁にとっての旦那というのは、つまり姑にとっての息子なわけだから、
そりゃあ、どうあったって抜き差しなりませんよね。
いやぁ大変だ。幸せにしてあげなくっちゃ(笑)。


でもホント、動物に「嫁と姑」関係ってあるんですかね?
社会性が高い動物にはあってもおかしくないかもしれないですね。

でも「孫育て」というものをするのは人間だけらしいから、やっぱり人間だけなのかな。
あったらぜひ観察してみたいですね。
うまく機能しているんでしょうかね。それともやっぱりゴチャゴチャしているんでしょうか(笑)。
Posted by RYO at 2010年06月10日 07:07
わたしも読んでみたくなりました。

私、明治生まれの武家出身の祖母に育てられたので
嫁姑戦争のなかで幼少時を過ごしました。
今思えばいい勉強をさせてもらいました。

読書会行きたいなー。




Posted by かずママ at 2010年06月10日 10:30
いやぁ、面白いですよ。「嫁と姑」。
でも子ども時代にそんな中にいらっしゃったんですね。
それは御苦労さまでございました。
読書会、いつでもお待ちしておりますよ。
Posted by RYO at 2010年06月10日 19:40
> もし、いろんな女性に「息子と旦那のどっちが大事ですか?」と聞いたら、
> 「息子です」と答える人の方が多そうですよね。たぶん…ですけど。

そりゃあ、息子でしょう!あ、私だけか?(^_^)
子どもへの愛情は本能的なものですからね。

あれ、でもよく考えたら夫への愛情も本能的なものか・・・。
タネ作りのための一時的なもの?本当か?(^^;)

孫のかわいさはまた格別と言いますから、
大事な孫と大事な息子が一致するのも
また大変なのでしょうねえ。

孫をかわいいと思うのは、ひょっとしたら人間は
助け合って生きていくようにできているのかもしれませんね。
Posted by ささだんご at 2010年06月11日 05:02
たぶん人間だけが「孫育て」ということをするんですよね。
自分の子どもの子育てに参加するというのは、なかなか高度なことですからね。
でもそうなることで人間の子育てをめぐる関係性と言うのは非常に多様で複雑になって、そしてそのこと自体が人間の子どもの成長を支えているような気もします。
「いろんな大人がいる」という環境は、子育てにはとてもいいと思います。
複雑な世界とシンプルなルール。これですかね。秘訣は。
「複雑系」の世界そのままですな。
Posted by RYO at 2010年06月11日 07:22
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