2008年11月25日

「気話会」講話録('07.11) (6/7)

●実践してゆくということ

 とにかく流れをちゃんと意識しておくことって大事なんです。それで整体の手当ての基本である愉気っていうのは、その流れを誘導してあげるっていうことなんですよね。何か愉気が特別なエネルギーを出して治すとかそういうことじゃなくて、ただ「あっちだよ」ってその流れの方向を教えてあげるぐらいのことをしてるんです。流れがきちっと通るようにしてあげるだけのことなんです。だから「愉気をして自分の気が減って相手の気が増えて」なんていうふうには捉えないのが整体の気の捉え方なんです。むしろやればやるほど自分も元気になるっていうふうに。減るもんじゃないよっていうね。どんなに風が強く吹いて風車を勢いよく回したからって、空気は減りはしないでしょう? 生命力っていうのはそういうもんなんです。

――現実に私なんかが手を当てても違うんですものね。帰るときに顔が違うんですよ。

 誰にでもあるものなんですよ。命の当たり前の行為なんで、「出来る」とか「出来ない」とかそんなことはなくて、ホントに誰もが当たり前に手を当ててあげれば起きる出来事なんですよ。愉気って。ちょっと忘れすぎてしまったんですよね。私たちが。昔はもう少し普通に村とか集落とかに「お手当て婆さん」というのがいて、もっと当たり前に民間療法家としてただ手を当てて呪文みたいなものを唱えたりして治していたんですよね。ものもらいが出来たっていうとそういうところに行ってお手当てしてもらうみたいなことが当たり前にあったって聞きますけどね。


 私の知り合いでもいますけど、その人のひい婆ちゃんっていうのがお手当てしていて、エピソードを聞くとやっぱり面白いんですよ。昔は野口先生みたいな人がもっと普通にいたんだなって思うとホントに愉快でね。その人はフッフッって背中に息をかけて払うんですって。それで子ども心に「何やってんだろう?お婆ちゃん」って思って、「何やってんの?」って訊いたら「思い込みを払ってんだよ」って答えたそうです。いろんなことを思い込んで自分の中でごちゃごちゃしてるのをフッフッと払ってあげて「ハイ大丈夫」って言ってあげてね。そうしたら何だか元気になったような気がしてそのまま元気になって…。フッと思い込みが外れるとね、何かが変わり始めたりしてね。

 野口先生も自分のやっていることを「暗示からの解放」っておっしゃっていましたけれども、自分で自分に暗示をかけてがんじがらめにして病気になったり、元気を無くしたりしているから、それから開放してあげるだけでホントに人は元気になるって言って、自分の生涯の仕事として「暗示からの開放」ということを貫いていましたよね。野口先生は。

――そういうことができたらいいですね。

 そういうのはね、できるかどうかじゃなくてね、やるかどうかなんだと思いますよ。もうやるしかないと思ってるんです。私は。何て言うんですかね。最近思うんですけど、こういうことって稽古できないなって思うんです。もうやるしかないなと思って。だからそういう人がいたら手を当ててあげたり、払ってあげればいいんです。そうして「大丈夫」って言ってあげてね。そうしたらフッとその人の目が輝いてきたりしてね。それはもう練習とかじゃなくて、フッと思った瞬間にやるしかないことで、だからもう機会があったら動くしかないんですよ。やるしかない。


 野口先生も「練習するな」って言ってますけどね。「稽古しちゃいけない」って。一回見て覚えたら忘れろと。必要な時に思い出すからって。奥が深いなと思いますけど…。練習していると…何て言うんですかね。練習しちゃダメなんですよ。言葉にできないですけど。

――自分の意識が入っちゃうから…

 何か余計になっちゃうんです。フッと思った瞬間にフッと動いて、そのとき何かが出来るんです。でもあんまり下手に練習しすぎるとそういうふうに動くことが出来なくなっちゃう。あのね、稽古なんてね、いくらやったって上手くなるのは稽古だけなんですよ。いや、もちろん稽古も大事なんですけど、そこをブレイクスルーするためには稽古だけじゃダメなんです。整体では「活法」といって倒れた人の息を吹き返す技術とかそういう救急法があるんです。そういうのも教えるんですけど「忘れなさい」って言うんですよ。「ノートなんか取っちゃダメだ」って。見て覚えたら忘れなさいって。そのことの意味を感じますね。だから自分の頭の中からもいろんなものを払って払って…

――払ってもらいたい(笑)。つまらないことばっかり。

 そうですね(笑)。なかなか自分のは払えないですから、誰かに払ってもらわないといけないのかも知れませんけど、でもそうして動かなくなって止まっていたものが外から来た風でフッと流れ始めると身が軽くなりますよね。わだかまりとか滞りとか。だからそういうものに気づいた時には、なるべくそこに風を入れるようにしてゆくといいですよ。

 私はよく「外の風を招き入れる」っていう表現をするんですけど、そういう感覚って大事なんです。外部とつながっていないと組織っていうのは必ず淀んでいくんです。熱力学ではエントロピーなんて言いますけど。自家中毒起こして自死に向かう。逆にいえば外部とつながっていることで、外からときおりやってくる新しい刺激によって秩序が保たれるんです。外部と交流することでしか生命は保たれないんです。

⇒つづく

posted by RYO at 01:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 講義録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
う〜ん、う〜ん、いいですねぇ。ノッてきてますねぇ。
早く次を載せて下さいな。
Posted by ささだんご at 2008年11月25日 05:01
はは、嬉しい反応ありがとうございます。
今回の講義録シリーズはいよいよ次回で終了です。
しばしお待ちを。
Posted by RYO at 2008年11月25日 07:06
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