2008年11月17日

「気話会」講話録('07.11) (4/7)

●自分のことは分からない

――人のことって見えても自分のことってなかなか見えないですよね。何かいま起きていることもそういうことなんじゃないかなって思っても、自分でどうやってそれを変えたらいいのか分からないんです。

 自分のことを知るというのはホントに難しいですね…。先ほどの話でも出てきましたけれども、自分のことって分からないんですよ。これはきっとキリストでもお釈迦様でも分からなかったと思いますよ。自分のことは分からなかったと思います。

――でも分かりたい(笑)。

 「こうなるだろう」っていうくらいは分かるかもしれませんけどね…。それはもう限りなく自分を捨ててゆくしかないと思います。もちろん不可能なんですけどね。自分は自分ですから。でも限りなく自分のことがどうでもよくなって、まるで自分じゃないくらい客観的に離れて、他人を見るかのように見ることができたときに、はじめて少しくらい見えてくるんだと思います。でもそれでもやっぱりお腹が減れば何か食べたくなりますし、殴られれば痛いですし、どうしても自分の要求に自分自身は左右されてしまいますからすごく難しいです。そういうところからどんどん離れていった時に少しずつ見えてくるものがあるんじゃないかとは思いますけどね。


 前にも申しましたけれども、「気」とか「生命」とかそういうものはホントは決して分からないんです。もしそれが分かるとしたらそれは自分が死んだときしかないんです。死んだ後に感じることができるのかっていう問題はありますけどね(笑)。自分が生きているっていうまさにその瞬間は、「生きている」っていうことが何なのかって分からないんです。自分のからだからその「生きている」っていう現象が消えていった時に、外から見てはじめて「ああ、生きてるってそういうことだったんだ」って分かるんです。目が自分自身を見ることができないように、離れないと見えないんです。

――もっとはっきり生きたいと思うんです。私は。自分が「こう」と思っていることをやっているときは、他の人が「そんなにしなくても」と言っていても、自分が生き生きしているなってことが分かるんですよ。まわりから「これがいい」っていくら言われても自分が納得しないと本当に思えないでしょ?

 そのときの充実している感覚だけが頼りですよね。

――でもそれを突き進んじゃっていいんでしょうか? 良くないって方もいるし…

 そこが難しいところですよね…(笑)。「心の欲するところに従って矩(のり)を踰(こ)えず」っていう孔子の言葉がありますけど、そんな「もうやりたいことだけやってもそれが人を不幸にすることは無い」っていう老境の域にまで達することができればね…。すごいことですけどね。それは。

――求めないっていうことも分かる気がしますけど、でも求めるときのその人のエネルギーったらすごいものだと思うんですよね。だから求めるっていうことをあんまり否定してもいけないんじゃないかと私は思うんですよね。

 求めるのが命ですからね。矛盾したことを引き受けていかなきゃいけないんだと思います。

――それが人間なんでしょうかね…

 命なんだと思います。私は。矛盾しているんだと思います。命っていうのは。


●からだの排泄作用

――私の知り合いで見せてもらったんですけど、胃がんを手術で取ってからからだの中から膿が出るんですよ。縫ったところじゃないところから。出るまではものすごく痛いわけ。それを整体で手当てしてもらっていたんですけど、それが最近だんだん減ってきたんですけど、出るまではホントに痛くて七転八倒しているんです。出ちゃえば楽なんです。そういう方もいるんだなぁって…

 からだはそうやってからだの中に溜まったものを何とか出そうとして、一箇所にまとめてある道を作って出そうとしますからね。それが自分の中にあるルートができるとそこを通じてとにかく出そうとするんで、出しても出しても中に何かある限り、やっぱり同じルートを通って同じところに溜まって、それをまとめてからだの外にボンと出そうとする。

 それが腸みたいにきちんとそのためのルートがあればいいですけど、こんなところに肛門があるわけじゃないですから、何も無いところから排泄物をまとめて出そうとすれば、それは痛いですよね。

――十年以上耐えましたよ。その方は。すごいもんだと思いましてね。でも「怒る」っていうのもそうですね。いっぺん怒って爆発するとしばらく静かになりますね。

 そうですね。圧縮したものがちゃんと出ればね。それを抑えて我慢していると、別の形をとってやっぱり出てきてね。それが体癖によってどういう形で出るのかっていうのが人それぞれあって、大ざっぱに二つに分けると、それが外に向かう人と自分の内側に向かう人がいて、自分の内側に向かう人は自己破壊的なことが起こるんです。胃に穴が空くとか、肝臓が壊れるとか、そういう形で自分の中で発散させようとする人と、あとは外に出す人。何か物を壊すとか、人に当たるとか、突然大きなことをしはじめるとか。いい形で出せれば芸術作品を作るとかそういう形になるかもしれませんけど。そういう圧縮されたエネルギーが再び出ようとする時に何か拠りしろというか対象を必要とするんですよね。でもそれは本人は意識してないんです。

⇒つづく

posted by RYO at 21:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 講義録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
洗面器から覗いているのは・・・・ウサギ?
あ、ちがう!アヒルですね。
ロールハッシャーテストっていうのでしたっけ。
(注:コメントは本文とは一切関係がありません)
Posted by メィファンシィー at 2008年11月18日 08:39
おや、これまた幽(かそ)けきところに気が付きましたね。
「ディテールに惹かれて仕方が無い」。
いいですね〜。私もそういう構えを愛する者です。

桶から覗いて見えるのは
はたして、うさぎか、アヒルか、ポケモンか
見る者しだいでふわりと変わるのであります

しかし、「ロール発射ーテスト」ですか。
何とも面白そうなテストでありますね。
これまた微妙なディテールに、洒脱なものが潜んでおります。
Posted by RYO at 2008年11月18日 20:02
あ、そういえば間違えました。

中国を旅していてよく使う言葉ナンバーワン☆の「没関係」
メィファンシィーではなく、メィクワンシィーという発音でしたっけ。
いや、メィカンシーだったかな?

ロールエッシャーテスト。
ぐるぐるマキマキに転がってます。
Posted by メィクヮンシィー at 2008年11月19日 08:53
没関係。
「そんなの関係ねぇ!」ってやつですか。
子どもたちの間で一世を風靡したオッパッピーも
今やトンと見かけなくなりましたね。
諸行無常の響き在り。
Posted by RYO at 2008年11月20日 07:48
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