2012年07月19日

出産前後の機

出産のドタバタがあって、ブログの更新がずいぶん遅れてしまった。

まあ身近な方にはすでにお知らせいたしましたが、おかげさまで妻は無事出産いたしまして、現在母子ともに健康に過ごしております。

出産は、野口整体式のいわゆる「整体出産」というものを行なったのだけれど、産後の起き上がりも順調にクリアし、今は自宅で暗がり生活をしているところであります。


整体出産というのも、自ら当事者としてかかわってみて改めて思ったけれども、現代人の生活様式の中では、その実践がなかなか難しい点がいくつかある。

その中でも一番は、産婦の寝たきり生活中のいわば「介護人」を誰かが務めなければならないのだけれど、これがよほど整体に理解がある人でなければ務まらないということである。

整体そのものの知識に詳しい必要は必ずしも無いかもしれないが、やはり産婦の要求にある程度応えられるだけの理解がなくては務まらない。

私自身はいろんなことを鑑みた上で、これはやはりパートナーが行なうことの意味というものを強く思ったし、何より私自身が「ぜひ」やりたいという思いがあったので(好奇心旺盛なので実はそちらが強い)、予定日を挟んだ三週間あまりの仕事をがっつりお休みさせていただいて、出産前後の生活にこれでもかというくらい関わったのだけれども、これもいわば自由業の強みであって、会社勤めであったらなかなか難しいかと思う。

公務員であれば、産休育休についてはかなりきっちり対応してくれるだろうが、このご時世、そんなに誠実に対応してくれる会社ばかりではないだろう。


けれども、そこのところをきちんと押さえておくということは、その後の育児あるいは夫婦生活においても非常に重要なポイントであると、私は今回改めて確信した。

別にそれは何も「整体出産」に限ったことではない。

もし、人生において「決して外してはいけないポイント」というものがあるとするならば、真っ先にその候補に挙がるのが「出産前後の生活」であるだろう。

そこに気を込め、徹底した集注で過ごすということ。(もちろんその対象は「母子」である)

それはその後のあらゆることに関わってくるから、とにかくホントにホントにホントに大切にしてほしい。

介護人にならなくとも、会社を休めなくとも、不器用でもいいから、とにかく集注してほしいのだ。

それほど重要な機は、この機を逃して他にはない。

この機の刺激は、その関係において一生残ると思って集注することが大事である。


このことはまあ当然のことながら主にパートナーである男性に対するメッセージであるわけだけれど、それだけでなく、母子に関わるあらゆる人たちに対するメッセージでもある。

私もいろんなママさんのお話を聞くけれども、出産前後のパートナーの挙動や、心ない言葉を投げかける親族や、脅すばかりの医療者の存在が、その後の「子育て生活」にどれだけ影響を及ぼしているかは計り知れないものがある。

それらはどれも到底「母子に対する集注」の欠片も感じられない挙動ばかりで(まあだいたい自分の都合ばかりを見つめているわけだけれど)、そういうものは「出産前後の生活」には、一切不要なものなのであります。

というより毒なのでむしろ避けた方が良いのであります。


必要なのは「母子に対する集注」。

それは一言で言えば「愛」であるけれども、具体的に言えばつまり「母子の要求を丁寧に聴こうとする態度」なのであり、そして「その要求に応えようとする行動」なのである。

…というわけで、私はまたしばらくシコシコと、母子に集注しながら暗がり生活に引きこもるのであります。ゴソゴソ。

posted by RYO at 11:44| Comment(23) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。