2006年10月30日

カオスに舞う胡蝶

「バタフライ効果」と呼ばれる現象がある。

バタフライ・ エフェクト』というそのままのタイトルの映画が2年くらい前に上映されていたので、 どこかでその名前を聞いたことがある方も多いと思う。

「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」という表現でよく語られる現象である。

これは、地球の気象のような、あまりにも多くのファクター(因子)が介在するシステムにおいて見られる現象で、 このようなインプット(入力)とアウトプット(出力)の関係が、単純な比例関係になく、 線形方程式では表わせないようなシステムをカオス(混沌)と呼ぶ。

このことは自然界の現象にとどまらず、経済の市場動向や株価の変動といった人間の活動においても見られる現象であり、 今さかんに研究が進んでいる分野でもある。


あるシステムを構成する因子が両手で数えられる程度の数であれば、その組み合わせもたかが知れたもので、 そこにはランダムさの入る余地はほとんど無く、起こりうる事態は単純な計算と思考で導き出すことができる。

けれども、その因子(自由度)が100、1000、10000とどんどん増えていったときには、 その増えた因子そのものの振舞いの複雑さもさることながら、増えた因子の組み合わせの数は級数的に増加し、 その複雑さたるや空想することすら困難な状態になる。

そのような状態になったときには、単純な状態では無視できるくらい小さかった初期のズレやノイズ、ランダムさが、 計算結果に大きな影響を及ぼすようになり、線形方程式が成り立たないカオスの世界へと突入する。


私たちはふだん何気なく、立ったり、歩いたり、料理をしたり、仕事をしたりして、日常生活を営んでいるが、 それらのことがどれだけ複雑な事態の上に成り立っているか、考えたことがあるだろうか。

私たちのからだは、ロボットと違って「やわらかい」。

「やわらかい」ということは、それだけからだが自由に柔軟に変化するということであるけれども、それはつまり、 私たちがからだを動かすときにとり得る行為可能性が、ものすごい数の組み合わせを有しているということに他ならない。

私たちが現実に何か行動しているということは、 毎回その無限に近い選択肢の中からたった一つの組み合わせを抽出しているということであるが、先ほどの話を考えてみれば、 ある行動を取ったときに、「あらかじめ計画を立て、その通りに選択した行為の結果」という語り口で説明することは果たして可能なのだろうか? という疑問がわく。

果たして「意図(入力)」と「行為(出力)」は、そんなに単純な線で結ぶことができるのだろうか?


義手のロボット化などを研究している研究者によれば、ロボット化においてもっとも難しいのは、「水道の蛇口から出る水をコップに入れる」 というような操作であるらしい。

「コップに水を入れる」なんて、私たちがふだん何気なくやっている行為であるが、実際にどういう現象が起きているかというと、 徐々に水がたまり重くなってゆくコップを絶妙な加減で持ち上げながら、握る強さも割れない程度に徐々に強くしていって空中で静止させ続ける、 という芸当を私たちはやってのけているのである。

ほかにも「生タマゴの殻をボウルの縁で割って、中身をボウルに入れる」という作業など、ロボットには劇的な困難さを要求する。

何しろそれは、タマゴの殻にヒビが入るほどには強く、けれども破壊するほどには強くない、 絶妙な加減でタマゴをボウルにぶつけたいのだけれど、その加減をタマゴを割らずに探る(割ってからでは遅い)、 というもう尋常でない複雑な芸当なのである。


そのように複雑な人間の運動というものを、非線形という複雑系科学が登場する以前の生理学モデルでは、単純な知覚があり、単純な動作がある、 というまさに線形的な思考で、なんとか説明しようと努力を積み重ねてきた。

そのときに、どうもそれらの考え方ではうまく説明できないのではないか、という疑問を抱いていたのがロシアの運動生理学者ニコライ・ ベルンシュタインである。

彼は、今から半世紀以上も前、パブロフの反射理論が主流だった時代に、「運動制御の本質は自由度問題である」と主張して、 手を動かすという単純な行為でさえ50以上の筋肉と18の関節が介在する運動に、単純な「知覚―運動反射モデル」 を導入することの疑問を投げかけた。

彼の提起した「仮定された中枢的な制御によらない運動の説明はできるのか?」という問題は、彼の名前をとって「ベルンシュタイン問題」 と呼ばれ、現在ではどの運動研究でも必ず言及されるくらいのテーマとなっている。

ベルンシュタイン自身はその問題の解決に向けてのアイデアを、いくつか遺稿に遺していて、 それをアフォーダンス研究で有名な佐々木先生が著書で紹介している。


『一つは、「運動」を、身体という境界を越えて、 運動が行われている環境にあることにまで拡げ、そこにあることと一体の「大きなシステム」と見なすことである。たとえば、 スキージャンパーが空中でしている、全身のかすかな動きは、変化し続けている風向きや風の速度変化と接続している。ジャンパーの 「空中姿勢」という運動は風や重力と一体にしか記述できない。

 運動を環境と一つのものととらえる考え方は、運動に起こる障害のリハビリテーションの現場にも浸透している。 たとえば持続して一定の歩行をすることに障害が現れるパーキンソン病のリハビリに、路面に一定の幅の縞模様を描いておいてその上を歩く、 という方法がある。われわれの歩行リズムが、部分的にではあれ、路面にある見えのリズムに同調していることを利用する治療法である。

 ベルンシュタインの提案した第二の解法は、運動に起こる変化、つまりその発達が、 運動を構成している、より「小規模の運動」間の関係によって生じてくるとする考え方である。

 この発想をこれもパーキンソン病のリハビリに応用した試みがすでにある。ゆっくり歩くことから、 速く歩くリズムへとうまく移行できない患者の両脚の交替運動を改善するために、二脚の運動に、両腕の交替運動を「付加する」。 つまり通常の歩行において加速という変化を可能にしている下位運動の一つである、両腕のリズミックな交替運動を、 全身の動きのシステムに「投入」する。大きな協調システム(この場合、高速の歩行)を可能にしている下位運動を身体に観察し、抽出し、 それを大きなシステムに「投げ入れる」ことで、うまく動けていない運動全体を変化させるという方法である。』
(@『知覚はおわらない』佐々木正人、青土社、2000、p256−257)


床に描いた格子模様によって歩けなかった患者が歩き出すという驚くべき出来事(逆説的歩行)は、ロバート・デ・ニーロとロビン・ウィリアムスという実力派二人が好演した映画『レナードの朝』の中で、感動的なシーンとして描かれているが(イイ映画。オススメです!)、 床の模様という視覚的なリズム情報によって、足のリズム運動がサポートされるという、 見事なまでに繊細な協調作用をもつからだには改めて驚かされるばかりである。

しかも、それが実際の臨床のリハビリに生かされているのだから、また素晴らしい。


第二の解法として紹介されている「小規模の運動をより大きなシステムに投げ入れる」ということもそうだが、ここに描かれていることはともに、 「複雑な身体のシステムを、もっと複雑なシステムに組み込む」ということである。

ふつう、複雑な難問を解決しようと思ったら、できる限り単純に簡単にして捉えやすくしようと、誰もが考えると思う。

けれども、ベルンシュタインは全く正反対の解法を提示する。

「もっと大きくて複雑なシステムに組み込め!」と。


「そんなことしたら、ますます複雑になってワケ分からなくなるじゃないか!」

と、誰もが考えると思う。

私も思う。

けれども現実のリハビリにおいて、それによって運動の巧みさが取り戻せるということもまた事実である。

そして興味深いことに、「より複雑にしたらうまく協調しはじめる」という、このなんだかとっても分かりづらい現象は、近年、 複雑系科学の研究が進む中で、似たような現象が見られはじめたのである。


『ロジスティック・マップは構造不安定性を持っており、 パラメター(原文ママ)を無限の精度で設定しない限り、運動を制御することができない。ところが、そのロジスティック・ マップを多数連結したシステムでは、パラメターの組合せを決めると、ある種の運動のありかたを安定的に取り出すことが可能となる。 つまり、構造不安定な素子を結合したシステムに、構造安定性が見られるのである。

 あるいはまた、ある種のカオスにノイズを加えることで、秩序を創り出すことができるという観察が知られている。「ノイズがある」 ということは、カオスになんらかの「外部」が接続されている、ということであり、カオス単独の場合よりシステムは複雑になっている。 ところが、カオス単独の場合よりも、「カオス+外部」というより複雑な場合の方により高い秩序性が見られるのである。』
(@『複雑さを生きる』安富歩、岩波書店、2006、p121−122)


なんと、最近の研究では、複雑な系どうしを連結したり、複雑な系をそれだけで閉じずに外部とつなぐ、 という一見さらなる混乱を引き起こしそうなことをすると、 逆にある種の秩序が浮かび上がってくるという現象があることが分かってきたのである。

う〜む…そうであるか。

ここに何か、複雑なものを複雑なままに取り扱うためのヒントがありそうな気がするのは、私だけではあるまい。


「私たちが運動する」という複雑な事態は、複雑なからだに複雑な環境を組み込んで、それこそものすごい自由度(因子)の集合現象として、 引き起こされている。

私が講座で「からだを動かす」ことを指導する中で、「そのような複雑な事態に、私はどう関わっていけばいいのか?」 ということに悩んだとしても、ここまで読んでいただけたみなさんには共感していただけると思う。

「いったい目の前に起きているこの複雑な事態に、どう声をかけ、どう手を出せばいいのか?」

そのことの解決は容易ではない。

けれども、その解決に向けてのアイデアもまた、ベルンシュタインは私に与えてくれている。

「もっと大きくて複雑なシステムに組み込め!」と。


そうなのだ。

「あなた」という複雑な事態に私ができることは、もっと複雑なシステムの中に「あなた」を置くことなのである。

「あなた」という複雑な事態を「閉じた系」からまず「開かれた系」へと導き、それを「私」という複雑な系と結び付けてみたり、 あるいは「場」というより大きな複雑なシステムに組み込んで、上位の協調作用の中に巻き込んでいくこと。

私は、そのための触媒であればいいのだ。

私も、私の言葉も、私の所作も、そんなことは別にどうでも良い(は言い過ぎか…)。

みなさんが、みなさんを含めたより複雑なシステムを瞬時にパッと立ち上げ、さらにそこへスッと入り込める、 そんな技法を身に付けていただけさえすれば、構わないのである。

私の語る言葉や触れる手は、そのきっかけである。


『人間は、実行不可能と思われるような複雑な操作を実現するために、 自らのシステムの中の複雑さを利用する、という手法を用いているのではなかろうか。 対象とすべきシステム(投手の場合はボールの流体力学的複雑さ)を制御するためには、 身体の非常に多くの部分を参加させて複雑なシステムを用意し、これを対象システムに接合し、複雑さをさらに高くすることで、 そこの安定的なダイナミクスを創り出していると私は解釈する。このとき、 強い非線型性の作動を前提として成り立つ操作性を実現することが可能となる。とはいえこのやわらかな制御は、 線型的なシステムを操作するのとは全く違う話である。

 コーチの単純なコマンドは、 このような操作可能な部分をとりだすことで可能となっていると予想される。 システム(ボール+選手)の持つ複雑さとさらにそれに働きかけるコーチの判断・思考回路という複雑さを接合し、 そこでさらに高次の操作可能性をつくり出すことで「指導」という現象が可能となり、それを単純なコマンドで操作している、 ということになろう。それはコーチと選手が双方向にコミュニケートするなかで、ひとつの複雑なシステムが構築され、 そのなかでコーチングという現象が立ち現れるような力学が構成されることで実現される。 選手とコーチのコミュニケーションの構成するコンテキストのなかで、単純なコマンドが意味を持つ形でたち現れることで、 操作可能性が見えるのである。

 ベイトソンのイルカの訓練を思い出していただきたい。 飼育係とイルカの信頼関係を前提として、上位のコンテキストに到達することで、イルカは新しい動きを獲得した。 それと同じ結びつきが選手とコーチの間に形成されたときにのみ、指導は可能となる。
問題は、このようなコーチングの手法が非線型性と自由度の高い複雑なシステムを、やわらかな制御によって実現していることを忘れ、 線型システムを操作しているかのように認識してしまったときに生じる。』
(@『複雑さを生きる』安富歩、岩波書店、2006、p124−125)


う〜む。

指導する者として、最後の文章は、とくに肝に銘じておかなければなるまい。

精進、精進。

posted by RYO at 22:22| Comment(16) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月27日

フォビアという摩擦

「あたりまえ」を疑う社会学』(好井裕明、光文社新書、2006)という新書の中に、「障害者フォビア」 について書かれている箇所がある。

「フォビア」とは日本語では恐怖とか恐怖症とか訳される言葉で、「障害者フォビア」というのは、障害者を嫌ったり、 嫌がったりする行為、あるいは広くはそういう嫌悪感そのものを指す。

(こちらのサイトを見ると、とんでもない量の恐怖症(フォビア)分類にビックリです。)

障害者を排除すべきでない、障害者が暮らしやすい街づくりをするべきだ、と言う人々が、 自分の町内に障害者の作業所建設の話が起こると、一転して反対にまわったりする現象が現実の社会で見られる中、いったい障害者を嫌がる 「フォビア」とは何なんだろうか、ということを、著者の好井さんはご自身の体験から考え直している。


好井さんが銭湯に行ったときのこと。

好井さんが目をつむりながら湯ぶねに気持ちよく浸かっていて、ふとつむっていた目を開けると、目の前の湯ぶねのふちに5,6歳の少年が立っていた。

「あぁ、かわいい子やなぁ」と思って、また目を閉じようとした瞬間、彼の極端に短い両手に気づき、ドキッとしてもう一度少年を見つめ、 すぐにまた目を閉じた。

そのときのことを、好井さんはこう語る。


『いったい、この“戸惑い”は何だろうか。 私の中に生じたドッキリという感覚は何だろうか。それは、障害者を露骨に排除したり遠ざけたりする、というものでもない。 障害者を嫌がったり、嫌ったりする情緒でもない。素っ裸の自分が、障害者を目の前にして、どのようにふるまっていいか、 ドギマギしている状態といえばいいだろうか。ドギマギしている自分の姿や心に気づき、さらに戸惑っている感覚だろうか。 少年と自分との距離をどのように“適切に”とればいいのか、即座にはわからない、そんな戸惑いだろうか。

チラッと見て、あぁ腕に障害がある子なんやなぁ、と見てとった後は、 まるっきり他の人に対してと同様に無視すればいいのかもしれない。でも「無視する」とは、ただ相手を見なかったり、 相手に関心を向けない、ということではない。「無視する」とは、いま私が相手を“適切に”無視していることを、さまざまな「方法」 を用いながら具体的に示すことなのだ。こうしたふるまいはとても微細で、普段、そんなことをしているなんて、気づくことはまずない。 でも私たちは、微細なふるまいをさまざまな場面で他者とともに“適切に”実践することで、日常的な自然さをつくりつつあるのだ。

他者と出会い、他者とともに日常的な自然さをつくりあげる知識。これは、 「人々の社会学」の重要な部分を構成する。とすれば、少年を見た瞬間に生じた私の感覚は、 少年という他者とともに銭湯という空間を共有するうえでの実践的な処方が、私の中に欠落していたこと、 あるいはその適切な在庫がなかったことに、私自身気がついたドッキリではなかっただろうか。私は、このように“お風呂でドッキリ” した自分の姿に驚いたのだ。

それなりに障害者問題を勉強、研究し、実践してきたつもりだったが、それでもなお 「普通」に呪縛されている自分の姿を突きつけられて驚いたのである。銭湯の日常を、障害者とともに過ごす「方法」「人々の社会学」 を持ち合わせていなかった私の姿。障害者と出会えない自分の姿それ自体をじっくりと反芻しないで、「普通はこんなことないよなぁ」 などと、その場で納得してしまうとすれば、それは「普通」に絡めとられてしまったことになる。』
(同著、p227−229)


好井さんは、いわゆる「普通」と「普通でないもの」のはざまで、自分がそこに何を感じているのか、何に戸惑っているのか、 冷静に見つめなおしている。

「普通」という言葉を改めて考えてみると、それを説明するのはなかなか難しいことではあるけれど、あえて言い換えてみるならば 「違和感が無く、それを意識する必要が無いこと」と言えるだろう。

「意識する必要が無い」ということは、つまり私たちがすでに、それに対する処し方、作法を身に付けており、 無意識に対応することができるということだ。


国によっても多少は異なるだろうが、都市社会の生活において、「普通の人」に対しては「適切に無視する」のが、 取るべき作法として社会的に認知されていると言っていいと思う。

その「社会生活の作法」を、身体レベルで学習してきた私たちは、それこそ何気なく「他人を無視する」作法を実践して日々を過ごしている。

そのときに、「適切に無視する」のが、相手にとっても「成員として取るべきマナー」として認知されている、という思い込みが無ければ、 そのような振る舞いをすばやく選択することはできない。

つまり、相手がだいたい私と同じような教育を受け、同じような言葉を話し、同じように考え、同じような価値観を持ち、 同じように振舞うメンバーであろう、という前提があって、はじめて成り立つことなのである。

そのようなメンバーに対しては、自分が良しとする価値観をもって振舞えば、 おおよそ相手にとってもそれで良しと受け取られると思われるので、 ディスコミュニケーションの可能性について毎回それほど考慮しなくてもよい、平たく言えば、 そういう人にはあまり気を使わなくてもよいということになる。

正しい言葉の意味としてはともかく、個々人の日常の感覚的な表現としては、「普通の人(違和感のない人)」とは、自分と価値観、文化、 共同体を同じくする共同体メンバーのことである、と言ってもいいと思う。


あまり意識されることはないが、私たちはふだんの生活から「私は共同体の一員ですよ。」というアピールを、 周囲に対して絶えず全身で発している。

それは多く「目立たないよう周囲に溶け込む」というネガティブな形でのアピールであるけれども、なぜなら、 そのようなメタメッセージをつねに発していなければ、周囲の人間に共同体の一員であることを承認してもらえないからである。

それは、アリの集団が、それぞれの集団ごとに異なるフェロモンを放ち、 その匂いで同じ巣のメンバーであるかどうか確認しているのにも似ている。

私たちだって場合によっては、適切な「匂い」を発することができなかったおかげで、 周囲の人間から攻撃を加えられる(さまざまな形で)、ということもありえないことではない。

人間の場合は、まぁたしかにフェロモンのような分泌物質もあるかもしれないが、もっと非物質的な「空気(雰囲気)」のようなもの、 所作や言葉や服装や髪型や、ありとあらゆる小さなメッセージの集合体として立ち昇る、「身にまとう空気」として感知される。

場所に応じて、適切な「匂い」を発することができない人間は、周囲に「違和感」を生じさせ、「自分とは違うヤツ」として 「共同体メンバーの承認」を受けることができずに、「遠い間合い」をおかれることになる。


では具体的に、どのようなものが私たちに「匂い」として「空気」として感知されているのか、と言われると、 それはあまりにも複雑にいろんな要因が絡みすぎて、一つに絞り込むことはとうてい不可能なことである。

ありとあらゆる「小さな振舞い」と、その「組み合わせ」が、微細なメッセージとして感知され、 それを受け取る相手の心情に影響を及ぼすのだ。

私たちのありとあらゆる「小さな振舞い」が、相手に対する影響を及ぼす集団社会の中で、ユニークな特徴を持つ人々、 マイノリティーとされるさまざまな人々は、その存在そのものが、 集団生活を営む多くの人々にとっては強烈なメッセージとして受け取られてしまう、という事実は、これは止むを得ないことであると思う。

ユニークな在り方は、それと触れる機会の少ない多くの人間にとっては、どうしても意識せざるを得ない。

そして、それに対してどのように振舞えばいいのか、多くの人の中にはそのストックフレーズがないので、「どう振舞うのが適切なのか?」 ということを、私たちはそのつど考えざるを得ないのである。

その意識をせざるを得ない「違和感」「ぎこちなさ」を、人によっては「不快感」と感じ、その解消の手立てを、 そのまま目の前の相手に向けることもあるだろう。

その「違和感」「ぎこちなさ」に踏み止まって、それと向き合うことのできない人は、それを相手にそのまま返し、投影し、外在化して、 それに対して解消しようという行動を取る。

「フォビア」の問題、「差別」の問題というのは、倫理の問題ではあるが、理性の問題であるとは限らない。

むしろもっと身体的な感覚のともなう、深く暗く古く広い問題であろう。


たびたびインドの話ですまないが、ふと思い出したことがある。

私が昔インドで乗り合いジープに乗っていたとき、ある村で乗り込んできた老婆が痛そうに腕を抱えていたことがあった。

おそらく骨折していたのだろう。

インドの悪路にジープが揺れるたびに、となりでうめき声をあげる老婆にいても立ってもいられず、次の村でしばらく止まっている間に、 持っていた新聞紙と布をギプス代わりにして応急処置を施した。

彼女もそれで少し楽になったようで、私は感謝をされ、「いやいや別に…」みたいな感じで答えた。

それだけなら美談で済むだろうけれども、そのあいだ私の胸中はまったく穏やかではなかった。

その後、その老婆がジープを降りるまで、私がその老婆に対して感じていた感情は、まさに「嫌悪感」であった。

それは、「なんでオレの前で苦しむんだ? 苦しむならオレのいないところで苦しんでくれ。」という 「苦しんでいる人が目の前にいて自分が苦しい」ことからくる、なかば倒錯した思いであった。

応急処置によって彼女が楽になったことは、さほど私の慰めにはならなかった。

むしろ、それくらいしかできない自分の無力さにさらに苛立ち、それを突きつける彼女に対して、よりいっそう「嫌悪感」 が増したくらいである。

そもそも私が応急処置をしようと思ったのも、彼女に対する「嫌悪感」からだったからかもしれない。

「オレにできることなら何でもしてやるから、オレの前で苦しまんでくれ。」という思い。

何の関係もないと言ってもいいはずなのに、「責任」を感じ「罪悪感」を感じてしまうということ。

昔の個人的な経験ではあるが、「フォビア」の根底にあるものと、何か共通するものがあるように思えて、ついふと思い出してしまった。


閑話休題。

ともかく、そのような「違和感」「ぎこちなさ」は、好井さんが感じ、戸惑ったように、私の中にもあるし、 多くの人々の中に存在するものである。

生まれたときからそのようなユニークな人々と接する機会の多かった人間ならば、ほとんど違和感を感じることはないのかもしれないが、 多くの人はそのような人々とそれほど親しく接する機会があるわけではない。

彼らの存在そのものの発している(と感じてしまう)メッセージに、どう解釈し、どう振舞えばいいのか、 私たちはみな一瞬とまどってしまうのであり、そこに「普通に振舞う」ことができないという「摩擦」がどうしても生まれてしまうのだ。


私自身、現在、精神障害をもつ人々と接する機会をもち、彼らと一緒にご飯を作って一緒に食べたりする中で、ほとんど「普通に」接するようになってきた。

むしろ、そのようなユニークな人々の集まりの中にいると、私自身も同じユニークさをもって立ち現れてくるし、講師として関わっている以上、私のほうがよっぽどユニークな存在であるかもしれない。

「おかしいよ〜先生。」と、私よりよっぽどユニークであると思っていた人から、私のユニークさを指摘され、「そ、そうなのか…。」と気づかされることもしばしばである。

作業所などに行って、いつも感じるのがその大らかさと暖かさであり、そのファミリアな雰囲気である。

とにかくみんな人に優しく、お互い気を遣う人たちなのだ。

それは「ユニークでいいんだよ。」とお互いのユニークさを尊重する、「ユニークさの生態系」ゆえの許容性の深さであるのかもしれない。


『私は、障害者フォビアに直接因果関係がある感情などない、と考えている。 フォビアの直前に存在するもの。それは、日常のさまざまな場面で、他者として障害者と出会える実践的な処方を、 体系的にもちあわせていない私たちの姿であり、障害者とともに“適切な”関係をつくりあげるうえで、 生きた想像力を十分に発揮できていない姿なのだ。』
(同著、p229)


このことは「障害者フォビア」に限らず、さまざまなモノや出来事との出会いに関しても共通して言える、 とても重要なことを表わしていると思う。

好井さんの言う『生きた想像力』をぜひ、磨いていきたいものである。

posted by RYO at 20:20| Comment(8) | TrackBack(1) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月24日

じゃなくって。

前回、 『「モノ」を並べることで、そこに共通する「働き」を、見る者の心象に浮かび上がらせる』ということを書いたが、考えてみれば、 人間が言葉の意味を獲得するということも、似たような「働き」によって行なわれている。

たとえば「犬」という言葉によって表わされるものを、みなさんほとんどの人がよくご存知のことと思う。

世界にはさまざまな種類の「犬」がいて、小さなものから大きなものまで、顔も姿もまったく違って、 とても同じ種族とは思えないほどバラエティーに富んでいるが、それでも私たちの多くは、それが「犬」であるかそうでないかは、 パッと見ただけでだいたい判別できる自信があると思う。

私たちはいったい、何を見分けてそれが「犬」であるのか「犬」でないのか、判断しているのだろう?

みなさんもその返答はいくつか思い浮かぶかもしれないが、おそらく誰もが納得できる答えを、 パッと答えることのできる人はいないと思う。

なぜなら結論から言ってしまうと、私たちはみんな「犬とは何か」、言葉にして言うことができないのである。

私の愛する「新解さん」 に尋ねてみると、「犬」とはこうある。


【犬】大昔から人間に飼育されてきた家畜。従順なので家、ヒツジなどの番をしたり、 嗅覚が鋭いので狩猟・犯人の捜査に協力したり目や耳の不自由な人を導いたりする。


これを読んで、「なるほど。それこそまさに犬だ。」と納得される方がいったいどれほどいるだろう。

だって上の文章は、犬と人の歴史をざっくり解説しているにすぎないのであって、目の前の存在が「犬」 であるかどうかの判断材料としては、ほとんど役に立たない。

だがしかし、その「納得できない」という事実が、私たちがすでに「犬」 というものを上の説明以上に知っているということの表れでもある。

私たちはいったい何をもって「犬」を「犬」と見ているのだろう。


たとえば、子どもがどのようにして「犬」という言葉を覚えていくのか、その学習の様子を考えてみよう。

あるときお母さんが、ある動物を指差して、子どもに「ほら。ワンちゃん(犬)よ。」と教えてあげたとする。

後日、子どもが、目の前にいる動物を「あのときの動物だ。」と思って、指差して「ワンちゃん?」とお母さんに聞く。

すると、お母さんは「あれはワンちゃんじゃなくってネコちゃん。」と答える。

子どもはそのとき、若干の混乱とともに「ワンちゃん」みたいだけど「ワンちゃん」じゃない「ネコちゃん」という、 謎の前に立ち尽くすことになる。

そうして謎の前に立たされた子どもは、機会あるごとに出会う動物を指差して「ワンちゃん?」と母親に確認するだろう。

そのたびにお母さんは「そう。ワンちゃん。」と答えるかもしれないし、「あれはネコちゃん。」とか、「あれはウサギさん。」 とか答えるかもしれない。

子どもは、そのような過程を繰り返す中で、「ワンちゃん」と「ワンちゃんでないモノ」の違いをじょじょに理解し始め、 やがてかなり正確に「ワンちゃん」とそれ以外を判別することができるようになる。

この学びの過程から分かることは、「ワンちゃん」はそれだけでは「ワンちゃん」たりえない、ということである。

「ワンちゃん」とは、多くの「ワンちゃんでないモノ」との差異の上に、浮かび上がってくるものなのである。

だから母親は子どもに、「ワンちゃんとはこういうものよ。」とポジティブな形で教えるのではなく、「ワンちゃんではないネコちゃん」 や「ワンちゃんではないウサギさん」というものを介して、ネガティブな形で「○○でないワンちゃん」を教えていくのである。


そもそも『これぞ「ワンちゃん」!』と言えるような「The ワンちゃん」は、この世には存在しない。

たとえばチワワを見たときに、それが「ワンちゃん」だと教えられた子どもは、別の機会にセントバーナードと会った時に、「ほら、 ワンちゃんだよ。」と言われたら、おそらくその子は「違う!ワンちゃんじゃない!」と言い張ることだろう。

同じ立場なら私だって、「この大人はボクを騙そうとしている。」と疑うと思う。

けれどもその子どもも、チワワであったり、セントバーナードであったり、ゴールデンレトリバーであったり、あるいはダックスフントや、 柴犬や、ボクサーや、ブルドックや、テリアや、プードルや、さまざまな「ワンちゃん」たちを見ていくことによって、そこに共通する 「ワンちゃん性」とでもいうのだろうか、どうも「ワンちゃん」とはこういうものらしい、ということにじょじょに気づいてゆくことになる。

「なるほど。あのオッチャンは「ワンちゃん」という言葉で、そういうことが言いたかったのか。」と(笑)。


先に述べた「○○でないワンちゃん」を繰り返して浮かび上がる意味も、今の「多様なワンちゃん」を繰り返して浮かび上がる意味も、 基本的には同じことである。

私たちが「新しい意味を獲得する」という事態は、「違いの中に浮かぶ共通項」という積み重ねの上に成り立つものなのである。


だから学習とは、「今までと違う何か」というものを認知するところから開始されるのであって、「それ知ってる。それって要はこういうことでしょ。」とすべて既知に還元されてしまう方は、 新しい世界へと踏み出すチャンスを自ら放棄してしまうことになるので、たいへんもったいないことである。

つねに「これは私の知っているものとは違うものであるかもしれない」という新解釈の可能性に対して、「開かれた構え」でいることは、 自分が成長してゆくためにはとても大切なことである。


と、いうわけなので、たとえば講座中に、私に「これって、要は○○ってことですか?」と訊かれたとしても、私は指導者として「違います。」 と答えざるをえないので、基本的にそういう質問の仕方はあまり望む答えが返ってくることは少ないであろう、ということを、 あらかじめ申し上げておきたいと思う。

それは何も、私がそういう質問にムカッとして意地悪をしているのではなく(笑)、 みなさんの新しい世界へと続く扉を閉ざしてしまわないように、みなさんのより一層の成長を心から願ってのことであるので、 どうかご理解いただきたい。

ただ、尋ね方をいろいろ工夫して質問なさると、うっかり私が「しまった」と思うような答えをこぼしてしまうかもしれないので、 その辺は私とみなさんの真剣勝負ということで、いざ尋常に(笑)。

posted by RYO at 21:30| Comment(8) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月22日

ヤジロベエの魔法

代々木公園を散歩していたらドングリがいっぱい落ちていた。

「カワイイなぁ。」と思って拾い始めたら止まらなくなって、どんどん拾っているうちに「そうだ、今度講座に来る子どもたちにあげよう。 」と思いつき、さらにどんどん拾っていく。

するとさらに「そうだ。ドングリ独楽とかヤジロベエを作ろう!」と思いつき、ますますどんどん拾っていって、結局コンビニのビニール袋にどっさり収穫。

後日、子育てママさんたちの講座の時に、ワサワサと言わせながらドングリを持っていき、錐で穴をあけて楊枝を刺したり、 竹串を指したりして、独楽とヤジロベエをいくつも作る。

やがてやってきた子どもたちの前で、テーブルの上でドングリ独楽を回してあげると声を上げて大興奮。

ヤジロベエの絶妙なバランス運動も、目をみはって見つめている。

こういう素朴なオモチャは、自然の働きがそのまま現れていて、もっとも根本的でシンプルで、自然の法則を学ぶにはもってこいである。


そうして子どもたちと遊んでいたら、「これは子どもに遊ばせているだけではもったいない。大人たちも学ぶものが多い。」と思い立ち、 結局そのあとのママさんたちの講座の中でもヤジロベエを見せながら、「この不安定さの中に揺らぎ続けるバランス状態というのが、理想的なからだの状態なんです」というお話をする。

そして、それだけでは収まらず、夜の講座でもヤジロベエを持ち出してはそれを見つめながら惚れ惚れと語り、 さらに次の日の朝日カルチャーセンターの講座でもヤジロベエを持ち出して、「美しいですよねぇ。」とみなさんの前で見惚れていた。

惚れたら一途(笑)。


生命にとって理想の状態とは、決して「どっしり安定した何があっても揺るがない」状態なのではなく、 小さな環境の変化にも反応し馴染んでゆく、「不安定の中で揺らぎ続けるバランス」状態なのであって、 チョンと触るとその力を受けながらゆらゆら揺れて、再びバランスを取り戻そうとするヤジロベエは、 まさにそのことを目に見える形で教えてくれる。

ヤジロベエを指先に乗せてあっちこっちに動かしても全然倒れない様子や、3つくらい縦に重ねて一番下をチョンと押して、 それぞれがそれぞれバランスをとりながら見事に立ち続ける様子を見てもらい、その精妙さ、不思議さ、美しさにみんなで感心しながら、 気がつけば「こんなからだを目指しましょうね。」と繰り返し告げていた。


私がいつも講座でみなさんにお伝えしたいと思っていることは、つねに言葉にできないことばかりで、 講座ではそれを言葉で語らなければならないというジレンマに、もだえ、あがき、ためらってばかりいて、だったらいっそのこと、 もう言葉なんて捨ててしまおうかといつも思ってしまうくらいである。

けれども、もちろんそんなことはできるわけもないので、イヤ、できるかもしれないけれど、もしそうしたならば、 誰も私の講座など参加しなくなるであろうことは火を見るより明らかであって、やっぱり私には実力的にも経済的にもできない(笑)。


昔から私は、『「場」の助けを借りて講座を行う』という感覚を、とても大切なものだと思って、できる限りそのように講座の場をしつらえてきたが、 ここ最近はとみにそれを感じており、講座をもっと「モノの助け」を借りながら作り上げていこうと考えて、いろんなところを散歩しながら、私の助けになってくれるようなモノたちを探している。

それはドングリのように自然の中からいただけるものであったり、古いお店の棚に並ぶ、古来から伝わる素朴な玩具たちの中にあったり、 あるいは新しいモノの中にも稀にある。


「モノの本質を理解し、その本質を引き出して、モノの助けを借りる」というのは、古くから語られてきた「魔法の本質」であり、 「魔女の教え」 であると私は思っているのだが、それは何も神秘的なことだったり、怪しげなことだったりするわけではない。

よくある、呪文を唱えるとホウキが部屋を掃除し始めたり、イスがゴトゴトと人のそばまでやってきたりするというのは、 あくまでそれを戯画化した描写であって、実際にまさか呪文を唱えたくらいでホウキやらイスやらが勝手に動いたりするわけはない(…と思う、 いちおう)。

実際はそうではなく、モノが人に従うというよりもむしろ、まず人がモノに従ってゆくのであって、そのモノの「本質」「働き」に、 こちらが添うことによって、それがそもそもそうなるように仕向けることによって、モノと人との間に見事な協調作用が生まれ、 それをはたから見たときに、まるでモノがその人と一体となって、意のままに操られているかのように見えるだけなのである(…と思う、 いちおう)。

卓越した職人やスポーツ選手の技巧に惚れ惚れとし、まるで魔法のように思えて仕方がないというような経験は、みなさんもたびたび経験することではなかろうか。


モノたちは、なんらかの「働き」によって結合し、具現化し、この地球上に存在している。

それらは物質として存在している以上、地球上の物理法則に従うものである。

私たちのからだも物質として存在している以上、物理法則に従うものであって、そこにモノたちと、私たちのからだに共通して現象する 「働き」を見つけることができる。

モノたちの振舞いに現れるある「働き」は、私たちのからだにおいても現れる「働き」であって、 それを目の前にいくつも並べて見せることによって、見る者の心象にその「働き」のイメージがおぼろげながら浮かび上がってくる。

「モノ」を並べることで、そこに共通する「働き」を、見る者の心象に浮かび上がらせるのである。

「たとえばコレとか、コレとか、コレとか、コレとか…」と、とにかくいろいろ提示することで、「ああ、なるほど。そういうことね。 それが言いたいのね。」と相手に分かっていただく。

そういうカタチで伝達することによって、言葉にならないものを、言葉にしないままで伝えていこうと、 言葉のもどかしさにアワアワして仕方のない私は、最近強く思うのである。


私たちのからだに通じる「モノ」の働きに学ぶということ。

それがあまりにリアルに私たちの肉体を連想させるようなモノではなく、受け手それぞれが各々の空想によって自らのからだと結び付けられるような、適度にからだと距離のあるような、「遊び」、「間」のあるモノ。

その「遊び」をいかにしてつなげるかという創造性が、受け手の個性の発揮されるところであって、自主的学びの秘訣であり、 単なる模倣に終わらない秘訣であるのだけれど、指導する側としては、その「遊び」の塩梅がなかなかムツカシイところであり、 またオモシロイところでもある。

受け手の連想力に合わせたギリギリのところまで「遊び」をとって、その人独特の遊び方(偏向具合)を誘発し、愉しみながら、 そこからこちらも学ぶという「学びの相互作用」。

そんなモノたちの助けを借りながら、モノに習い、モノに従い、 いろんな気づきをみなさんと共有していきたいと思う今日この頃なのである。

posted by RYO at 18:52| Comment(14) | TrackBack(1) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月18日

陽だまりと住まいの気象学

陽だまりが心地よい季節になってきた。

公園に行くと、芝生に寝転がって気持ち良さそうに日向ぼっこをしている人も多い。

考えてみると「陽だまり」という言葉も不思議なもので、漢字で書けば「陽が溜まる」と書くけれども、 当たり前だけれど陽は溜まるものでない。

陽が差しているだけではそれは日なたというのであって、陽だまりという以上、何かが溜まっているのだけれど、それは何かと言われれば、 それはやはり熱であり、空気だろう。


私はふだんから、いろんなものを観察するのがまるで癖のようになっているのだけれど、とくに昔からさまざまなものの「流れ」 を観るのが好きである。

川の流れ、雲の流れ、風の流れ、人の流れ、言葉の流れ。

アリの行列、大樹の枝振り、吹きつける嵐、燃える炎、打ち寄せる波、達人の書。

ここ半年くらい、公園を散歩しているときに私がいつもやっていることは、「空気の流れ」を読むということである。

公園内の見晴らしのいいところに立ち、公園全体をどこに焦点を置くでもなく、ぼんやり眺めていると、なんと言うか、 その場の配置というかデザインというか、そういうものが見えてくる。

具体的にいえば、樹や丘や水や道や広場や建物の場所やその位置関係といったようなことである。

そうしてずっと見ていると、日なたや日陰のグラデーションが浮かび上がってくるので、どこに熱気があり、 どこに冷気があるのかが分かってくる。

するとさらに、そこから空気の流れも浮かび上がってくるので、熱気と冷気の位置関係、そしてそこに置かれたモノたちの配置と隙間から、 風の通り道がなんとなく見えてくる。

樹々が茂っている場所ならば、風に揺れる梢の様子や音で、さらに眼に耳に感じられて分かりやすい。


そうして、「空気の流れのマッピング」ができてくると、陽が差し、なおかつあまり風の通り抜けないところ、つまり陽だまりというものが、 どのあたりにあるのか分かってくる。

そういうところは、行けばすぐ分かるのだけれど、今みたいに季節が寒くなってくると、 たいてい何人もの人が寝転がって日向ぼっこをしている。

それ以外の場所では風があって肌寒さを感じたとしても、そういう場所に行くと、おもむろに風がやみ、 凪が訪れて日差しの温かさが全身に満ち渡るのである。

そういう場所は、周りの樹々や建物が風を迂回させていたり、窪んだ地形が空気のたまりを作っていたりするのだ。

そういう場に立つと、

「ああ、陽だまりってこういう場所のことを言うんだな。」

ということを身をもって感じる。


おそらくはるか上空からこの公園を長い月日にわたって眺め続けていたら、冬には人が集まり、夏には誰も近寄らない不思議なスポットが、 人の動線から浮かび上がってくることだろう。

公園のエコロジー。

ネコが家の中の暖かい場所や涼しい場所を見つけてそこでくつろぐように、 とくにその公園をねぐらにしているようなバガボンドな人たちは、経験からそういう場所を知っているのだろう。


そういえば昔、自転車で日本縦断をしているときに、尼崎付近の河原の橋の下で野宿をしたときのこと、 そこにはすでに何人かの定住者がいたのだけれど、私が彼らの近くに適当にテントを立てていたら、一人の住人がやってきて、「兄ちゃん、 そこは眠れないで。こっちのほうにせい。」と親切に教えてくれたことがあった。

そのときは、その言葉の意味がよく分からなかったけれど、今になって思い起こしてみれば、 それは彼らの長い(かどうかは分からないけど)生活経験から、学んだ知恵だったのだろう。

ひょっとしたらそのおじさんも昔、そこで寝ようとして眠れずに、もんもんとした夜を送ったことがあるのかもしれない。

今となってはそれがどんな理由からなのか知るすべもないけれど、もし知らずにそこにテントを立てていたら、 おそらくやっぱり寝苦しくて眠れなかったことだろうと思う。


たとえばそれは、「部屋の空気の流れ」というミクロな気象においても同じことで、今の建築が住まいの空気の流れを、 どこまで考えて作られているのか私はよく知らないけれど、一度自分の住まいの気象をきちんと考えてみることは、健康という面から見ても、 とても大切なことだと思う。

私は風水に詳しくはないが、そういう空気の流れという点から見ても、住まいにおける火の位置、水の位置、穴の位置、道の位置、 仕切りの位置などはとても重要なことである。

あちこちの窓を開けてみたり、扉を開けてみたり、家具を置いてみたり、その組み合わせ次第で、空気の流れは劇的に変わる。

家具の位置を変えても、カーテンをつけてみても、照明を置いてみても、当然、空気の流れは大きく変わる。


たとえば風は、基本的に冷たいところから暖かいところへと流れ込むので、風を呼びこみたいところに火や照明といった熱源を置くことは良い。

宗教的な儀礼などで必ず火を焚く霊的なスポットというものが土地にあったり、 お灸を据えるスポットというものが人間のからだにあったり、そういう「あるスポットに流れを呼びこみ昇華させる」働きかけをしたいときに、 人類が「火」や「熱」を用いてきたということは、興味深いことである。

まぁ、その話は続けるとややこしい方向に向かってしまいそうなので、それは置いといて、ともかく自分の住まいに、 空気のすみやかな流れをデザインするということは良いことだし、そのために今すぐできることは、けっこう多い。

「バタフライ効果(⇒Wiki)」 のように、ちょっとしたことで場の心地よさは大きく変わるものである。


そういえば昔(ってそんな話ばっか)、インドを旅していたときに、宿の自分のベッドの横の壁に「ケルマー」 というカンボジアのスカーフ布をガムテープでペタペタと貼り付けていたら、一緒に旅していた仲間に「何やってんの?それ」 と質問されたことがあって、「こうすると涼しいんだ。」と答えたら、「え〜、なんで?」と訊かれたことがあった。

たしかに「スカーフ布を壁に貼り付ける」ことと、「ベッドが涼しい」ことの間には、一見何の関係もない。

イタズラ心の湧いた私は「さ〜て、どうしてでしょう?」と絶対教えなかったが、 じつはただ単に天井の扇風機の風が床から壁に当たって上に抜けるのを、スカーフで「流れ」を変えていただけであった。

その関連が分からないまま行為だけを見ている人間は、よそに行って同じように壁にスカーフを張り付けて 「こうすると涼しくなるんだって。」とか言って、まるでおまじないのように繰り返すことになるが、世の中、そういうことはけっこう多い。


話はまたまたずれてしまったが、ともかく暮らしにそういう感覚を取り入れるということ。

部屋のあちこちに立って風を肌で感じてみて確認してもいいし、たとえば線香に一本、火をつけ、 それを持って部屋のあちこちに立ってみれば、その煙の動きから空気の流れを眼で見て確かめることもできる。

そうしていろいろ試してみて、暮らしの場を「流れの良い場にデザインする」ことは、とても大切なことだし、 そうすることによって心地のよい暮らしを作り上げていくことができる。

空気の流れ、熱の流れ、人の流れ、暮らしの流れ。

「住まいの気象学」という感覚を、暮らしの中に取り入れてみると、またオモシロイと思う。

posted by RYO at 21:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月15日

コト的世界と複素数的世界

朝日カルチャーセンターのサロンルームに行ったら、Mさんとばったり出会った。

「あれ? Mさん、講座を受けてたんですか?」

「いや、ちょっとチラシをもらいに…」

Mさんは数学科の修士号を持ち、数式を見るのが三度の飯を食うより好き(ってほどでもないか…)という人で、 某有名サイエンスライターT氏のお手伝いなどもしている方である。

お茶を飲みながら、私の講座が始まったことなどいろいろ話していたら、なぜか「たましいってあると思う?」という話になる。

「た、たましいですか?」

「それは『ある』という言葉の定義がはっきりしないと何とも言えませんねぇ。」などと答えると、そのまま話は「ある」 とはどういうことかという話に発展し、目の前のコップを指差しながら、このコップは何をもって「ある」と言うのか、 という実在論の話になってゆく。


私が最近抱いている素朴な思いでは、そもそも「ある」という語り口は、 どこかで時間を区切った無時間モデル的言語表現であって(量子の不確定性(⇒Wiki)につながるか? )、たましいが「ある」とか「ない」とかいう表現そのものが、どこかピントがずれた表現であるように思えてならない。

「こころ」とか「たましい」とか、空間的な広がりを持つというより、どちらかというと時間的な在り方をするもの、つまり「モノ」 的性格というより、「コト」的性格を持つものは、それに即した言葉ですくい上げ、表現するほうが良いように思うのだ。

ことに最近の私には、この世に存在するあらゆるものが、揺らぎながら立ち現れている現象のように感じられて仕方がないので、 私自身の世界を表現する語り口が、「モノ」的言語から、「コト」的言語へと移行しつつあって、 さまざまな表現そのものに違和感を感じ始めているということも大きいかもしれない。


言葉がネットワーク構造を備えているということは、最近のネットワーク科学の研究によって明らかにされてきたことであるが、 ある文章において、さまざまな単語とつながり(リンク)を持つハブ的性格を持った単語(キーワード)の存在が、 その文脈の方向付けに対して決定的な力を持っていることは確かである。

しかし、たとえば最近話題の「ロングテールの法則(⇒Wiki)」 のように、相手に聴く体勢ができている場合(オンライン)には、 さほど重要でない些細な単語の積み重ねもその文脈のニュアンスに大きな影響を与える、ということもまた確かである。

ひとつひとつの「小さな力」というものは、一匹のアリやハチ、あるいは一滴の水や、 最弱の力を持つとされる重力子(グラビトン)のようなものであるが、それが積み重ねられ、束ねられたときには、周囲に多大な影響を及ぼす 「強大な力」となるように、積み重ねられた「小さな言葉」は、文脈に対して複素的で複雑な「強大な力」を及ぼす。(たとえば言い回し、間、 肌理、あるいはノイズのような耳に聴こえない繊細なモノなど)


「単語」という「モノ」的性格を持つものをどんどん並べていって、複雑にさまざまな「単語」同士を組み合わせつなげていくと、 そこに浮かび上がってくるものが「文脈(物語)」という「コト」的性格をもつものである、ということの意味は大きい。

「こころ」や「たましい」という「コト」的性格をもつものを、「一つの単語」という「モノ」的表現で定義することは、 捉えるべき軸が違う以上、どこかでその要素の大部分が零れ落ちてゆく。

それよりもむしろ、同軸上にある「コト」的表現と言える「文脈(物語)」で表わすことによってこそ、 その意味をきちんとすくい上げることができるのではないだろうか。

だから私は、「こころ」や「たましい」や「愛」や「いのち」や、あるいはそれらに類するものを語るには、「詩」や「歌」や「物語」 をもって語るしかないと思うのだ。


最近、私が抱く妄想があるのだが、どんなものかというと、将来の科学論文はいずれ「詩」や「歌」や「物語」になってゆくのではなかろうか、 なんていう荒唐無稽なものである。

お前は世界をかつての無知蒙昧な神話の世界へ逆戻りさせるつもりか、と言われてしまうかもしれないが、そんなことは重々承知であって、 「もし現代人のように個に目覚めた人類がそんな世界をもったのなら、いったいどんな世界になるのかな?」というあくまで妄想の話である。

まぁもちろんそれは極端な例だけれども、それらは徐々に近づいてゆく、と私はけっこう本気で思っている。


それはともかく、話し込むうちに「ある」論はいつのまにか「意識はどこに生まれるか」という話に突入し、「意識は間に生まれる」 という私の持論を展開すれば、Mさんも「面白いな。それ。」と乗ってくれた。

そうしたらMさんが、「実はオレも考えていて…」と前振りをした後、「複素数的世界」について語ってくれて、これが何とも面白い。

(ちなみに複素数とは実数と虚数の交じり合った数のことである。実数と虚数については…自分で調べてください。)

Mさんによると、実数では繰り返し微分し続けることができない数があるのに対し、 複素数の世界ではどんな数でも微分し続けることができたり、実数だけを使っていては解けない数式も、一度複素数の世界を通り抜けることで、 ふたたび実数の世界へ帰ってきて解を出せる、ということがあったりするらしい。

そしてなにより複素数の世界の方が、実数の世界より明らかに数学的に美しいというのだ。

ほぉ、そうであったのか。

「アイ(i:虚数を表わす記号)ってやっぱり虚しいんだ〜」とか言って、高校時代はふざけていたけれど、実ははるかに美しかったのね。

そしてなんと、Mさんいわく、実数の世界はこの世界で、複素数の世界はあちらの世界ではなかろうか、という。

おお!それはなんと!

数学の世界からそのような視点でもって世界を切り取るとは、さすが数学者。

「すると、量子の重ね合わせ状態なんてのは複素数の世界?」

「…かもしれない。」

「じゃあ、波動関数が収縮することで複素数の世界から実数の世界に戻ってくる?」

「…だと思う。」

おお!なるほど。それはすごい。シュレーディンガー!(意味不明)

かの有名なあのネコは、あちらの世界の住人だったのか!

…って話について来れない方も大勢いらっしゃるかもしれないが、とにかくオモシロイ話なのである。

まだまだいろいろしゃべりたいことは山ほどあるけれども、これについてしゃべりはじめると話が止まらなくなるので、 てゆうかマニアックになってゆくので、機会があればまたいつか。

(お、久しぶりだな。この終わり方。)

posted by RYO at 21:28| Comment(10) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

極楽温泉極太叉焼

9日、月曜日、合宿最終日。

和歌山在住のT先生に、合宿前から「酒蔵を改装して作ったすっごいいい感じの温泉があるんだよ〜。いいよ〜。サイコーだよ〜。 どうだいRYOく〜ん。」と耐えがたい誘惑をされていた私は、否も応もなく、「それはぜひ行きます〜。行かせてください〜。」と懇願して、 合宿後のスペシャルオプションツアーが企画された。

合宿参加者からも同志を募って、T先生と私、そして大阪のKさんの3人で、「蔵乃湯温泉・ 山盛りステーキチャーシューラーメンツアー隊」を結成。

合宿が終わった後、参加者みんなで奥の院へ行こうというのに、強行軍の私たちは「では私たちはここで!」とあっさり別れを告げ、 T先生の運転で一路、温泉を目指す。

和歌山の、谷戸の広がる古き良き田園風景を眺めながら、温泉目指してドライブを楽しんでいたら、前に奇妙な格好をした歩行者を発見。

「ん?」と思ってよく見てみると、背中のザックにぶら下げたダンボールに「のせて下さい」 と書かれている。

ヒッチハイカーか。珍しい。

「お、どうします?止まります?」と私が聞くが早いか、T先生はウィンカーを出し路肩に止まる。

「おお〜、マジですか?ありがとうございます。」と、喜び勇んで小走りに駆けてきた彼は、徒歩で熊野古道、高野山とめぐり、 和歌山をぐるりと回って、さらには徒歩とヒッチハイクで日本一周(IMEによると「日本一蹴(笑)」)をしようという旅の若者であった。

かつて徒歩で日本縦断をしたT先生と、同じく自転車で日本縦断した私は、すぐさま彼に同志としての親近感を抱き、 「これから酒蔵改造して作った温泉に行くんだけど。」と誘うと、「おお、それはぜひ。」ということで、急遽ツアーが同行四人の旅となる。

いや、彼にはすでにお大師さまが同行しているので同行五人か。

旅は道連れ、世はご縁。


そんな珍事件もありながらも、予定通りに酒蔵温泉「蔵乃湯」に到着。


到着した「蔵乃湯」は、まるで敷地全体が屋台村のようになっていて、屋台あり、お食事あり、地酒あり、地ビールありのお祭り状態。

しかも、置いてあるベンチやら桶やらがぜんぶ酒蔵で使っていた物の再利用、あるいは蔵の物にちなんで作られたものばかりで、 蔵の面影がそこかしこに散りばめられていい感じ。

「いいなぁ。いいなぁ。」

と感嘆のため息をついてばかりの私に、T先生も得意な様子。

売店に入ると、氷の入った桶に無造作に「試飲どうぞ」と書かれた日本酒が置かれている。

「い、いいんですか?勝手に飲んじゃって?」

とお店に人の聞くと、「どうぞどうぞ。」と超オープン。

その心意気にますます感動しながら、「寿」の迎酒をお猪口いっぱいに入れてクイッとあおる。

旨い。寝不足二日酔いのからだに沁みる。


一日300円の食費で細々と旅をしているという旅人Nさんには、「私がお接待させていただきます。」と合掌し、 入湯チケットを購入お渡しして、暖簾をくぐって中へ入る。

私もかつて旅先では数え切れないほどの方々の恩義に預かった。今度は「私の番」 なのだ。

こうしてまた、脈々と受け継がれていくコトがある。


中に入ると天井はまったく酒蔵そのままで、ホントに蔵の中に温泉があるという感じ。

かけ湯はかつて米を蒸していたであろう巨大な釜に流れ込み、手桶もまたおそらく蔵のもの。

明かり取りの窓から日差しが差し込み、それが湯面に反射して、蔵の壁に輝く光の水面が揺れる。

粋な演出。粋な意気。惚れる。

しかもこの温泉、自称「日本で四番目の泉質」ということで、何を比べているのかよく分からないけれど、何かがすごいらしい。

十分に温泉を堪能した後、表に出て、地ビール「軍艦ビール」をあおる。

グビグビ、プハー!

なんか飲んでばっかりだ。


さ〜て、それではいよいよ、ツアーの第二の目玉、「山盛りステーキチャーシュー和歌山ラーメン」を食す旅である。

そのラーメンは何かというと、T先生がかつてたまたま入ったラーメン屋で出会って驚嘆し、 多くの人をさんざんその凄さを説明してから連れていきながら、実際、現物を見るたびすべての人が絶句する、という伝説のラーメンなのである。

旅人のNさんも「ぜひ」ということで、そのまま一緒にさらに和歌山市へと旅を続ける。

国道を走っていると、不思議で見事な夕焼けが向かう先に。


不思議な雲に、不思議な光。

映っていないけれど、太陽の遠く両脇にプリズムで七色に輝く小さな雲がある。

虹とは逆に内側が赤く、外が青い。人間の瞳の虹彩と一緒だ。

巨大に輝くアマテラスの瞳。

「これは凄い。きっとお大師さまが見送ってくれているのだ。」と綺麗な物語にまとめて、みんなで「うむうむ。」とうなづきあう。


1時間ばかり走って、ようやく目的のラーメン屋「まる高」に到着。

中に入ってテーブルに着くと、T先生がさっそく「ラーメン4つ」と頼む。

「え?ラーメン?ただの?」と思って聞けば、それがただのラーメンだからなお凄いのだ、ということ。

たしかに入る前も店内も、山盛りチャーシューのことには一言も触れていない。

「ラーメン650円」と書かれているだけである。

「でも650円でまさかね」と思って待っていたら、テーブルの端っこに不思議なものを発見。

…寿司?

聞けば和歌山ラーメンのお店では、ごく当たり前にテーブルに並ぶラーメンの友であるらしい。

ラーメンを待つ間に食すのか、ラーメンと共に食すのか、ラーメンを食べた後に食すのか…。

これまた興味津々のB級グルメの民俗学。

いろんな文化があるものである。


しばらく世の中の情報から隔離されている間に、北朝鮮が核実験をしたとかで騒がれているテレビの番組にイマイチ実感が湧かずに、 他人事のように「へぇ〜」とか言っていると、ラーメンのご到着。

さっそく箸で、がぼっとチャーシューをつまんでみると…

ホントにまるでステーキのような肉、肉、肉。

和歌山ラーメン独特のこってりスープにからめて食べると、予想外に美味しいが、食べても食べても肉が減らないのには苦戦。

けっこう食べたつもりが、まだ半分しか減っていない。

いち早く完食した若い旅人Nさんは、空いた器をとなりのKさんの器と交換し、山盛りチャーシューを引き継いで残りも食べ始めた。

さすが一日食費300円(笑)。ご接待もしがいがあるというもの。

お店の人を見ると、さっきからチャーシューの切れ端をちょくちょくモグモグ食べている。

毎日見ててもなお食べ続けるほど、超肉食、超肉好きのお方らしい。

なるほど。そこからほとばしるのがこのラーメン。


帰り際に「凄い肉の量ですね。どれくらい入っているんですか?」とお店の人に聞くと、手を振りながら「私にもよく分からん。」と返される。

T先生の情報によると、一日100kgの肉を煮ているらしいから、半端な量ではないことだけは確か。

しかし不思議なのは、それを一切ウリにしていないことだ。

なぜこれだけのインパクトをただの「ラーメン650円」としているのか謎である。

店主にとっては「当たり前」のことであるのだろうか。

その心意気は素晴らしいけれど、むしろきちんと書いてもらったほうが親切であるような気がするのは、私だけではあるまい。

しかし、壁にかかっていた手描きのポスター「ウルトラマンマルタカ」も、 それに勝るとも劣らぬ魅惑の謎である。

なぜにウルトラマン?てゆうかそんな名前のウルトラマンいたっけ?それでもって上手だし。

しかも実はよく見てみると、ひたいに「肉」と書いてある。

…というのは嘘だけど。


その後、南海和歌山市駅まで送っていただき、Nさんの今夜の野宿と旅の無事を祈りながら別れを告げ、東京へと帰るべく一路新大阪へ。

この3日間、総睡眠時間が合わせて5時間ちょっと。

さすがにここまで来ると、猛烈な睡魔が襲う。

「イカン!家に帰るまでが合宿だ。」とつぶやきながら新幹線に乗るまではなんとか意識を保って、新幹線の中で爆睡。

怒涛の連休3日間であった。

posted by RYO at 22:05| Comment(13) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月10日

朝カルそして高野山

7日、土曜日。

高野山に向かう準備を整えて朝日カルチャーセンターへと向かう。

昨日の大風で大都市東京を覆うスモッグが吹き飛ばされた新宿の空は、まぶしいくらいの蒼い空。

エレベーターを降りると、朝カルの敏腕プロデューサー(?)、Nさんが目の前に。

「あら、RYOさん。今日はよろしくお願いいたします。」
「やや、これはこれは。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。」

とさっそくの挨拶を交わした後、まだ誰もいない教室へ行って、やや緊張しながらまずは自分のからだをほぐしてゆく。

ぼちぼち受講者の方たちも集まってきたところで時間となったので講座をはじめる。

受講生に混じってお目付け役のNさんが、私が変な事をしゃべったり、暴走したりしないように眼を光らせている。

ときどき的確な質問を発して、私の言葉の足りないところを丁寧に掬い上げてくれるので、たいへん心強い。感謝感謝。

初めての方も、けっこうからだが動く方たちばかりだったので、予想外に講座も技術的なことまで足を踏み入れることができた。

この分だと連続5回の講座のうちで、かなりツッコんでいけるような気がする。


つつがなく講座を終えたのち、Nさんに「今後ともどうぞよろしくお願いします」とご挨拶をして、高野山へと向かうべく、一路品川へ。

朝日カルチャー、高野山、と私の講座を続けて受けようというツワモノレディHさんと同行二人の電車旅。

絶好の好天でまさに旅日和。

ビールを飲みつつ駅弁などを食して、和気藹々と久々の遠出を満喫する。

新幹線、JR、南海電車、ケーブルカー、バスと乗り継ぎ乗り継ぎ、高野山は宿坊「常喜院」へと到着。

一足早く到着し、すでに講座を終えてのんびりしていたみなさんに「朝カルどうでした〜?」と声をかけられたので、「や、 おかげさまでバッチリです。」と、少々見栄を張りつつ返す。


次の日は午前中からさっそく私の担当講座。

夜にもう少し内容を煮詰めようと思っていたのだけれど、結局、夜中の2時までみなさんと般若湯を戴いて「酒行」(笑)に励んでいたら、私の結界が決壊し、睡魔に襲われ何もできなかった。

まぁいい。場任せ、出任せ、口任せ。

講座の前、ふと外を見ると澄み渡った高野山の青空が輝いている。

高野山の冷気の下、さんさんと降り注ぐ太陽の光が、もう居ても立ってもいられないほど心地よいので、始まるや否や「外に出ましょう!」とおもむろに全員庭に連れ出し、外でからだを動かして全身で高野山の冷気(霊気)を目いっぱいに浴びながらの講座開始。

当然のごとくの直感的行動。

「こういうことが大事なんです。」と言い訳しながら部屋へと戻って講座を続ける。


自然界に現れるさまざまな現象に見られる「自ずから」の法則を、プリントアウトした写真などを見せながらお話しする。

ベナード対流。砂丘の風紋。虫の複眼。蜂の巣。巻貝。孔雀。……etc.etc.

個別の自由な振るまいが、巨視的に見た時には美しいリズムを奏でているということ。

洒落で、横浜の海を見ながら腰掛けるカップルたちが見事に等間隔で並んでいる写真を見せると、 どっと笑いが出る。

「この人たち別に何にも考えていませんけど、なんとな〜くでこんなに綺麗に並んでるんです。」と言えば、

「関西で言えば賀茂川やな(笑)。」と合いの手。


ボディワークの組み合わせも、二人で組んだり、大人数で組んだりして、大きくなったり小さくなったり、 多細胞生物が波のリズムで成長してゆくイメージを、フラクタルに講座に組み込んで、潜在意識のレベルで収縮と拡散の波のリズムを、 みんなで一緒になって奏でる。

そう、講座はみんなで奏でる生命体であり、曼荼羅なのだ。

というのも、さも当然考えていたかのごとく、みなさんにはお話しするが、実はみんなその場の思いつき。

さすが高野山ならではのインスピレーション。お大師さまありがとう。

最後は全員一緒にまるで巨大な一つの生命体となって、くんずほぐれつ。

バラバラな「個」と、一体の「全」。

その二つが共存したとき、美しいリズムが浮かび上がる自然の不思議。

みなさんにはその不思議を少しでもからだを通して実感していただけたら、とは、これはいつも心に抱いているホントの気持ち。

…って別にそれ以外の言葉が嘘というわけではないけれど。


夜にはふたたび酒行があり、いろんな話で盛り上がっていたのだけれど、そのうち身体技法の伝授についての話になって、しゃべっているうちに、 気がついたら泣いていた。

泣き虫の涙腺は酔うほどに緩む。

涙が言葉をさえぎる。

身体技法の伝授ということ。

脈々と流れ続ける「師弟の伝授」に浮かぶ、原理的な孤独。

伝授という大いなる流れに身を投じるとき、人はその孤独もまた受け入れなければ、かならず間違える。

この表現は、もしかしたら他の人にはなかなか分かってもらえないかもしれない。

けれども私の中にはハッキリとある、実感。


「かけがえのなさ」とは、「孤独」の別名。

バラバラな「個」を引き受けるということ。

その上の、一体の「全」。

脈々と続く、人、から、人。

「教育」という言葉ではそのニュアンスを表わすことができない、微細な、しかし確実にある「何か」。

伝授。 伝承。


気がつけば午前4時。

6時からは勤行がある。

…合宿だなぁ。

posted by RYO at 23:21| Comment(10) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月06日

清澄白河のジョージ

今回はちょっと趣向を変えて、清澄庭園でのドラマをアテレコで。

 

 

ジョージ「アニキ!
     誰か来やしたぜ!」

アニキ 「おう。」

 

 

 

 

アニキ 「客人、
     今日はどういった…」

ジョージ「ああ? 何だテメェ?
     やんのかコラ!」

 


 


アニキ 「バカヤロウ!
     客人に喧嘩売ってんじゃ
     ねぇ。」

ジョージ「ゴボゴボ…」

 

 

 

 

アニキ 「ウチの若いもんが
     失礼いたしやした。」

ジョージ「ごめんよアニキ。
     オレぁてっきり…。」

 

 

みたいな感じでいかがでしょう?

ただの写真も妄想しだいでどんな物語にも。

出来事をつなげるのは人。生まれるのは人それぞれの物語。


ついでにオマケのエピソード。

 

 

ジョージ「アニキ…オレのことなん
     てもうすっかり呆れてる
     んでしょうね。」

アニキ 「バカだなジョージ。
     そんなワケないだろ?
     (ソッ)」

ジョージ「! アニキ…。」

 

 


サブ  「アニキ!
     オレをさし置いてジョージと
     何やってんスか!」

アニキ 「やべ!」
ジョージ「ア、アニキ!」

 

 

posted by RYO at 00:20| Comment(13) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

小津安二郎的時間

ふらっと清澄庭園に行ってきた。


この清澄庭園は、江戸の豪商、紀ノ国屋文左衛門の別邸だったものを、三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎が買い取り、造成したもので、 関東大震災のときには地域住民の避難場所としても活躍し、その翌年大正13年に東京市に寄付したものだそうである。

ちなみに東京都が指定した名勝第一号でもある。


さっそく入園料150円を払って中に入る。

入ればすぐ、キレイに刈り込まれた芝生に飛び石が並ぶ。

飛び石に沿って足を散らしてふらふらと歩けば、なるほど散歩とはこのことかと、合点。

やっぱりここでも彼岸花。


菖蒲園というのが奥にあり、そこに架かっていた橋が苔むしていい感じ。


苔むした向こうに菖蒲彼岸花。


池のふちに近づくと鯉が寄ってきて何かを訴える。


池の中島にあるベンチに腰掛け、ポカーンと池を眺めていたら、隣のベンチにおばあちゃんがちょこんと腰を下ろす。

二人でポカーンと池を眺めていたら、大きな白い鳥が一声鳴いて目の前を飛んでいった。

「あれは何という鳥かしら?白鳥かしら?」

とおばあちゃんが誰に言うともなくつぶやく。

「あれは鷺じゃないですかねぇ…」

と私もつぶやく。

「ああ鷺ですか…」

「鷺みたいでしたけどねぇ…」

そして再びポカーンと池を眺める。

ふと見れば、すぐそばの島にも何羽かとまっている。

「あら、あそこにもいるわねぇ…」

「ああ、その島にも幾羽かいますねぇ…」

…ポカーン。

時間がゆったり流れる。小津安二郎的時間。

しばらくポカーンとした後、腰を上げ、隣人に一礼してその場を後にする。

「じゃあ、すいません…」

「ええ、ごめんください…」


何が「すいません」で、何が「ごめんください」なんだか分からないけれども、そこにはなんとも言われぬ優しい時間が流れている。

しばし同じ時間を過ごした者同士の、言葉にならぬ贈り物。

posted by RYO at 02:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

スーパーサイケ人の後を追うサル

ここのところ、今度始まる朝日カルチャーセンターや高野山合宿の講座で何をしゃべろうかと考えている。

うむむむ…。

こういうのは目の前に聴き手がいないと、なかなか舌も回らないものである。

そして舌が回らないと、頭も回らない。

だからバーチャルな聴き手を召喚して、それに対して語りかけることになるのだけれど、これがなかなか厄介なのである。


私もやっぱり気持ちよくしゃべりたいものだから、任意に召喚するバーチャルな聴き手は、当然、私にとって理想の聴き手である。

彼は、「なるほど!」とか「ごもっとも!」とか「類稀なるご洞察!さすが!」とか、調子のイイことしか言わない。 (てゆうか言わせてる)

でも、それはそうだろう。

誰だってしゃべるそばから辛辣な批評など聞きたくない。

しゃべるそばから「それは主観に過ぎる」とか「さっきと言ってることが矛盾してる」とか「論拠があやふやだ」とかツッコまれては、 舌の回転も重くなるというものである。(言ってて耳が痛い言葉ばかりだ…)

そんなことは言ってる本人が一番よく分かっている。今さら言われたくはない。

分かりきっていることを、今さらのように言われると、人はホントにへこむものだ(笑)。

とにかく、そういうのは後でいいのである。後で。


バーチャルな聴き手は、とにかく私にとって気持ちのよいレスポンスのみを返すことに終始し、私を昂ぶらせ、 舌がオーバードライブするのを促す。

舌の回転が思考の回転を追い越す、その瞬間の到来を乞うのである。

するとごくまれにだがその祈りが届き…来る。その瞬間が!


キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!! (笑)。


やおら立ち上がってブツブツ言いながら部屋中をウロウロし、 冷蔵庫からビールを取り出してパソコンの前に座るが早いかパシパシとキーボードを乱れ打ち、 ビールをパキョンと開けてグビグビ飲んで気持ちを昂ぶらせながら、手が止まればふたたび立ち上がりウロウロと歩き回る。

ブツブツ、ウロウロ、パシパシ、グビグビ、ウロウロ。

手をブンブンと大仰に振り、指をワラワラと動かし、頭をゴンゴンと叩いて、突然大声を出したかと思えば、ニヤニヤとほくそ笑み、 ビールをあおっては、机を叩いたりする。

ブンブン、ワラワラ、ゴンゴン、ヤーッホ、ニヤニヤ、グビグビ、バシーン(笑)。

はたから見れば、まるでイッセー尾形の一人「稽古」のさまであろう。(見たことないけど)

いや、人がいたら「こいつヤバイよ。イッちゃってるよ。」と、後ろ指差されるような状況であるかな、むしろ。


しかしその到来は、私が普段の思考ではおそらく到達し得なかったであろう境地にまで、ドカンと跳ね上げてくれるのだ。

知的興奮のるつぼ状態にドーパミンをドバドバと噴出し、 鼻息も荒く高速回転する脳の前頭葉あたりに猛烈に血が集まって怒髪天を突き(って坊主だけど)、 高まる脳圧にギリギリと歯を食いしばりながらもどこかで悦に入っている、あやしいスーパーサイケ人の出現に、 非道フリーザもたじろごうというものである(?)。


それでも、海のように広い心をもって私を優しく見守ってくださっている皆さんの中には、「たしかにアブナイけど別にいいんじゃない? それで何が厄介なの?」と思われる奇特な方もいらっしゃるかもしれない。

問題なのは、そのレッドゾーンを振り切ったオーバードライブ状態から回転数が落ちて通常脳の状態になり、 スーパーサイケ人からサイケ人、さらにはただのサル並に戻ったときに、その書かれた言葉を見ても、なんだかよく分からない、 ということである。

読んで言いたいことは何となくは分かる。

あくまで自分が書いたものであるのだから、それはやっぱりそうだろう。

だがしかし、オーバードライブ状態のときの自分は、自分であって自分でないようなところがあって、 普段の自分とはまったく速度の違う世界の存在なのである。

そんな人間の文章は、書き散らす文章の速度が速くて、その行間がやたら広い。

この場合の「行間」とは、物理的な距離ではなくて、言葉の「意味の距離」のことである。

つまり言葉と言葉をつなぐべき数々の言葉たちが、とんでもなく端折られているのである。

一言書いている間に思考がバンバン先に進んで、次の言葉を書く頃には二手三手先の展開に進んでいるので、二の句に戻るのがもどかしい。

だからその過程は飛ばし、接続詞も飛ばし、今浮かんでいる言葉を紙(パソコン)に落としてゆく。

ゆえに言葉の行間がぴょんぴょん跳ぶことになり、しかもその言葉から言葉への跳躍がトビウオ並なので、どこから跳んできたのか、 どこへ跳んでいったのか、たいへんその接続に苦しむ言葉の羅列が続くのである。

それを他人に伝わるような文章に改めて翻訳するのは一仕事である。


それが私(サル並バージョン)には、たいへん厄介なのである。

けれども残念ながら、その言葉による接続作業は通常脳の仕事でしかない。

スーパーサイケ人にはそんな地味な単純作業など、逆立ちしても不可能なことである。

もしやらせたとしても、地味な単純作業はたちまちアーティスティックな創作活動へと変貌してしまうことになり、「イヤ、 分かったから目の前の仕事をこなしてくれ」と通常脳の私になだめられることになる。

結局、スーパーサイケ人の私がピョーン、ピョーンと跳んでいったその足跡を、地道に検証し、言葉を補い、ひとつひとつ結んでつなげて、 歩いてたどれるような道筋に整えるのは、通常脳の私の仕事なのである。

途方に暮れることだが仕方がない。

そうしなくては、講座を受けてくださる皆さんに通じる言葉にはならない。

が、多くはそれでもとてもしゃべれる内容にならずに、お蔵入りすることになる。

ふぅ…。やれやれ。

posted by RYO at 22:21| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

朝日カルチャー講座のお知らせ

2009年1−3月期の朝日カルチャーセンター講座の募集が始まりました。
前期に引き続き今期もまた「ママは子どもの整体師」と「パパも子どもの整体師」の2つの整体育児講座を行ないます。

それぞれの講座で少しずつ内容を変えてゆく予定ですが、どちらの講座も基本的に初めての方でも分かりやすいよう、初歩的なところから触れてゆきますので、単発でもお気軽にお申し込みください。
いざというときに家庭で使える整体的な応急手当をぜひ身に付けてみましょう。
お子様連れでも大歓迎ですので、どうぞみなさま奮ってご参加ください。

なお講座開催日近くなりますと、満員でお断りせざるを得ない可能性があります。受講のお申し込みはお早めになさいますようお願い申し上げます。


●『ママは子どもの整体師』

熱が出た、お腹が痛い、
ウンチが出ない、怪我をした…。
そんなとき、慌ててお医者さんにかかる前に
お母さんにできることがあります。
整体には、そんなとっさのときに役立つ
手当て法がいっぱいあるのです。
「ママの手は魔法の手だね」
と、言われるお母さんを目指して、
家庭でできる整体の応急手当を
身に付けてみましょう。
(※子どもの同伴可能です。)


●『パパも子どもの整体師』

熱が出た、お腹が痛い、
ウンチが出ない、怪我をした…。
整体には、そんなとっさのときに役立つ
手当て法がいっぱいあるのです。
家庭でできる整体の応急手当を
身に付けてみましょう。
(※子どもの同伴可能です。)



日程     ●「ママは子どもの整体師」
        2009年 1月13日(火)  14:00〜15:30  (終了)
        2009年 3月30日(月)  10:00〜11:30

        ●「パパも子どもの整体師」
        2009年 2月21日(土)  10:30〜12:00 (パパ限定)

受講料   それぞれ各講座  会員:2,730円  一般:3,360円(入会不要)
場所    新宿住友ビル4階 朝日カルチャーセンター
詳細・申し込みは朝日カルチャーセンター(こちら)から

posted by RYO at 22:01| Comment(28) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする