2010年01月21日

ビバ!落下!

映画「落下の王国」(原題:THE FALL)のDVDを観る。
(リンク先にトレーラー映像あり)

何だか久しぶりに映画を観てものすごく感動してしまった。

とくに最後のシーンは何故か涙が込み上げてきてしまって仕方がなくって、何度も何度も繰り返し観る。

う〜ん… 美しい。

その一言だ。

ひょっとしてこの感覚はなかなか分かってもらえないかもしれないけれど、とにかく美しくて仕方がないのだ。


監督は前作「ザ・セル」で一躍有名になったターセム。

構想に26年、制作に4年、そして「本当に作りたかった映画」と監督自ら語る映画は、それだけの想いと情熱をビンビンに感じさせる。

評論やコピーにも書かれているように、世界遺産13ヶ所を含んだ世界中の美しい風景をふんだんに散りばめた映像美には、まず圧倒される。

CGではこの圧倒感は出せない。

現実こそがファンタジーだと言わんばかりの説得力。

あと、主演の女の子の演技もすごくいい。

監督いわく「少女が女優になる前に、急いで撮りきった」そうだが、その素直な演技はふとした勘違いやアドリブもそのまま活かされていて、とっても自然である。

けれどもそれにも増して、私が心打たれるのは、映画の内容そのものであるラディカルなストーリーテリングである。(以下ネタばれアリ)


「この映画のテーマはストーリーテリングだ」と監督が言うように、「物語を語る」ということが軸となって映画は進んでいく。

メインの登場人物は二人。

映画の撮影中に橋から落ちて大怪我をしたスタントマンの若い青年と、オレンジの樹から落ちて腕を骨折した小さな少女。

ともに「落下して傷ついた」二人が病院の一室で出会うところから物語は始まるが、その出会いも少女の一枚の手紙が彼のもとに落ちていくところから始まる。


大怪我をした上に恋人を取られてしまった若い青年は、人生のどん底に落ち切っており、ほとんど生きる希望を失っていて、動けない自分の代わりに少女に自殺するための薬を取ってこさせようと、彼女に思いつきの冒険譚を話し始める。

冒険譚は、個性豊かな六人の戦士がそれぞれの思いから総督オウディアスに復讐を果たそうと旅を続ける物語なのだが、そのお話は現実と物語とが交錯しながら、その場その場で生まれてゆく。

少女を利用するために思いつきで語りはじめた物語だったが、青年が決定的に落ちようとしているところで、青年のその思いを知ってか知らずか、少女の想いが彼女を物語の中に登場させて、囚われの彼らを救い出す。

思いつきで語っていた物語は聞き手を巻き込み、徐々に本物の「ストーリーテリング」へと変容してゆくのだ。


後半、現実の世界でさらに落ちようとする青年の願望のために薬を取りに行こうとした少女は、足を滑らせて棚から落下し大怪我をする。

目を覚ました彼女のとなりで、青年は素直に約束を信じる少女を利用して自殺しようとしていた自分にとことん嫌気が指して、「君を操るために話してたんだ」と告白し「ストーリーテラー」であることから降りようとするが、少女はそれでも「続きを聞かせて」と懇願し、語り手としての青年を支える。

聞き手の少女に支えられて彼はなんとか再び物語を語りはじめるが、それでもまだ絶望の淵にいる彼の物語は、仲間たちが次々と死んでいってしまう。

少女は「やめて!」と叫んで物語を拒否する。

「こんな物語は嫌だ。どうしてみんな殺すの?」

若者はしょうがないんだという顔をして「これは僕の物語だ」とつぶやく。

すると少女が言う。

「二人の物語よ」。

(そう、君は正しい。)


少女は最初から最後までずっと、「(固定されて)落下しない左手」に宝物を持ち続けているのだけれど、その「少女の落下しない左手と宝物」がこの映画の通奏低音なのだ。

彼女の「落下しない左手」が物語を支え、青年を支え、映画を支えている。

彼女は一度目に薬を取ったときは宝物をいったん手放していたが、二度目に薬を取ろうとしたときには宝物を手にしたままだった。そして落ちた。

「薬を取る」という行為は物語を壊す行為であるからこそ、宝物を手にしたままでは「いけない行為」だったのだ。


映画の最後に、チャップリンやバスターキートンといった古いフィルムの映像が流れる。

サイレンス映画お得意の映像集。

人が落っこちたり、ぶつかったり、飛んだり上がったり下がったり、そしてまた落っこちて落っこちて…

「THE FALL」という映画のテーマ通りに、めくるめく落下の世界。

Fall, fall, fall, fall…

繰り返し繰り返し、飛んで、落ちて、ぶつかる様は、まるで人の「人生」そのものであり、フィルム映像はそのオマージュだ。

なんだかその映像の乱舞を観ているだけで、人間っていいなというか、その悲しさと儚さと健気さに胸が熱くなってしまうのだけれど、その最後の締めくくりがまたもう最高なんだ。

「落ちる」ということを、これほどまでに言祝いでくれてありがとう。


でも、締めくくりの映像にあきらかに外野の声が入ってしまっているんだけど、あれはひょっとして監督の声なんだろうか。

だとしたら…

ますますいい!

posted by RYO at 22:06| Comment(24) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月02日

Fun can change you!

みなさま、あけましておめでとうございます。

旧年中はとりとめのない雑念妄想に格別のご愛顧をいただきまして、まことにありがとうございました。本年もまた懲りずにお付き合いのほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

先ほど去年のエントリーを見ていましたら、去年のテーマは「顕(あら)わす」ということに決定というようなことがコメント欄に書いてありまして、そういえばそうだったと、はたと思い出したのですが、いやはや確かに昨年はいろんなことが「顕われてしまった」激動の一年でありました。

「顕わす」ことがテーマということで、私もいろんな「表現」の試行錯誤を繰り返してきましたが、そんな個人的な小賢しい企みなどまったく関係なく、世界は表に顕われようと欲しているようです。

はたして今年はどんな言葉が湧いてくるのでしょうか。迂闊なことは言えません。


さて、去年の新年のエントリーはマットさんの動画をご紹介させていただきましたが、今年もまた動画を一つご紹介して新年のご挨拶と代えさせていただこうかと思います。

ストックホルムでのある試みの動画ですが、「楽しさはあなたの習慣を変えることができる」というこのチームの素敵な試みは、とても大事なことを教えてくれているような気がします。

その成果が一目瞭然に表れているのはもちろん、どこか寂しげだったステアがまるで喜んでいるようにも見えます。素敵です。

何というか、こんなようなことを、やっていきたいですな。



エスカレーターを使おうとしてやっぱり階段で登る人、ぴょんぴょん跳びはねる人、リズムをとって演奏してみようとする人、たまには階段を使ってみようかというおじいちゃん。いろんな反応があって十人十色。

見ていてこちらも何だかほっこりしてきます。

他にもこのチーム、こんなことこんなこともしています。
なんかかわいいですね。私のイタズラごころをくすぐります。

posted by RYO at 10:56| Comment(18) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする