2011年10月20日

【イベント】賢者からのメッセージ

遅ればせながら、11月23日のイベントのチラシをアップします。

2011年11月23日(祝)に、横浜の赤レンガ倉庫にて「賢者からのメッセージ」と題した企画を行ないます。

東城百合子先生、真弓定夫先生、吉村正先生という、自然療法や健康法の世界においては第一人者の先生方と呼んで差支えの無い方ばかりを招いて、とにかく語って叫んで説教していただきます(笑)。

こんなちゃぶ台ひっくり返すような勢いの企画はおそらく最初で最後となるでしょうから、ぜひぜひお時間ひねり出してでもお越しいただければと思います。

とはいえ、なにぶん関わる人たちみな素人仕事ゆえに、こんな大企画を立ち上げちゃっててんやわんやでありまして、いろいろ不手際もあるかと思いますので、そのへんは平にご容赦を。

私も当日は裏方としてうろちょろしておりますので、ぜひ来てね。

申込や詳細などは下記のリンクから。
ミュートネットワーク


〜〜〜【当日詳細】〜〜〜

題 名:身体サミット2011「賢者からのメッセージ」
日 時:2011年11月23日(祝・水)
開 場:12:30
開 演:13:00
場 所:横浜赤レンガ倉庫1号館3階ホール
    (〒230-0001 横浜 市中区新子1-1-1 045-211-1515)
    ※駅から遠いので徒歩でいらっしゃる方は時間にお気を付けください。
料 金:前売3800円 当日4800円

〈当日プログラム〉
12:30 開場
13:00〜13:20 河野智聖 挨拶
13:20〜14:10 真弓定夫先生 講演
14:10〜15:00 吉村正先生 講演
休憩
15:30〜16:20 東城百合子先生 講演
16:20〜16:40 琵琶演奏 岩佐鶴丈
16:40〜18:00 シンポジウム「未来へ向かっての価値観」
       (東城、真弓、吉村、島袋、河野)特別ゲスト:三枝龍生氏
18:00 閉会

posted by RYO at 20:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月03日

キワ立つnobody

暑い暑いとドタバタしていたら、いつのまにかすっかり秋の気配になってしまった。寒い寒い。

毎度のことながら更新が遅くなってスミマセン。

ブログも書こう書こうと思いつつ、パソコンの前に座るとメールの返信やら原稿書きやらが何やかやとあり、それらが一通り終わるとホゲッとしたくなって、そのまま放置されていってしまうのである。

もっとサクサクっと書ければ良いのだろうけど、なかなかそうもいかない。

もうちょっと日常的な軽い文章をサクサク書いてアップしていけばいいのかな?


先月、読書会で一年かけて読み解いてきた野口先生の『嫁と姑』がようやく読み終わった。

改めてみんなで読んでみると非常に深い内容であったけれども、まあずいぶんいろんな話で盛り上がった。

いまは嫁姑関係というのも、昔に比べればずいぶんあっさりしてきたのだろうけれども、やはりこれは世界普遍の永遠のテーマであるのだろう。

そりゃあ「一人の男が女の手から女の手へと渡される」のだから、当人たちも意識しない所でさまざまな感情や潜在意識が渦巻いて当然である。

異性同性の関係性は、たとえ家族や親子といえどもその影響は大きい。


人間関係というのは何とも不思議なもので、そこでは当人同士の意識や認識とはべつにさまざまなことが蠢いていて、そこにかかわるすべての人たちの意識、無意識、潜在意識が絡まりあって、生じているところがある。

だから私の口から何か言葉が出てきたとしたって、それは私が「しゃべっているのか」「しゃべらされているのか」、そんなことは正直分からないのだ。

たとえば、誰かがその場の雰囲気にもう黙っていられなくなって何か言葉を発したのなら、それはいったい「誰の言葉」と言うべきなのだろう。

それはある意味、その場にいるみんながその人に言わせているとも言える。

その人が言わなければ、誰か他の人が言ったかもしれないし、あるいはひょっとしたらそれは自分の口から飛び出たかもしれない。

だとしたら、その言葉はいったい「誰の発言」なのか。「誰の思考」なのか。「誰の言葉」なのか。

そんなことは正直分からない。

はたして私は「考えている」のか、「考えさせられている」のか。

場には場の思考があるし、関係性には関係性の思考がある。

それがいつどこで誰によって顕現するのかということは、個人の意思や意図など軽く超えていることである。


だから「“私の”発言」なんてものに、あまり価値を置きすぎないほうが良い。

私の口から飛び出てきた以上、その責任を私が背負うことは社会市民として当然ではあるけれど、それだってたまたま白羽の矢が立ったという程度のものなのだ。

人はみな「関係性のイタコ」である。特に日本人はそうだ。

誰も己の言葉でなんてしゃべらない。関係性にしゃべらされているだけだ。

別にそれが悪いとはちっとも思わないけれど、それを「己」だと思いすぎてしまうことは、息苦しくなる原因だからあまりおススメしない。

そもそも日本語なんて、主語が消えても平然と成り立つ言語なのだから、もともと日本人の「わたくし」なんていうものがそんな程度のものなのだ。

日本語で生きていくなら主語に縛られすぎないほうが良い。

わたくしなんて、つまりはnobodyだし(@池田晶子)、仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明なのだ。(@宮澤賢治)

もし仮に個性というものがあるのだとしたら、どんなに主語を消したとしても、どんなにわたくしを捨てたとしても、それでもなお最後にしぶとく残る「際立ち」こそが、いわば個性と呼ぶべきものであろう。

そもそも個性と呼ぶべき本質は、“私”や他人の手に負えるようなものではない。

吹けば飛ぶよな個性など、浅薄な表層の「毛羽立ち」に過ぎない。

もっと全てを投げ捨てたギリギリの「個の際」こそが、危険で色っぽくてセクシーなんじゃないか。そこに際立つものがある。

私は「nobody」かつ「キワモノ」でありたい。


ところで話は全く変わるのだけれど、いま来年の3月に向けて、整体の大きなイベントが企画進行中で、その準備が着々と進みつつある。

詳細についてはもうしばしお待ち願いたいが、野口整体系の指導者の先生方が一堂に会して、整体について、あるいは野口晴哉という人について、大いに語り合うという、なかなか貴重な会である。

僭越ながら私もその末席に加えていただくことになっているので、今から期待と緊張でからだがドキドキワクワクし、顔が(‘A`)こんなになっている。(ってただのモノモライ)

まあ野口整体について少なからぬ興味をお持ちの方には、とても面白いイベントになるかと思うので、乞うご期待。


ついでにいうと11月23日(水・祝)にも、横浜で大きなイベントを企画していて、そちらは私は裏方として参加するのだけれど、そちらもまたそうそうたるメンツが集結することが決定している。

そのメンツとは何を隠そう、東城百合子先生、吉村正先生、真弓貞夫先生のお三方である。

「聞いて驚け」とは、まさにこの顔ぶれのことを言うのだなと思う。

自然療法に興味のある方なら、誰もがその名を知っている大御所の大先生ばかりを一所に集めてしまうという前代未聞の「ちゃぶ台企画」であるが、これはひとえに師匠の河野智聖先生の「人結び力」の賜物である。

けれども登壇者がみなさん80代の大御所ばかりということで、いったいどんな会になるのやら、いろんな意味で今からドキドキしっぱなしで、おかげで私も顔が(‘A`)こんなに…(以下略)

まあ、そちらのほうも詳細を近いうちに出すので、こちらもまた乞うご期待。

posted by RYO at 21:08| Comment(17) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする