2007年10月28日

子どもを見つめる眼差し

今回の横浜でのボディワークには、整体やシュタイナーに興味があるというお子さん連れのお母さんが見学に来ていた。

6歳の女の子は現在シュタイナー幼稚園に通っているという。

いつもは大人だらけのボディワークに小さな女の子が加わり、非常に和やかで賑やかな雰囲気。

活発な女の子は、みんなの真ん中でいろんな踊りを踊って、おどけてみせる。

笑いが絶える暇が無い。


今回もいつものようにみんなで車座に座って講座を進めたのだけれど、こういうとき真ん中にぽかんと空間が空いていると、 たいてい子どもはそこでみんなの注目を浴びながら遊びたがる。

私はいつも子どもがいるときはなるべく真ん中にスペースを開けて、あえてそういう場を作るようにしているのだけれど、 それはそのように多くの大人たちに見守られる中で自由に振る舞うということが、子どもをとても満ち足りた状態にしてくれるからである。

子どもにとっては「注意の集中」こそが生きる糧である。

それがすべてと言っても良いくらいだ。

子どもに注意を集中してあげることが、どれだけ多くのゴタゴタを解消してくれるか分からない。
(もっとも大人の世界でもさほど変わりは無いかもしれないけど)


ただそのとき大事なことは、見つめる大人の眼差しに「何の要求も無い」ということだ。

たとえば今回の場などはいちおう「私の講座」であるので、社会的な合意としては「みんな私の話を聴いていることになっている」 ので(ホントはどうか知らないけど)、その合意を崩すような振る舞いに関しては、その場に強い自制がかかっている。

だから周りの大人は、遊んでいる子どもを見つめるときにも、言ってみれば「先生の話を聴いている」 という振る舞いをしながらの眼差しとならざるをえないので、どこか抑制のかかった眼差しで子どもを見ることになるのだ。

本来なら空間的中心にいる子どもには全員の集中がガッと集まるはずであるのだが、そこに表象的中心としての私がいることで、 過剰な集中が行なわれないように微妙に調整されている。

その場の中心人物である私が、その子の自由な振る舞いを許し、認めていることで、その子に対する周囲の干渉が何とはなしに自制され、 「先生が放って置いているんだから、放って置くか」という暗黙の了解がなされて、子どもの自由な振る舞いが許されることになるのだ。

その場の大人たちの集中を一身に浴びながら、そこに強制が無いということ。

子どもにとってこれほど嬉しいことはないだろう。


そのような「自由広場」こそが、そこにいる者たちに新しいチャレンジを促し、新しい発見を呼び込み、 新しい芸術を生み出すきっかけとなるということは、歴史を見ればよく分かることであるが、 それは小さな場においても同じことであると私は思う。

「何の要求も含まない眼差し」「ありのままを見る眼差し」で見つめられているときに、子どもはまったく自由に振る舞うことができ、 そのとき子どもは自分自身のさまざまな可能性を自由に探究することができるのだ。

大人が「ありのままを承認している」ときに、子どもは新しいことにチャレンジできるのであって、大人に「承認されていない」 と感じているとき、子どもは「その承認を得るための素振り」ばかりを振る舞うようになるだろう。

それは母子研究の第一人者であるジョン・ボウルビィが提唱した「安全基地(⇒参照)」 ということにも通じるが、安心して帰れる「安全基地」があって初めて、子どもは未知への探検に邁進することができるのであって、 もしも帰るべき「安全基地」がきわめて不確かな「不安基地」であったとすれば、新しい探索の旅に出ている場合などではなくて、 自分にとっての「安全基地」をより確かなものに構築することに専念せざるをえないのは当然のことである。

もし自分がどんなに変化したとしても、いつでもそれを丸ごとありのまま受け入れてくれる「安全基地」があったとしたならば、 どれだけ安心して自分を変化(成長)させてゆくことができるだろう。

そのことの意味は予想以上に大きいが、なかなか省みられることが少ない。


子どもは「見てて」が好きである。

子どもはいつだって「見てて」ほしい。

けれどもその「見てて」の要求は、あくまで「私を丸ごとすべて見ていてね」ということなのであって、 あらゆるこちらの色づけは一切要求の範疇の外にあるのだ。

もし自分をそんな眼差しで見つめてくれる人がいたのなら…

それはどんなに仕合わせなことだろうか。

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2007年10月18日

丸ごとドカンとぶっつかって

最近ずっと散歩をしていない。

いや、街中を歩いてはいる。

土のうえを、緑のなかを、歩いていないのだ。

むむ。それはイケナイ。

大地を歩け。植物と触れ合え。

意匠を凝らした記号あふれる街を出て、なんだかワケの分からないモノ溢れる森の中へと行こうではないか。

書を捨てて、町も出よう。


都市は意匠に満ちている。

見渡せばどれもすべてが誰かが考え、トンテンカンテン作ったものばかりだ。

ありがたい話であるが、それがうるさいときもある。

都市のど真ん中で、意味の無いモノがドデンと構えていれば、たちまち「責任者出て来い!」と怒鳴られ、 ガラガラと撤去されるしかないのだ。

意味の無いモノは、「とくに意味はありません」という文脈に乗っていなければ、その存在も許されない。

だから都市では、うるさいくらいのアジテーションが繰り返される。

「意味の無いモノは去れ。仕事の無いモノは消えろ。」

そうして気づけばいつのまにか、何らかの「意味」に回収されてゆく。

分解を担うモノの世界である「土」を固めて覆ってしまった都市では、解体するのも誰かがやらなけりゃいけない。

森では、ゴミも食べ残しも死体でさえも、「ポイ捨て」こそが自然の理にかなっていた。

ただそこに置いておけばよかった。

意味なんて無くても、いのちがそれをいのちに変えた。


都市にいると、「世界は丸ごと全体一つの混沌である」という事を忘れがちだ。

「エコロジー」とは本来そういうことであったはず。

そうなのだ。そういうことなのだ。

森に分け入り、なんだかワケの分からないモノを見て、なんだかワケの分からない音を聴き、 なんだかワケの分からない虫にまとわりつかれながら、なんだかワケの分からない所を歩くのだ。

足の行くまま森をずんずん歩いて、ワケの分からない存在に行く手を阻まれたら、「オマエは何だ?」と体当たりでぶつかってやれ。

そして、ドカンとぶつかったらいとも簡単に跳ね返されて、「痛い!」ともんどり打ってぶっ倒れたら、空を見上げて笑うのだ。

ぶつかった痛みが、激しい息切れが、心臓の鼓動が、空の青さが、土の冷たさが、草の匂いが、虫の声が、すべてが丸ごと全部「自分」 なのだ。

自分が感じている「世界」は、世界を感じている「自分」そのものでもある。

世界は自分だ。

自分が世界だ。

ワケの分からないのは全部自分なのだ。

何とか言ってみろ!

「わー!」

叫べば、それが世界の咆哮だ。


人間は永遠に謎で、世界もまた永遠にワケが分からないが、

その息づかいを感じることだけはできる。

ざわざわと。 がちゃがちゃと。 そよそよと。 ごうごうと。

ワケは分からなくても愛することはできる。

一緒に息をすればいい。

森に住む人がハダカで生きるのは、森とともに息をし、いのちを交歓しているからだ。

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2007年10月11日

読書のススメあるいは物語の相転移

読書の秋である。

食欲の秋でもあるし、スポーツの秋でもあるが、読書の秋である。

記録的猛暑であった今夏は、私もほとんど溶けかけのハーゲンダッツと化し、気づくと全開に開いた汗腺から魂がでろーんと抜けて、 完全な「ノータリン(脳足りん)状態」となっていたので、いっこうに読書が進まなかった。

けれども、ここ最近ぐぐっと深まる秋の気配にふたたび脳みそもきりりと凝縮し始めたので、 小難しい本でも読んでやろうかという意気込みとともに心地よいアイドリング状態を回復してきた。


私はいわゆる「本の虫」である。

多感な中学時代に二年間、図書委員長を務めて以来、片時も本を持たずに出歩いたことが無い。

たとえ手ぶらで外出することがあっても、ジーンズの後ろポケットにはテキトーな文庫本を差し込んでおくくらい、 本が好きでしょうがない。

あんまり本を愛して止まないので、他の人にもぜひその喜びを分けてあげたくて、後輩などには「本はいいよ〜。 本は人生を豊かにしてくれるよ〜。何でもいいから読みなさ〜い。今すぐ読みなさ〜い。」と暗示をかけてその気にさせて、 「じゃあ〜読んでみますぅ〜」と、その手に私のオススメ本を持たせてふらふらと帰らせたりもする。


松岡正剛さんは「いろんな状況下で本を読む」という読書術を提唱しているけれど、私もふだん 「新宿駅構内を本を読みつつ人ごみをスルスルと避けながら歩く」とか、 「電車内で吊り革や手すりにつかまらずにバランスを崩さぬよう本を読む」とか、そんなはた迷惑な「読書稽古」ばかりしている。

そのおかげか知らないけれど、最近は「何かをしゃべりながらアタマでは別のことを考える」という「パラレル思考」というか「インテル Core 2 Duo プロセッサー思考」も、徐々にだができるようになってきて、しゃべるということは必ずしも考えなくてもできるのだ、 というヘンな確信を持ちつつある。

「しゃべる」ということは、確かに「表象の現れ」ではあるけれど、「口舌の運動」という身体動作でもあって、 どうもかなりの部分まで思考を関わらせることをやめて、自動化できるようである。

平たく言えば「口が勝手にしゃべる」ということなのだけれど、ただ、知らぬうちに己の無意識が露呈して、 とんでもないことを口走る可能性も無きにしもあらず。

「無意識の扉」を開放するようなことは、きちんとその「放水弁の取り扱い」を身に付けてからにしないと、周囲の人のみならず、 自身の身心にとっても極めてテリブルな状況を招くこともあるので、あまり迂闊にオススメはできない。

でもそれより、そんなことばかりやって、ますますデタラメな人間になって、 社会不適応者になってゆく私の将来を心配するほうが先かもしれない。

はたして私はどこへ向かおうとしているのだろう。


本の話であった。

本というものは、それが小説であれ、学術書であれ、児童書であれ、あるいは写真集であれ、すべて一つの物語として成立している。

あらゆる本は、「はじめに」に始まり「あとがき」に至るまで、ある人物が、ある時間、あることを主題に置いた「思索の旅」 のその旅程の記録であり、それを読者に向けて語り聞かせた一つの物語なのだ。

そして、そんな物語を構成しているのが「言葉」であり「文字」である(写真集の場合は写真だけど)。


私は文章を打つ際にはいつも、「新解さん」 とともに先ごろ亡くなった白川静先生の『常用字解』(白川静、平凡社、2003)を傍らに置いている。

そして、文章をパシパシと打ちつつ、時折ふと「この字の由来って何だろう?」と思い立っては、『常用字解』をパシャパシャめくって 「ほぅ〜。そうだったのか」と感心して遊んだりしているのだけれど、そのたびいつも思うのは、「字というものも、 また一つの物語であるのだなぁ」ということである。

字には一つ一つその字源があり、由来があり、物語がある。

調べてみれば実に豊かな物語が、たった一つの文字に込められているもの。

「文字」とは、それらの物語が時間をかけ多くの人の手を渡るうちに抽象化され、簡略化され、記号化されていった、「一つの物語の結晶」 なのである。

そのような「物語の結晶」である文字を、何百という単位で紙に吹き付け、さらにその紙を何百という単位で束ねて作り上げられた「本」 というものは、いったいどれだけ重層的な物語を私たちに語りかけていることか、想像するだけで眩暈がしてくる。

そうして、文字が一つの物語であり、それを組み合わせた単語がまた一つの物語であり、それを組み合わせた文章がまた…と、 いくつもの物語が重層的に繰り返されていることを考えると、なぜ私が「とにかく本を読みなさい」と人に読書を勧めるのか、 そのことの意味が浮かび上がってくる。


本は数冊読んだだけでは、それぞれがバラバラの物語である。

それはいくつかの単語を知っていたとしても、その数があまりに少ないうちは、いくら組み合わせてみたところで、 言語がきちんとした意味をなさないのと同じことだ。

けれどもそれが数十冊になり、数百冊になり、数千冊になってくると、そこにある種の関係性が浮かび上がってくる。

つまり大量に本を読み重ねるうちにやがて「一冊の本」が「一つの文字」となり、その「文字と化した本」 がさまざまな別の本(=文字)と組み合わさることによって、また一つ次数の繰り上がった物語がそこに浮かび上がってくるのだ。

先ほどの重層構造から考えてみると、単なる関係性によって生まれていた物語が「本」というリーズナブルなサイズの「モノ」 に収斂した後、ふたたびそこを飛び出して、またより大きな関係性の海へと消えてゆく、そんなミクロとマクロの振り子のようにも思えてくる。


私と同じように「本の虫」である人には、おそらく経験があるのではないかと思うが、読んだ本の量がある閾値を越えると、急激に「“本” 同士のネットワーク」が形成されてゆくことがある。

それは、文中の引用が同じ論文のものであったとか、参考文献に同じ本が出ていたとか、著者同士がじつは親友であったとか、 同じ研究者を褒めていたとか、そんなきわめて些細なことの積み重ねに過ぎないのだが、 それでもやがてそれら小さな共通点の厖大なシンクロニシティが、あるとき急激にバババッとカスケード(雪崩)を起こし、 連鎖的につながってゆくのである。

そのようなある種の「相転移」が起こり、自分にとって大切なある「一つの本」が、より大きな物語を構成する「一つの文字」 であったことを見出す瞬間というのは、これは何物にも代えがたい。

「一冊の本」が厖大な本の中に埋もれて「一つの文字」に還元されてしまうときの、 立ち現れてきたモノがふたたび前景から消えてゆくときの、そのからだがフッと軽くなるような「洒脱感」。

それは、この地上からはるか上空へと舞い上がって世界を一望俯瞰的に見下ろしたときに、私たちの精神のうちで、何か 「解釈のスケール(目盛りの尺度)」がカチャリと入れ替わるような、そんな感覚にも似ている。

「一つの文字」から「壮大な物語」を呼び出しもすれば、「重厚な書物」をわずか「一つの文字」にも還元してしまうような、 解釈のスケールをミクロからマクロまで自由自在に変化させられるフレキシビリティ。

物事を突きつめて考えていく時に、その理路がどれだけのスケールで適用できるのか、その汎用性をどれだけ広範なものにできるかは、 論者が「スケールフリーな読解力」を身に付けているかどうかに大きく左右される。


というわけで、いつものことながら理路が暴走してしまっているけれど、そんな「スケールフリーな読解力」 を身に付けてほしいと思っているからこそ、私は人に読書を勧める次第なのである。

ではなぜ私が、そんな「スケールフリーな読解力」を身に付けるべきだと思っているのか?

なぜならそれは、その能力が「日々の幸せ」に直結しているからである。

たとえば、あまりにも大きすぎて一人では抱えきれないと思っていた悩みが、取るに足らないちっぽけな悩みであったことに気づき、 ほんのささやかな小さな幸せが、何物にも代えがたい本当の幸せであったと気づけるということ。

それはじつは先の能力ととても近いところにあるのだ。


…というのは今ふと思いついたのであるが、そういうわけで私は人に読書を勧めていたのである。

なるほど。

posted by RYO at 19:10| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月02日

秋の捻れと綱引き相撲

ここ数週間、学校の武道クラスがある月曜日が休日続きなので、昨日は久しぶりの授業だった。

とはいえ昨日も「都民の日」だったので都立の学校はすべてお休みのはずで、来週の休み(体育の日)も含めると、 ほとんどまるまる一ヶ月間月曜日がお休みということになってしまうのだけれど、他の公立学校はその調整をどうしているのだろうか。

う〜む。

まぁ、私の心配する筋合いの話ではないけれど。


しかし私の武道の授業はいつも「どんぐり体操」だとか「ソフトクリーム」だとか、ワケの分からない体操をやらせる上に、「ささら」だとか 「でんでん太鼓」だとかいった玩具を持ち込んでは、「いいかい。これを目指すんだ。」と、なおもワケの分からないことばかり言っているので、 受けている子どもたちもタイヘンだろうなぁ、と思う。

ヘンな先生についちゃったねぇ、キミたち。

ごめんね。

けれども、保護者の方々には「うちの子は武道のクラスを楽しみにしているんですよ。」と、 もちろん半分お世辞も入っているであろうけれども、そんなことを言っていただけているので、 ワケが分からないなりにも子どもたちには愉しんでもらえているようである。

うむ。ナイスだぞ。キミたち。

先生もキミたちと会える武道のクラスが楽しみだよ。


今回の授業は、前回に引き続きロープを持ち込んで、授業の後半20分ほど使って「綱引き相撲」を行なう。

「綱引き相撲」というのは、二人が向かい合ってロープの端っこをそれぞれ手に持ち、 引っ張ったり離したりして相手の体勢を崩しあい足が動いたら負け、という単純なゲームなのだけれど、このゲームで勝つためには「足腰の粘り」 と「相手との駆け引き」が必要とされるので、子どもたちのからだ作りと勝負センスを磨くには最適である。

さっそく子どもたちにロープを渡すと大はしゃぎで我先にと奪い取り、ワイワイギャーギャーと勝負し始める。

力で強引に引っ張ろうとする者、タイミングよく離そうとする者、こまめに引く者、一気に引く者、 それぞれが自分なりの知恵を絞って相手を何とか崩そうとするさまに、ホントに個性が出ていて面白い。


整体では、秋というのは「からだが捻れる季節」と言われている。

たとえば、新聞紙をただ丸めただけのものよりも、ギュッと捻って丸めたほうがその強さが増すように、 普段の自分の実力以上に頑張ろうとするとき、人はからだを無意識にギュッと捻る。

秋は「冷え」という別の理由からからだが捻れるのだけれど、こころとからだはその影響が密接に関わりあっているので、 からだが捻れたことから逆に、その頑張りのエネルギーを発散させるべくその目標を見つけようとする現象が起きる。

だから人はからだが捻れると、ちょっとしたことでムキになって剛情になったり闘争的になったりして、 つい人と喧嘩になってしまいやすくなるのだ。

この季節、それをうまく発散してやることが余計な諍いを避けるためにも大切なことであり、私がここ最近子どもたちに「綱引き相撲」 をやらせているのも、その発散のためでもある。

「勝った負けた」とワイワイやることが、もっともその発散になるのだ。


そうしてしばらく子ども同士で好きにやらせた後、「先生に挑戦コーナー」というのを設けて、私と挑戦したい子どもたちと片っ端から相手する。

先ほども書いたように、「ちょっと頑張らないと届かない目標」をやや挑発的にポンッと目の前に差し出すと、 この時期は俄然やる気を出すし、それがまたちょうどからだの変化に適っているのだ。

で、もう子どもたちはやる気満々なもんだから、「先生に挑戦コーナー」を設けるや否や、「ボクやる!」「あたしも!」 とわーっと一斉に大挙を成して挑戦しに来て、「門前市をなす」とはこのことかという勢いである。

正直、「おいおい…」と思わないでもないが、挑戦は丸ごと全部受けて立つのが師の務め。

多少手加減しつつも次々スッ転ばしてゆく。

(ちなみに基本的にみんな自爆である。私の邪悪さを知れ(笑)。)


前回やった際に、「次回の授業でもまたやるからどうやったら勝てるか必勝法をいろいろ考えておきな。」と挑発しておいたので、 冷えてからだの捻れた子どもたちは「何おう!」とここ三週間の休みの間、私にメラメラと闘争心を燃やしていたはずである。

今回いざ勝負をしてみると、たしかに子どもたちはいろいろ考えたのか、その勝負強さが劇的にレベルアップしており、 前回に比べ格段に苦戦した。

むむむ。成長したなおぬしたち。ワシは嬉しいぞ。

そうして子どもたちにとって「倒すべき相手」として、私をその欲望の対象に据えておくことで、 学校や家庭での秋の余計ないざこざを最小限にしようというのが、その指導の狙いなのであるが、 それによってどれだけ彼らの平穏な生活に貢献できていたのかは、誰にも判別しようが無い。

でもまぁそんなことはどうでもよい。

ただ、闘争心に満ちた小学生から高校生まで、おそらく延べ60人以上を一気に相手にしたので、私の手の薄皮がむけた、 ということだけが目に見える結果である。

でもまぁそんなこともどうでもよい。

posted by RYO at 21:56| Comment(8) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする