2006年05月30日

自己組織化する「型」

内田先生がブログの中で居合の剣の操法について書いている。

私もからだのことに興味を持つ者として大変興味深く拝読させていただき、読みながら「然り然り」とはげしく頷く。

内田先生は記事の中で、「剣が止まるのは、剣を含んだ身体全体の構造的安定性によらなければならない」という旨を述べ、さらに、 「構造的な安定というのは中枢的には統御できない。中枢が統御すると必ず局所的な筋肉の緊張が起こる。」と言う。

なるほど、私たちは手足を自由に動かすことができるが、それは多くの関節、骨、筋肉、 神経といったさまざまなものの協調によってはじめて成り立つものである。

私たちは日ごろ何の疑いも無く、自分の手足を頭で考えて動かしているつもりになっているが、「私たちの運動がある中枢的な指令により制御されている」と考えるには、 運動の制御にはあまりにも多くの要素が関わりすぎている(ベルンシュタイン問題⇒Wiki)。

いくつもの骨、数十の関節や筋肉、張りめぐらされた神経。

私たちの運動の「技巧性」は、それらひとつひとつの要素の「自由なふるまい」が協調的に働くことによってほとばしるものであって、 もしそれらの要素が中枢的な制御によって動くのであるならば、今より、はるかに高度な演算処理能力を持った脳やら、 はるかに優秀な情報伝達能力を持った神経やらが具わっていなければ、とうてい不可能な話である。

それでもなんとか、脳で制御するつもりで動かそうとすると、それぞれの要素は時間的空間的なズレを生じ、 その関係は必ずぎこちないものになる。

それこそグスタフの『ヒキガエルの呪い』のように。

(森一番の踊り手であるムカデがある日、その才能に嫉妬したヒキガエルに「いったいどのようなステップで踊っているのか、 どうか教えてください」と問われ、自分が一体どのように踊っているのか考え始めた瞬間、二度と踊れなくなってしまう、という寓話)


私たちの運動に見られる、身体各部位の「自由なふるまい」の競演による「技巧」の表出のさまは、まるでそれが「自ずと生まれた」かのように、 私の意志を超えて現出するが、それは人体が作り上げられていくときに細胞たちが見せる「自己組織化」のさまにも似ている。

私たちの身体は、細胞がDNAに付与されたごく単純な命令によって、それぞれ勝手にふるまっているうちに、 その集合体全体が自己組織化を果たし、ある種の形態を生み出していって作りあげられてゆく。

ひとつひとつの細胞は己の本性にしたがって、それぞれその場その場でちょうど良いように動いているだけであって、 それが全体的に観てみると見事なまでの人体を形成してゆくことになるのである。

「まさかそんなこと」と思わずにはいられないが、世界にあふれるさまざまな自己組織化の現象を考えたとき、たしかに「そこに中枢的な制御が働いている」と考えることの方が突拍子もないことのように思える。

水晶の結晶化や台風の形成など、そこに何らかの中枢的な制御が働いていると考えるのは確かに面白いけれども、でもそうすると、世界は「こういうカタチを作ろう」という意図を持っていることになる。

…う〜ん、このことについては、これ以上は深入りしまい。


右の写真は細胞の写真である。

それぞれの細胞がきれいにひしめき合って、隙間なく埋め尽くし、今まさに増殖せんとするさまがよく分かると思う。


……というのは嘘で、(笑)

ホントはこの写真は、薄い皿のような器に張られたオイルが底から温められることによって対流を生み出すさまを、アルミの粉を混ぜることによって可視化したものを上から覗いたところである。

(細胞の核のように見えるのが底から湧き起こってきた「上昇の流れ」で、 細胞膜のように見えるところがプレートが沈み込むように下に向かっていく「下降の流れ」である。)

このように温められた液体が自己組織化して作り出すこの「ベナード対流」は、私たちのとても身近なところにも見られる。

ベナードの味噌汁それは私たちの食卓にのぼる味噌汁である。

冷め始めた味噌汁は良く見てみると、沈殿した味噌が対流している様子が見られる。(⇒右図)

「ベナード対流」に示される細胞を空想させるこの模様は、水やオイルといった液体が対流したときに現われるほか、 冬の日本海上空の雲などにも時おり現われる形態であるが、しかしそれがさも細胞のように見える、というのはなんとも不思議なことである。

ともに自己組織化によって果たされるカタチであるわけだから、そこになんらかの共通性があっても別におかしくはないのだが、 なんともいろいろなことをインスパイアされる。

自己組織化の神秘は、それが要素に還元されないというところにある。

それはつまり、流れる川の水をコップで汲み上げて「これが川だ!」と言い張るようなもので、そのコップの中の水をいくら調べても、 川の本質を見つけることができないのに似ている。

台風を分解して水や空気を取り出してみても、器官や人体を分解して細胞を取り出してみても、それら水や細胞をいくら調べてみても、それらがいったいどのようにして台風や人体を作り上げていくのか、その仕組みは見つからない。


話がずれた。

ともかく、そのような自己組織化というものはさまざまなところに見られる現象であるのだが、 それが私と剣のあいだで果たされることが大事なことであるのだ、と内田先生はおっしゃっているのである。(…たぶん)

もしそこに相手がいれば、さらに入れ子のようにくりかえし取り込み、より大きなカタチへと自己組織化を果たしてゆくことになる。

人と人、人とモノとが出会うところで「こうしよう、ああしよう」という作為を手放してゆくと、 その出会い自らが要請するカタチへと自ずと向かうもの。

その自ずと生まれるカタチを教育的装置として利用するのが、武道やその他芸道で基本とされる「型」による稽古である。

「型」とは「型枠」と言われるように、流動的なモノを外側からせき止め、あるカタチへと成型する外枠のようなものである。

その「型」にニガリを含んだ豆乳のようなカオティックなモノをドロドロと流し込むと、 やがてそれがオイシイ豆腐へとカタチを成すように、「型」に流動的な身体(あるいは関係)をドロドロと流し込むことによって、 やがてそれがあるカタチを成してくる。

「カタチ」という言葉は「カタ」と「チ」とに分けられるが、「カタ」は「型」であり外枠のことを意味し、「チ」 というのは古語においては「霊」のことを意味する。

「血(チ)」「乳(チチ)」「力(チカラ)」など、今もその名残を残す言葉は多いが、つまり「型(カタ)」に「霊(チ)」 を流し込んでできるものを「カタチ」と呼ぶのである。

良い「型」とは、「どうやってもそういうカタチをとらざるを得ない」というような普遍性を必ず秘めているものであって、 それは丁寧に稽古するほどに身に沁みて理解されてくる。

もちろんそこに、それぞれの状況における特殊性は関わってくるが、基本的な「出会いの仕方」の構造は変わらない。

自ずと果たされるカタチにぴたりと収まる快感は、まさに「仕合わせ」と呼ぶのにふさわしい。


出会いの際に生じたカオスが自己組織化して、自ずと生じるある仕合わせなカタチ。

いったいなぜ世界はそれほどまでに協調して働くようにできているのだろう。

それは神のみそ汁。

いや、ちがった(笑)。

神のみぞ知る。

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2006年05月28日

「ナビィの恋」

ミクシィの睦念さんのコミュに『ナビィの恋』に睦念さんの版画を彫る姿が出ていると書いてあったので、「え?そんなシーンあった?」とびっくり。

『ナビィの恋』は大好きでDVDも持っているのだけれど、観たのはもうずいぶん前の話だし、 睦念さんが出ていた記憶なんてさっぱりないので、もう一度観て確認しようと思って、今日もう一度観てみた。

観ているうちに、睦念さんのことなどすっかり忘れて、あっという間に映画の世界に入り込んでしまう。

やっぱり、いいなぁ。うんうん。

もっとおっきくホントに人間って優しくて哀しくて可笑しくて仕合わせな生き物なんだなぁ、としみじみ。

でも、やっぱり睦念さんは出てこなかった(ひょっとしてガイアシンフォニーのことを言っていたのかな? ちなみに映画のチラシと、 DVDのジャケットには睦念さんの版画が使われている)。


『ナビィの恋』は、沖縄のある島を舞台にした60年越しの恋物語で、そのストーリーや登場人物の人物設定もさることながら、 監督の中江裕司さんがインタビューの中で「ミュージカルのつもりで作った」と言っているように、全編を通して唄と音楽にあふれていて、 それがまた眼にも耳にも心にも心地よい。

劇中に流れる音楽は、琉球音楽、オペラ、ケルト音楽と、国も文化も超えてチャンプルーされていて、 ケルト音楽なんていう南国の島とまったく違う風土の唄が、不思議とよく合う。

嵐を予感させる風がブーゲンビリアの花を揺らす月夜の晩、三線(沖縄の三味線)の合奏をバックに、オペラ「カルメン」 のハバネラを歌い上げるシーンなんて、その魅惑のコラボレーションが劇中の心理を描写するとともに物語のフィナーレへと盛り上げ、 私のもっとも好きなシーンでもある。
(後ろにビールののぼりがはためき、タバコの看板が揺れているのが、またサイコー。)


ちなみに私が一番好きなのは、オジィ。

旅人のフクノスケ君を、孫(奈々子)と引き合わせたときにいきなり、「奈々子が好きだって言うから連れて来た」と勝手な紹介をしたり、 そのあとフクノスケ君には「奈々子は君に気があるよ。」とまたけしかけたりして、面倒見がいいというか、面倒事が好きというか(笑)、 オジィのその行動がなんともたまらない。

ほかにも、オジィが「牛にご飯をあげてくるよ。」と言いながら牧場に行くときに、いつも三線でアメリカ国歌の「星条旗」 を演奏しながら行くのが、観るたびになんだかおかしくて笑ってしまう。

そんなオジィが、奥さんナビィに真摯に貫き通す愛の態度は、おかしみで柔らかく包まれながらも、その深さに胸を打たれてしかたがない。

奥さんが親族に責められている時に、入れ歯を外しておちゃらけて見せてかばうところとか、そのさりげなさがもうカッコいい。

DVD特典に、このオジィを演じる登川誠仁さんのインタビューがついているのだが、そのインタビューの際、 肩に小鳥を乗せて手にした三線を弾きながら朗々と唄い上げるそのさまが、まるで映画のオジィそのままのお人柄が表れているようで、さらにカッコいい。


ちなみにこの登川誠仁さん、沖縄民謡のファンの間では三線の速弾き“カチャーシー”のその速さから「沖縄のジミ・ヘンドリックス(笑)」 と称され愛されている沖縄民謡の大御所だそうで、その流派「登川流」は沖縄でも最大級のもので海外にも支部を持つほどらしい。

「沖縄県無形文化財技能保持者」にも認定されてたりして、じつはすごい人だったりする。

う〜む、ますますカッコいい…。

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2006年05月26日

薄紙を重ねるように…

辰巳先生のことを書こうと思って「知るを楽しむ」と打とうとしたら、「汁を愉しむ」と出た。

IMEの図らずも果された粋なふるまいに、思わず大笑。

「おぬしなかなかやりおるな。」


ということで、テレビ番組『知るを楽しむ』(NHK教育)のこと。

この前の水曜日でもって、辰巳芳子先生の『いのちのスープ』全四回の放送が終了(ちなみに来週の水曜日に再放送)。

辰巳先生の一言一言は、やはり臓腑に沁みる言霊のこもったものばかりで、いちいち「う〜む」と唸ってばかり。

味覚旬月』(辰巳芳子、ちくま文庫、2005)のエピソードを読んで、 ぜひ一度見てみたいと思っていた厚焼き玉子「心臓焼き」を作るところも見ることができて大変満足である。

ちなみにそのエピソードとは、こんなもの。

『数年前、この卵焼きを発表して二ヶ月ほどたった春の朝、 山形なまりの電話を受けました。私は鶴岡の在に住むと名前を告げられて「あの卵焼きをぜひ作りたく、 ついてはそれを焼く厚手鍋を見てみたいと思い、夜行でまいりました。今、バス停におります」。やがて、 玄関の上がりかまちに背も丸く手をつかれたのは、なんと八十歳前後の高齢の方でした。「突然をお許しください。 私の田舎は間もなく鉄道が廃止となり、それからではお訪ねかなうまいと思いたちました」
彼女は午前中いっぱい、鍋を見、さわり、焼き方を習い、食べ、旅の疲れも見せずいちいち納得、満足して「それでは、これにて」 と帰ってゆかれました。何かのついでなどではなく、念仏講の人たちに卵焼きを食べさせたい、それには鍋を確かめたい、 の一念だったのです。
じみな白黒写真記事の、この一点に心を集中して、老いの身を運ばれたのです。何とうらやむべき純粋で若々しい探究心でしょう。 二度とお目にかかれそうにない後ろ姿を見送りながら、自分の感応力を信じられる人の幸せをつくづく思いました。』
(『味覚旬月』辰巳芳子、ちくま文庫、2005、p247−248)


辰巳先生は現在81歳。 鎌倉の自宅に独り暮らしをしていらっしゃるらしい。

番組の中で、独り暮らしの辰巳先生が自分のために料理を作るシーンがあったけれど、その料理をする手は己のためであってもやはり、 愛する者のために作るかのように丁寧な丁寧な運びであった。

取材しているスタッフが辰巳先生に訊ねる。

「ご自分の食事を用意するのにメンドくさいなぁとか、今日はやりたくないなぁっていう日はないですか?」

その質問に辰巳先生は「そんなやりたくないっていう日もあるけど…」と、素直な気持ちを述べたあと、答える。

「人のためよりやっぱり自分がちゃんと食べないと損するじゃない?」


自分のためだけに作る料理に対して、ひたむきに丁寧でいられるというのは、思っているよりかなり難しいことであるように思う。

『張り合いをなくしがちな毎日の中で、なぜ独りになってもなお自分のために料理を作るのか』、辰巳先生は言う。

『いつかは自分のためだけに作らなければならない時が来るんですよ。そのときにね、 自分の命というものをね、どのように受け止めていたかっていうことをね、非常に、 毎日の台所仕事が問うのです。自分の命にも仕えてゆくっていうことをね、見出さないとね、 自分のために作れないんです。』

人のために忙しく生きているうちは、人は自らのことを問わないでいられる。

けれども、老いてあるいは病に臥せ、“暮らし”がまったく独りのために為されるようになったとき、 日々の暮らしが無慈悲なまでに問うてくる。

己の命を、人生を。

そのときに「日々の暮らし」、つまり、服を着替え、部屋を掃除し、食事を作り、食べること、それらすべての行為が「命への祈り」 にまで高められていることが、どれほど毅然と「日々の暮らし」自身を支えてくれることだろう。

『自分の命とたしかに呼応するものを食べた時の、「自分の命への手応え」 というんですか、これを薄紙を重ねていくようにもっている人、その人っていうのは「自分の命への手応え」というものが、 基礎にあると思うの。』

自分の命とたしかに呼応するものを食べるということ、自分の命とたしかに呼応することを為すということ、 それらを日々の暮らしの中で薄紙を重ねていくように積み重ねてゆくということだけが、自分の命へのたしかな手応えを育ててゆく。

命の実感にショートカットなどない。

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2006年05月23日

呪鎮にケロリン

渋谷の街をうろうろと足の赴くまま散歩していたら、こんな建物を発見した。

え? 銭湯? どこが? このビル?

覗いてみてもただのガレージにしか見えない。

な、なんてファンキーでアンダーグラウンドな銭湯なんだ…。

これは、東日本ミステリーハンターズギルド(たった今結成)のメンバーとしては、 ぜひとも探検してミステリーハントしてみなければなるまい!

突如として使命感(あるいは好奇心)にかられた私は、心のおもむくままにいざ進入。

ガレージのような入り口を入っていくと、まるで場末のゲームコーナーのような雰囲気でコインランドリーが並び、その左手に「…これが入り口かなぁ?」と見る者をたいそう不安にさせる小さなサッシがある。

サッシの扉をカラカラと開け、そ〜っと進入してみると、すぐ右手の番台に三十代くらいのアンちゃんが座っていたので「どうも…。」 とペコリと挨拶をする。

まさか銭湯に入るとは思っていなかったので何も持っていない。

なので番台にぶら下がってたタオルを購入、入湯料とともにお代を支払う。

しめて800円。うち入湯料は400円。

昔に比べてだいぶ値上がりしたが、それでも銭湯は軒並み潰れていっていると聞く。

私の大学時代はたしか385円とか、そんな中途半端な金額だった覚えがあるが、それでも高いので(ノリ弁が買える!)、 大学のロッカーにお風呂セットを常備して、いつも大学にあるシャワーを使っていたのを思い出す。

これがまた浴びている最中に、おもむろに熱湯になったり冷水になったりするファジーなシャワーで、 たいへんスリリングなひとときだったのが懐かしい。


それはともかく、入ってみると意外と普通の銭湯で、ただビルの一角なので天井が低いというくらいできわめてごく一般的であった。

う〜む、もうちょっとこう、壁に彫り物ほった見返り美人の劇画タッチの裸婦像が描いてあるとか、 お湯の噴出口が小便小僧になってるとか、しかもそれがニット帽かぶったヒップホッパーだったりとか、そんなアンダーグラウンドな演出を期待していたのだが…。

そこまで望むのはやはり欲張りというものか。

魅惑のケロリンワールドへGO!

ケロリングッズ(clickすると…)
ちょっぴり残念感に打ちひしがれながら風呂場の扉をカラカラと開け、ふと脇に目をやると、ケロリン桶がピラミッドになって置いてある。

おぉ、ケロリン! 未だにケロヨンとよく間違えられるケロリンじゃないか!(笑) 久しぶり。

このケロリン桶、実は「東と西でサイズが違う」ということは、あまり知られていない豆知識。


“かけ湯”を直接湯船から汲んでかける関西は「中央に湯船」、一人一人蛇口で“かけ湯”をする関東は「奥に湯船」 という設計になっているそうだが、その微妙に異なるお風呂の作法から生まれた違いだそうな。

作法が先か、設計が先か。

なかなか難しい問題だ。


そんなこんなで、からだもほこほこしたところで風呂を出る。

出口の感じがまたたまらない。


しかし、この銭湯のまわりの「場」の雰囲気、渋谷駅から歩いて5分という立地条件ながら、このダークな雰囲気はなんだろう。

散歩の続きで周囲をぐるっと歩いてみれば、サビ跡だらけの無機的な高架のコンクリート橋脚に描かれまくった落書きに、 いつまでたっても工事の始まりそうもない「○○施設建設予定地」の空き地が広がり、そこに打ち捨てられた冷蔵庫などの粗大ごみ。

自販機もすごいことになっている。

三方を東横線や幹線道路の高架に囲まれ、いかにも“流れの滞る”場所ではあるが、「犯罪機会論」的に見れば完全に「犯罪を誘発する場所」、 「犯罪のアフォーダンス」に満ちた場所である。

こんな「場」では、誰だってふと魔が差す可能性はないとは言い切れない。

取り返しのつかない悲劇が起こる前に何とかしたほうがいいんじゃないだろうか。歩いて5分のところに渋谷警察署があるというのに。

…と思ったら近くの公園は案の定、「封鎖中」。


駅前の開発をするよりも、先にこういうところを、明るく、風通しを良くして、犯罪を起こさせない「場」 作りをしていったほうがいいんじゃなかろうか、とも思うのだけれど、こういうダークな感じもけっこう好きだったりする自分もいて、 なかなか複雑なところだ。


だいたい世界各国、大都市には必ずこういう「場」ができる。

おそらく必然性のあることなんだと思う。

どこもかしこも、明るくて、正しくて、清潔で、整って…なんて都市は明らかに不自然だ。

そういう都市は、地表面下に圧縮され蓄えられた“ダークさ”が、いつか爆発的に噴出するに違いない。

こういうカオスに満ちたダークな「場」は大都市における、ホメオスタシスのバランサーとして、“道々の者”の住む河原として、 モノノケたちの棲む闇として、呪鎮の祠堂地として、必要なものなんだろう。

それはミクロなレベル(個人)からマクロなレベル(社会)まで、おそらく共通することだ。

だとしたら、この「場」の必然性、有用性をできる限り反故にしないカタチで、なおかつ犯罪などの悲劇的なことが起こらないような「場」 にしてゆくことができたら、それが一番良いことだと思う。

そのためにはいったい、どういう開発をしてゆけばいいのだろうか。

それはなかなかにして難しい問題である。

いっそのこと「養老天命反転地」 みたいの造っちゃうか。


付記:「“道々の者”と河原について」
『河原は川の水次第で変わるものだ。四季によって広さも変わるし、洪水になれば忽ちなくなってしまう。 だからこの場所には特定の持ち主がいない。渺々の奥山や「境」と同様に、これは誰の物でもない土地なのである。 つまりそこは人の世の法の及ばぬ自由の場所だった。従って極端ないい方をすれば、そこでは何をしても許されることになる。 法によって追われている者も、此処では平然と歩き廻り、生活さえすることが出来る。そういう一種の治外法権だった。
「道々の者」たちは決して犯罪者ではないが「上ナシ」を標榜し「主ヲ持タジ」と決意した人々である。具体的にいえば、 一文の税金も払わなかったし、使役に駆り出されることも、現代でいう徴兵によって兵卒にされることも固く拒み続けて来た自由人である。 天下を握り、統治しようとする為政者にとっては、犯罪者以上に怪しからぬ人種だったことになる。彼等を一所に定着させ、税金をとり、 使役・徴兵に応じさせることが、歴代の為政者の変わらぬ方針であり、それだけにかける圧力も強かったのは、当然の成り行きであろう。
その圧力をのがれられるのが、この河原という場所だったのである。』
(『捨て童子・ 松平忠輝』隆慶一郎、講談社文庫、1992)より

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2006年05月21日

アフォーダンス・ニュー論

机の上に山と積まれた、「読み終わったけどチェック箇所をまだ入力していない本」を片付けるために、 かたっぱしから本を広げてパシパシとパソコンに打ち込んでゆく。

パシパシ。

ときどきウロウロと歩き回って伸びをしたり首をぐるぐる回したりしながら、ふたたび机に向かってパシパシと打ち込む。

パシパシ。

暑い。すでに外は夏の気配。

そういえばセブンイレブンのキャンペーンでもらったアイスがあったなと思って、冷凍庫から「スーパーカップ超バニラ」を出して、 食べながらパシパシと打つ。

パクパク。アイスなんて久しぶりだ。

ふと思いたって「種類別」を見てみると「ラクトアイス」とある。

「ふふん、アイスクリームじゃないのか。」と、つぶやきながらきちんと完食。

(ちなみにアイスクリーム→アイスミルク→ラクトアイスの順で、乳固形分の含有量が減ってゆく。つまり大雑把に言えば、 その順番で牛乳以外のものが含まれていく、ということだけれど、だから何?いや別に…。)


あらかた片付いたところで首も凝ってきたし、天気もいいので外に出てみたが、なんとなく足は代々木公園へと向かい、 森のオロカモノと化して樹々に囲まれて読書。

…って結局、本を読んでいる。 Bookworm.

一気呵成にガシガシと読み込み、『クオリア入門』(茂木健一郎、ちくま学芸文庫、2006)を読了。

う〜ん、面白かった。名著。

プロセス・ アイ』(茂木健一郎、徳間書店、2006)を読んでいるときにもなんとなく感じたのだけれど、 私が茂木先生の文章を好ましく感じるのは、茂木先生が文を書きながら、そこに“もだえ”があるからなんだろうなと思った。 勝手な想像だけど。

それはつまり、言葉の奥に潜む「これが言いたい!」というパトスが伝わってくるのだけれど、その“これ” がいまだ言葉を持たないということに由来する“もだえ”のような。

それは決して茂木先生の言語運用能力によるのではなくて(素晴らしいと思います)、描き出そうとするモノの 「エントロピー(⇒Wiki)のバカでかさ」 による。

この『クオリア入門』、ご自身があとがきの中で、「本を書き始める時点と、書き終わった時点では、 意識に関する見方が全く変わっていた。この本を書くことで、私は変容し、意識に関する論考を画期的に深めることができた。」 と書いているように、文章自体が「生成しつつあるそのプロセスの描写」となっている。

だから読んでいる私が、茂木先生の思考の道程の同行として一緒に歩みを歩んでいるような、そんな気にさせる文章であった。

同行の旅が徐々に加速しながら進みはじめ、加速が高まってきたところで最後に、“私たち”が目指そうとしていた 「ある目的地」の予感を感じさせながら、その加速のまま勢いよく手を放されて、未知の土地へとポーンと放り出された、そんな印象を受けた。

「後は自分で歩いていけ〜!」みたいな(笑)。

あくまで私の印象であるけれども。

でもやっぱり小説書いているだけあってさすが文章がウマイ。

シメて終わるのと、ヒラいて終わるのでは、全然印象が違う。

ヒラいて終わる。オープンエンド(お開き)。


ところでこの本、インスパイアされた箇所は山ほどあって、どれも触れていきたいけれど、まだまだ言葉として熟すためには時が必要。

しばし時をくださいな。

でも一つだけ触れると、「アフォーダンス・ニューロン」なる存在があるということには、ちょっとびっくりした。


たとえば「掴むことができる」というアフォーダンスは、それがリンゴであろうと、手すりであろうと、人の腕であろうと、 そのモノの種類に関わらず共通するものであるのだが、脳内にはそれら「掴むことができる」 モノを見た場合にだけ発火するニューロンが存在するそうなのである。

お〜う、そうだったんですか。

脳は「掴むことができる」というずいぶんあやふやな共通項で、世界を括ることができるんですな。

でも改めて考えてみれば、やっぱりあって当然なんだろうな。

私たちが「食べ物」と一口で言っているときは、世界を「食える」か「食えない」かのアフォーダンスでばっさり分節化しているわけだし。 ちょっと違うか。


でも、アフォーダンスが難しく、またオモシロイところは、これが自己認識と密接に結びついてくるところである。

アフォーダンスとは行為、つまり自らの身体能力と不可分なものであるので、正確に言うと、それが「掴める」か「掴めない」かは、 「そのモノの大きさ、形状」だけによって決定するのではなく、「そのモノの大きさ、形状」と「自分の手の大きさ、握力、可動域」 などの「関係性」によって決まるものである。

つまり眼の前のモノが「掴める」か「掴めない」かということは、「そのモノの知覚」と「自分の身体の知覚」 とが結びついたところに現われる「メタ認知」なのである。

そしてさらに恐れず話を進めてしまうと、当然そのような知覚の繰り返しにより自己認識が進むという面が浮かんでくる。

私たちは、自分の身体能力自体が「環境との接触」によってしか生まれない、ということをあまりにも当然過ぎて忘れがちである。

走れる地面と走行能力、泳げる水と水泳能力、掴めるモノと握力。

それらの環境と能力は不可分のものであり、環境がなければその能力は、強弱はおろか存在すらも意識されないものである。

泳げるほどの水源を見たこともない人は、自らの水泳能力の「存在」にすら気づかない(「泳ぐ」って何?)。

逆に言えば私たちは「未知の環境」と接したときに、「未知の身体能力」に気づく可能性をつねに持っている。

たとえば私たちはみんな「ぱちょる」能力を秘めているかもしれないが、それがどんな能力であるのかは誰も知らない。私も知らない(笑)。

ともかく私たちはそのような、環境にキメ細かく現われる「可能」と「不可能」のグラデーションから、 自らの身体能力の程度をフィードバックされて知る。

私が「掴めるモノ」と「掴めないモノ」を多く並べてみて、初めて私は私の握力を正確に把握することができるのである。(握力を把握…。 )


そのような「アフォーダンス」という複雑な知覚と、それと関連して発火する「アフォーダンス・ニューロン」。

そこにはいったいどんな関係があり、また私たちの脳を含めた身体の中でどのような認知行動が行なわれているのだろうか。

う〜む。ますます面白くなってきた。

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2006年05月18日

サヴァンの隣でほっこりトランス

今日は横浜で精神病の人たちのボディワークの日。

終わって駅へと向かう帰り道、商店街を歩いていたら前に私のボディワークに参加してくれた人と出会う。

「あ、先生!(私のことです…ちなみに) お帰りですか?」

と声をかけてきてくれた。

「ああ! こんにちは。そうなんですよ。」

路上でチャーシューを焼いている機械に気をとられて歩いていた私は全然気がつかなかったので、ちょっとびっくり。

「私はこれから電車で横浜駅まで行くんですけど、(あなたも)横浜ですか?」
「はい。」

と答えるので一緒に電車に乗ることに。

この方、明らかにサヴァン(⇒Wiki)の気があると思うのだけれど、どんなことでも聞けばたいてい何でも答えてくれるくらいものすごい博識な方である。

電車に乗ってからだの大きい彼と並んで横に座れば、私は彼と鉄棒にキュッと挟まれ、ちっちゃくなってちょこんと座る。

電車が走り出すと彼は、電車の窓の外の風景や吊り広告を見ながら、引退した野球選手たちの今の仕事ぶりとか、横浜市の行政施設の詳しい場所とか、その博識ぶりをバンバン披露する。

「先生、あのですね、今、この電鉄では時刻φ♪★@ЮΘ……」
「あのあたり、○○区の保健所があるんですけど、タレントの北陽ΘΨψδ‡刋^……」
「あそこのスポーツ店はこのあたりでは有名で、昔JリーグがまだΦΔπ$#бж……」

私は「へぇ〜」とか「ほぉ〜」とか、「は行」の感嘆詞が口を出るばかりで、なかなか話題に加われない。

もうとにかくありとあらゆることに、あまねく知識をお持ちの方なので、その話題の飛び方もまるで義経の八艘飛びのようである。

ただ時々私も口を挟めそうな話題が出るので、そのときにすかさず加わったりもする。

「あのあたりに○○の××があるんですけど、その裏手に世織書房の…。」
「あ!世織書房は知ってますよ。社長さんに会ったことあります。」
「え?△△さん(社長の名前…たぶん)、知ってるんですか?」
「知ってるっていうか、飲み屋でお会いしただけですけどね。今すごい有名になっちゃったけど、齋藤孝さんっていう教育の先生が、 昔まだ無名の頃、論文なんかを世織書房から出してたんですよ。こんなところにあったんですねぇ。」
「へぇ〜、でも今はそれが□□に移ったんですけど、その△△さんはΩξ†買トЭ‡……」

彼の話題が次から次へと流れるように、私の話題もあっという間に流れていってしまう(泣)。

(でも聞き流しているようでいてしっかり覚えているのが、やっぱりサヴァンのような気が…。)

その後も彼の博識は止まらない。


私はこんなふうに、なんだか自分と関係ない話をシャワーのようにバーッと浴びせられると、徐々にトランス状態になってくることがよくある。

それはちょうど赤ちゃんを抱っこしているときとか、小さな子どもと遊んでいるときの感覚にも似ているのだけれど、 鼻の奥の上の方というか、頭のてっぺんとおでこの間辺りが、だんだんジンジンとしてきて気持ちよくなってきて頭がポーッとしてきて、「あ、 あの感覚だ…」と思いながら、彼の言葉が音楽のように通り抜けてゆくのを聴いている。

彼のよく分からない言葉の羅列(というのは失礼か)を浴びながら、ほとんどトランス状態になって、 口だけがときどきほとんど無意識に返事をしている。

ああ…気持ちいいなぁ。
(こんなこと書くと頭のヘンな人だと思われそうだな…。)

でも、はたから見たらヘンな光景だったろうなぁ。

バーッとしゃべり続ける人と、その隣でちっちゃくなって恍惚の表情を浮べてときどき返事をしている二人。

私だったら絶対近寄らない(笑)。


やがて、そんな珍道中もあっというまに過ぎ、電車が横浜に着くと、彼は

「じゃあ、先生、さようなら。」

とあっさり行ってしまう。

残された私は一人横浜駅で、彼のさっきまでの熱弁具合と、帰り際のあっさりさの落差におかしみを感じながら歩いていたら、 ふと気づいた。

「そうか、彼の優しさか…。」


彼は会うと必ず「あ、先生、こんにちは。」と挨拶をしてくれ、彼の知っているいろんな情報を私に教えてくれ、 ときにどこかでもらってきたフリーペーパーを私にくれたりする。

一人でいるときは、熱心に雑誌を読んでいたり、クロスワードパズルを解いていたりして、 他の人としゃべるときもその博識ぶりを発揮している(それが決して「嫌味な感じではない」ということは付け足しておく)。

正直、彼のふってくる話題にまったく知識がなく、こちらも返事に困ってしまうこともよくある。


でも今回、たまたま電車で乗り合わせた彼が、私相手にずっとしゃべり続けていたのは、彼がしゃべりたいからというよりもむしろ、 私に気を使っていろんな話題を提供してくれていたのではなかろうか、と突然思ったのである。

それと、最後にあっさり分かれることがどうつながるのか、もうすでに今の私にもよく分からないが、 とにかくそのとき私はふとそう思ったのである。

もちろん本当のところは分からない。

でも彼が、電車が横浜につくまでの間、優しさから私にいろいろ話しかけてくれた、と考えることは、決していやな事ではないし、 むしろそう考えることで今までの彼のさまざまな行動が彼の優しさの発露だったと思えることは、 なんだか私をほっこりと仕合わせな気分にしてくれる。

彼が私にしゃべり続けていたのは、彼のホスピタリティーの表れかもしれない。

そう考えてみると私もホントに仕合わせな時間を過したんだなぁと思う。

気持ちよかったし(笑)。

そんな事に気づかせてくれて、ありがとう。

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2006年05月16日

睦稔さんと時空間のパラドックス

月曜日。五月晴れの気持ち良い天気の中、京橋にある名嘉睦稔さんのギャラリー、「ボクネンズアート」 に遊びに行ってきた。

東京駅から歩いて10分。大きなビルの狭間にポツンとある「ボクネンズアート」に入ると、お香が焚かれて、ほのかにいい香り。

現在、催されている「海響展」は、人魚夜話・珊瑚花畑シリーズを中心に、海をモチーフにした作品が並んでいて、 全体的に深い青色を基調としてまるで海の中のような感じ。

午前中で人が少ないこともあり、スタッフの方がお茶を出してくれたので、ソファに座ってしばし談笑。

ガイアシンフォニー第四番」 のときに観た、睦稔さんの“彫り”のさまの神がかり具合について語り合う。

「あの彫り終わって自分の作品を見たときに『あ、こんなところに虎がいる。』とか言ってたりして…。」
「そうそう! あれがすごいですよね。もう完全に無心なんでしょうねぇ。」
「最初に湧いてきたインスピレーションが、彫っているあいだにどんどん変化していってしまわないうちに、 なんとか版木に落とし込みたい思いで一気に彫り上げてしまうそうですけど、あれでもまだもどかしくて、 もっと早く一気に彫り上げたいそうですよ。」
「ひえ〜、あれでも遅い! でもその感覚はなんとなく分かるような気がする…。」
「自宅からアトリエまでも歩いて20分くらいなんですけど、2時間たってもたどり着かなかったり…。」
「あぁ〜はいはい。道草食ってフラフラしてるんですよね(笑)。ボクもそういうところあるんで気持ちは分かります。いいですよねぇ。」

…なんて感じで、睦稔さんの人となりのお話で盛り上がる。

本物とは言わないまでも、プレアート一つくらい欲しかったけど、 それは涙を飲んでまた日を改めて買うことにして(買うことは決定している)、睦稔さんの著書と画集、 可愛らしい少年が勝ち誇った顔している「DOUDAI!」のTシャツを購入。

「また来ます〜。」と、気分良く足取りも軽く、ギャラリーを後にする。


その足で、東京駅から山手線に乗って上野へ。

上野公園を歩いていると「ロダン展」の看板が目に飛び込んできた。

「あ、ロダン展!」(驚)。

と思ったら、門が閉まっている。

「あ、月曜日!」(泣)。

いったん期待させておいて落とす、落胆のセオリー。

残念。 でもまぁ今日は別の目的で来たのだ。

上野公園をぐるっと回って不忍池など見ながら散歩したあと、そのまま芸大キャンパスへ。

さすが芸大、女子学生が絵の具で汚れたつなぎを着て歩いている。

じつは今日芸大に来たのは、茂木健一郎先生の授業(美術解剖学)を聴講するためなのである。

と言っても、今日の授業は茂木先生の畏友、竹内薫先生を招いての特別授業。

竹内先生は、今ベストセラー中の『99.9% は仮説』(竹内薫、光文社新書、2006)の著者であり、 小難しい物理学や数学の話を分かりやすく説明してくれる入門書や小説を書いていらっしゃる方である。

その説明は私のような 『数式が並ぶととたんに焦点が遠くなる「数式遠視者」』にとってもたいへん分かりやすいので、 私にとってはありがたい先生のうちの一人でもある。


きっかけは、いつものように茂木先生のブログを拝見していたら、 今回の芸大の授業の案内とともに「聴講歓迎!」と書いてあったこと。

「それはありがたい」と、私はその言葉を真に受けてのこのことやってきたのであるが、でも“モグリ” とはいえ大学の授業なんて久しぶりなので、その感覚に懐かしさを感じるとともにドキドキする。

暗い校舎に入ると、その“馴染まなさ”の違和感が私のからだを包み、「ホントにいいのかな?」とやや不安になる。

教室に行ってみると鍵が閉まっていて開いてない。 まだ早かったか…。

外階段がすぐそばにあったので、外に出て吹き抜ける風を感じながら茂木先生の『クオリア入門』(茂木健一郎、ちくま学芸文庫、2006)を読みつつ待機。

しばらくすると聴講している学生たちがぞろぞろやってくるが、みんな扉をガチャガチャやって「開いてないじゃん。」と待ちぼうけ。

そのうち茂木先生と竹内先生がともに登場。

「え? 開いてないの?」ときょとん。

どうやら前の授業の先生が、学生たちを連れて博物館に行くのに鍵を閉めて出て行ってしまったらしい。さすが芸大…ってそんなこと感心している場合じゃない。

両先生と学生と聴講生と、みんなそろって廊下で待ちぼうけ。

茂木先生と竹内先生は壁に寄りかかってざっくばらんに話している。 へぇ〜、そういう関係だったんだ(あとで聞いて知ったのだけれど、 同級生だったらしい)。

15分くらいして事務所の人がようやくマスターキーで開錠。

みんなぞろぞろと教室へ入り、全員席についたところで、いよいよ授業開始。


竹内先生の講義のお題は『時間と空間:四次元空間を思い描く方法』。

去年が国際物理年だったことから、そのロゴマーク(光円錐)についての説明に始まり、四次元空間の記述法、 時空間の記述法についてプロジェクターを使って分かりやすく説明していただく。

そして時空間の話から発展し、アインシュタインの相対性理論の話。

アリスとボブの二人がいたときに、アリスから見たときにボブの時計が遅れて見え、 ボブから見たときにアリスの時計が遅れて見えるという現象があった場合、相対性理論では「そのどちらも正しい」と言えるという事実。

一見矛盾した関係にどう整合性をつけるかという解法は、なかなかにしてトリッキーで「そんなのアリなんだ。」というのが正直な感想。

ほとんどトンチとしか思えないが、それは私の頭の固さゆえ。もっと柔らかく柔らかく…。

ところで相対性理論というものは、私たちの日常生活とは遠い理念上の話のように思われるかもしれないが、 とっても身近に存在しているものである。

たとえばカーナビなどで利用されているGPS。

地球上空を周回している衛星から電波を受けて、位置情報や時刻など最新情報をつねに更新し続ける技術であるが、 そこには相対性理論がなくてはならないものとして存在している。

地球周回上を高速で移動している衛星は、地球上にいる私たちとは違う時空間軸が適用されるので、 地球上の設定のまま何もしないでいると徐々に地球上の時空間とズレてきてしまうのである。

そこで相対論的な補正を行う必要が出てくる。

カーナビの信号を発しているGPS衛星は、高速で移動する際の「特殊相対論的効果」により地上の時計より遅く進む一方、 地上より重力場が弱いという「一般相対論的効果」により、地上の時計より早く進む。

これらの相対論的効果を補正するために、GPS衛星の時計は1日に38マイクロ秒ずつ遅く進むように調整してあり、 それによってはじめて地球上の私たちは、狂いのない時刻情報を衛星から受け取ることができるのである。

つまり、あなたの車に相対論。
あなたの携帯電話にも相対論。

天才アインシュタインの頭脳が導き出した前世紀最大の発見は今、あなたのポケットに納まっている。


それはともかく、竹内先生の授業の話であった。

時空間と相対論の話は私も興味があってしばらく勉強していたけれど、このように直接教わるとまた改めて勉強になる。 美術系の学生にも分かりやすいように丁寧に教えてくれるし。

「ふむふむ、ありがたいなぁ。」と思って、時間軸の話を聞いていたら、ハッと気がついた。

前にも書いたけれど、 私はいつも人のからだや動物のからだ、植物のカタチを観察するときに、そこにカタチとして表われている「波」や「流れ」 の様子を注意深く観察するように心がけている。

姿勢とはしぐさの繰り返しが可視化されたものである。

だからたとえば「5」という数字を見たときに、奇数であるとか素数であるとか、そういった時間軸を含まない要素だけでなく、 それが1から増えてきたものなのか10から減ってきたものなのか、あるいは10が半分になってできたものなのか、 そういうことも含めて観察しないと、有機的な、つまり「流れ」を持つモノの観察はその本質的なところがすっぽり抜け落ち、 誤謬に陥りやすい。

なぜなら理念上の「5」は「5」以外の何者でもないが、自然界に存在する「5」は必ず「ほかの数字」を経てやってきたものだからである。

今回の話を聞いていて、それってつまり「現在」に「過去」と「未来」を含めて観るという、三次元の世界に「時間軸」を含めた 「四次元的観点」ということだったのではなかろうか、と思い立ったのである。

なんてこった! そんなすごい芸当の習得を私は目指していたのか!

世に達人と呼ばれた人たちは、そのような観点を見事に使いこなしていたんだろうか…。

う〜む。それが四次元かどうかしらないけれど、私もなんとかその境地を目指そう。

精進精進。


そして授業の最後、質疑応答の時間を設けていただけたので、私の長年の疑問(ってほどでもないけど)を竹内先生にぶつけてみようと思い、 思い切って手を挙げてみた。

なんと、“もぐり”らしからぬ勇気ある態度。(身の程を知らぬ態度とも言う)

「あのぅ、くだらない質問で申し訳ないんですけど…、先ほどアリスとボブを喩えに話していらっしゃいましたよね。」
「はい。」
「二人が一緒にいるときにですね、二人の時計が同じ時を刻んでいたとします。」
「はい。」
「ある日、アリスがボブのもとから光速で逃げ出したとしますね。」
「はい。」(後ろのほうで女子学生がクスクス笑っている。)
「すると相対性理論により、ボブからアリスの時計を見たとき、アリスの時計は遅れて見えますよね。」
「はい。」
「同じようにアリスからボブの時計を見たときも、また遅れて見えますよね。」
「はい。」
「そのあとアリスが思い直して、再びボブのもとに戻ってきたとき、二人の時間の関係性はどうなるんでしょう?」
「それはですね、離れて戻ってきた方の時間が絶対的に遅れます。」
「ええっ?!」

なんと竹内先生、「絶対的」とあっさり断定。(って「相対論」じゃないの?)

話によると、アリスが離れて戻ってくるときに「Uターンする」ということがネックらしい。詳しいところまでよく分からないのだが、 「Uターン」のときに働く「加速度」という力が、二人の相対性の関係を変えてしまうそうである。

ガーン! なんと…衝撃の事実。 まさか「Uターン」が絡んでくるとは…。

けれどもその説明を聞いた瞬間、すぐさま「じゃあUターンせずに帰ったらどうなるんだ?」などという更なる疑問が頭に浮かび、瞬時に 「アリスがUターンせずに帰れる可能性」を拙脳をフル回転させ考えてみたが、「Uターンせずに帰る」という芸当はどうにも思いつかなかった、…てゆうか答えてくれてるんだから、ちゃんと人の話を聞(略)

ちなみに竹内先生によるとその問題、「双子のパラドックス(⇒Wiki)」 として有名な話だそうである。

ふ〜む、そうであったか。

つまり、同じ時を刻んでいた二人が離れ始めたときは、お互いにお互いの姿が、さも時間がゆっくり流れているかのように見えるが、 それは相対的なものであってお互い様である、と。

けれどもひとたび片方が「やっぱりあの人のもとに戻ろう」と思い直して、相手のもとへと戻ってふたたび一緒になったときには、 確実に戻った方の時間は遅れてゆっくり進んでおり、待っていた方は先に、もうすでに未来へと進んでいる、と。

ふ〜む…。なるほど〜。

私の頭の中ではまったくトンチンカンな空想をしながら、妙に納得。

「双子のパラドックス」という名前より「元サヤのパラドックス」とかいう名前のほうが、“受け”がいいんじゃなかろうか(笑)。

まぁ、物理の法則で“受け”を狙ってもしょうがないんだけど…。

と、私の長年の疑問も解けたところで大満足のうちに講義が終わる。パチパチパチ(拍手)。

竹内先生、いろんなインスピレーションをどうもありがとうございました。ぺこり。

このような場を提供してくれた茂木先生にも、もちろん感謝です。ぺこり。


そのあと芸大キャンパスを後にし、ふたたび上野公園内をてくてく歩き上野駅へと戻るが、せっかくだからそのまま御徒町まで歩くことにして、 アメ横をフラフラと物色。

ファンシーでキッチュな商品が山と積まれ、売り子の声が通りに響き、その圧倒的なパワーに目をきょろきょろさせながら練り歩く。

こういうパワーあふれる雑然さに満ちたところを歩くと、日本もアジアなんだなぁ、と実感する。

いいなぁ、こういう雰囲気。

…そういえばお腹がすいた。グゥ。

どこかおいしそうなお店でもないかなと探し、築地直送と書かれたほとんど露店のような「みなとや」というお店に入る、というか座る。

注文したのは特盛り丼。税込み700円也。

ご飯の上にのるネタは、
イクラ、サーモン、ネギトロ、中トロ、赤身、イカ。

値段の割にはいろいろのって「得盛り丼」。 素晴らしい。

のってるワサビをしょう油皿にちょんと入れ、しょう油で溶いてネタにさっと一回り。

露店で出されるこういう丼物は、椎名誠風にわしわしと食べるのが作法。

よって、箸にこんもりネタと御飯をとって口に頬張りわしわしと喰う。

わしわし。

ウマイぞ、こんにゃろ。

ペロッとたいらげセルフのお茶をすすっていると、近くの魔利支天の鐘が鳴る。ゴーン。

風情。 というより混沌。

なにしろ目の前の通りでは黒人がチラシを持ってうろうろしてる。

魔利支天は「気力・体力・財力」の守護神だという。

なるほど、アメ横のパワーは魔利支天の加護によるものか。

思えばまことに密度の濃い一日であったが、それをしめくくるにふさわしい。

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2006年05月14日

街中ただいまアート中

小田急線、向ヶ丘遊園駅周辺に異変が!

突如として商店街の店々が自己主張!


ああっ! よく見てみれば区の庁舎まで!


ということで(どういうこと?)、今日は『のぼりとまちなかアートプロジェクト』 に行ってきた。

スタッフとして関わっている知人に教えてもらって遊びに行ってみたのだけれど、このたび閉鎖されることになる 「川崎市多摩福祉館(通称たまかん)」という施設を使って、「たまかんさよならパーティ」と題して、 いろんなアーティストによるアートイベントが行なわれたのである。

ご覧の通り、先ほどの街ぐるみの「○○中」はこのイベントの主催者の趣向。

愉快愉快。 いいなぁ、こういうの。

中の展示も、解体される建物ならではのやりたい放題ではっちゃけている。

全館廊下中足あとペッタペタにしてしまったり、壁にラクガキしまくったり…、


部屋中、壁から天井から水道まで真っ白に塗りたくってみたり、砂をぶちまけて屋内砂場にしてしまったり…。


外のプールもペッタペタ。 きちんと裸足になっているのがまたイケてる。


そして、街で見かけた「○○中」をもう一つ。

葬儀屋さんの「笑顔応援中」。 ちょっと受けた。

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2006年05月13日

ミクシィはてなexplosion

録画してあった「カンブリア宮殿」(テレビ東京、 月曜夜10時)を観る。

私のテレビの観賞法は、一ヶ月分の番組表をパラパラと見ながら、ピンときたキーワードの番組を片っ端から予約しておいて、 後でじっくり観たりあるいは観ないで消したりという方法をとっている。

「カンブリアエクスプロージョンとは何だったのか?」という疑問は私の中につねにある疑問の一つなので、 はじめて番組表でその名を見て、内容もよく分からないままとりあえず予約を入れておいた。

でも実際に観てみたら、想像と違ってカンブリア紀とは全然関係なくって、 今の日本の経済を牽引する経済人たちをゲストとしてスタジオに招いて、その哲学や実践を語ってもらう番組だった。ありゃ?

でも、これはこれでとても面白かったので「セレンディップ! (予期せぬ当たり)」である。

(ちなみにカンブリアエクスプロージョン(カンブリア大爆発⇒Wiki)とは、 五億数千年前のカンブリア紀に突如として膨大な種類の生命体が爆発的に発生した現象のことを言う。 この時期にあまりにも多種多様な生命が突如として地球上に誕生したことは、生命史における最大の謎の一つでもある。「いのち」 という現象に並々ならぬ関心を抱いている私は、そこに何か「いのち」の謎を解き明かす秘密があるのではないかとアンテナびんびんである。 )


前回のゲストは総務大臣、竹中平蔵さん。そして今回のゲストは、「ミクシィ」「はてな」という現在躍進中のIT企業の代表、 笠原健治さんと近藤淳也さん、というすごい面子。

提供は日経(なるほど)。テレビ東京もなかなかいい番組を作る。旅番組ばかりじゃないんだな(笑)。素晴らしい。

司会に村上龍と小池栄子という実力派を配し、 オーディエンスも毎回(って二回しか見てないけど)ゲストの仕事に関連した人を集めており、テレビ東京、 この番組にかなり気合を入れている様子。

村上龍さんの「スコン!」としたツッコミと、小池栄子さんの共感的合いの手がテンポよく番組を進行してゆく。なかなかいいコンビ。

流れの途中でブッツリ切ってCMに行っておきながら、CM明けにはあっさり次の展開にすすんでしまっていたりして、「さ、 さっきの質問は?」なんて思わずひるんでしまったりもするが、同じシーンを繰り返し観せてばかりの最近の番組と違って、 かなり独自の路線を打ち出している。

途中で挟まれるヘンな3Dアニメもシュールでいい味出してるし、けっこう好きかも知れない。


今回のゲスト、「ミクシィ」「はてな」の両代表はともに30歳だという。なんと私と同い年!

番組中に村上龍さんも言っていたけど、彼らが「何かを売ろう」とか「いかにしてお金を稼ぐか」 ということが仕事のモチベーションとなって働いているのではなく、人々のお互いのつながりを作るための「場」を提供しようとか、 知りたいことを知りやすくするためのシステムをサービスしようという、ホスピタリティーから動いているというそのスタンスが新鮮だ。

「はてな」では、社内の会議の様子をそのままWeb上で公開し、利用者さえも参加して発言できるというどこまでも「開かれた姿勢」 で運営していたりして、企業というよりなんだかクラス委員会みたいな雰囲気だ。

「いけんのある人は手をあげて言ってください。」みたいな。

「将来、プロ野球の球団とかは買わない?」という村上龍さんのアイロニカルな質問に対して、「分からないですけどねぇ…。ハハハ。」 と笑ってさらりと受け流す態度にも好感度アップ。

おそらく今までも「同職種」という理由から(あるいはしばしば“同類”として)、幾度となく取材で意見を求められたであろう“かの人” についての話題を、「ハハハ(笑)」と笑って返せるのは、はたから思うほど軽い気持ちからではあるまい。

(「笑って返している」ということが、それが「楽天」のことを言っているわけではない、 というメタメッセージの受諾とその返事になっている。メタにメタで返す粋。)


「ミクシィ」「はてな」ともに今やその利用者は何百万人という巨大な規模でありながら、 決して中央集権的でない個人同士のダイレクトなネットワークという新しいコミュニティのあり方を具現化している。

かつてはコミュニティとはおもに「物理的な距離の近さ」から構成されていたけれど、現在は「興味の近さ」「価値観の近さ」 「世代の近さ」「職種の近さ」など、その構成要素は多種多様になってきた。

ネットは今や単なるツール(道具)ではなく、新しい神経回路のような血肉化したものとして、からだと繋がり、融け込み、 私たちと一体化し始めている。

これらの新しい形の人のつながりは、確実にこれからますます拡がっていくだろうし、 さらにはこれらのつながりがごく当然の身体感覚としてもっと深く身体化して育ってくる子どもたちが、 いったいどのような世界観をもった新世代として育ってくるのか、まったく想像がつかなくてワクワクしている。

私が耳順、従心を迎える頃には、いったいどんな世界が顕現しているのだろう。

てゆうか、その前にその歳まで生きてるだろうか…。


ちなみにこの番組、収録の様子をインターネットで配信して、それを観た人から「今夜の一言」を選んでもらっているそうだが、今回の 「今夜の一言」は『お金はご飯みたいなもので無かったら死ぬけど食べられないほどあっても仕方がない』という近藤さんの言葉だった。

セレブとか勝ち組とか格差社会とか、メディアではまこと賑やかに騒がれているけれども、 一人一人の声を拾ってみたらこんな言葉が選ばれた、という事実はたいへん興味深い。


全く正反対のことを言っていた先達は一線から消えていったけど、その後を追う人たちは私にとっても好ましい感覚の持ち主のようである。

うん、よかった。

彼らには同じ轍にはまらぬよう心から願うが、でもきっとその徴候が見え始めたときには、 利用者からの膨大な量のメッセージがその気付け薬として、彼らの元に届くことだろう。

そのフィードバックの回路はぜひぜひ閉じずに保持し続けて欲しいものである。

その開放性と恒常性が、有機集合体の活動の健全性を担保してくれる。

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2006年05月11日

小説、詩、数学、喜劇

茂木健一郎さんの『プロセス・ アイ』(茂木健一郎、徳間書店、2006)を電車の中で読み続け、電車を降りても読み続け、 大通りを渡りながら読み続ける。

今、半分くらいまで読んだ。オモシロイ。

何だか久しぶりに小説を読んだ気がするが、ふと考えてみたら『博士の愛した数式』(小川洋子、新潮社、2003)を半年くらい前に読んでいたことを思い出した。

いろいろ本は読んでいるつもりだけれど、ついつい学術書などを手にとってしまうので、なかなか小説などを読む機会が少ない。

「読みたいな」と頭では思うが、手はなかなか伸びない。

でもときどき詩はパラパラと読むか。

“まどみちお”さんなんて最高だ。


『カニ』
カニがカニッとしているのは嬉しい
カニがそれに気づいてないらしいので
なおさら しみじみと…

ああ こんな私も私っとしていることで
だれかを喜ばせているのかもしれない
私がまるで気づかないでいるとき
いっそう しみじみと…

そう思うこともできるんかなあ
と私は私を胸あつくさせた


くはぁ…もう好きすぎて諳んじて言えちゃうよ。

『リンゴ』もいいよなぁ。


『リンゴ』
リンゴを ひとつ
ここに おくと

リンゴの
この 大きさは
この リンゴだけで
いっぱいだ


ほかにも『まめ』とか『カが一ぴき』とか『バナナのじこしょうかい』とか『おならはえらい』とか…。

ああ…いい! 傑作「やぎさんゆうびん」を筆頭に、“まど”さんはもういいものばっかりだ。

う〜む、やっぱり小説とか詩とかもっと読まなくちゃなぁ。

心の栄養だ。どんどん元気にしてくれる。

そうだそうだ。

…とか言いながら、また学術書ばかりフムフムと読んでしまうんだろうなぁ。


でも自然科学者である茂木さんが小説まで書いているのはホントに素晴らしい。

ご自身がブログでおっしゃっているように、理系とか文系とかそんなふうに簡単に分けて物事を考える時代ではない、 ということをまさに実践していらっしゃる。

素晴らしい。ごもっとも。

前に理論物理学者の佐治晴夫さんの話を聞きに行った時に聞いた話なのだが、 佐治さんが数学者の藤原正彦さんと喫茶店で一緒にお茶を飲んでいるときに、沈んでゆく夕陽をともに見ながら、 「この夕陽の美しさが分かんない奴に、数学は分かんないよねぇ。」と会話を交わしたという。

なるほど。

数学は美学とも言われる。

たしかにアインシュタインが発見した「E=mc2」(エネルギーは質量と光速の二乗の積に等しい)なんて、 こんなに見事な式はない。

「エネルギーとは何ぞや?」という質問に、いったいどうしてこんなに簡潔に答えることができようか。

「E=mc2」なんて、ほとんど「美学」。

そのような世界に秘められたあまりに美しい法則の前に、畏れ敬う気持ちは自然と湧き起ころうもの。

便宜上、文系とか理系とかいちおう分けてはいるけれど、本来そんなに簡単に分けられるものでもない。

専門分野に閉じこもってしまいがちな学者さんたちももっと研究室から外に出て、専門分野にこだわることなく学際的に交流を深め、 お互いインスパイアしあって包括的な研究をどんどんしていって欲しいと思う。

将来、詩や文学的表現でもって物理法則を克明に描き出せ、そしてそれが伝わるような世の中になったらどれだけ素敵なことだろうか。

ちょっと空想が飛躍しすぎているけれど…。


なんてそんなことを考えつつ、本屋さんの前を通ったら「ワンコイン名作映画」と題して、古い映画のDVDがいっぱい並んでいた。

どれでも一つ500円。

ふ〜ん、と見てたらチャップリンを大量に発見。

「おお!チャップリン!」

何年か前にチャップリンのDVD全集が出たときは、思わず欲しくなってお店でDVDの前をウロウロと行ったり来たりしながら、 たまに手にとっては値段を見て躊躇してまた戻し、なんてことを繰り返しながら、結局あきらめたのだが、今回は一巻たったの500円。

衝動買い。

『街の灯』
『ライムライト』
『独裁者』
『殺人狂時代』
『黄金狂時代』
『チャップリン短編集』

その場にあった全種類片っ端から手にとり全部で6巻。しめて税込み3千円。

DVD全集に比べれば格安格安。

そんな言い訳を自らにしながらザックにがしがしと入れ込む。

最近ちょっと金遣いが荒いような…。

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2006年05月08日

言葉と私のインターフェイス

私のブログを見てくださった方から「よくあんなに携帯で文章書けるねぇ」と、一時期何人かの人に言われたことがある。

私が利用させてもらっている「Seesaaブログ」は携帯からもアクセスできるようになっているので、私のブログを携帯で見た人が、 私も携帯で文章を打っていると思ったらしい。

なるほど、人は自分の状態から他人の状態を推測するもの。

そのたび私は、

「いやいや、まさか。携帯で打ってたらあんなにまどろっこしい文章書けませんよ。もっとあっさりした文章になっているでしょうね。 メンドくさいから。」

と答えていたのだが、言いながら自分で言っていることに「なるほど」とうなずいた。

つまり、私の文体は私の言語能力にそのすべてを負っているわけではない、ということである。


どうでもいいことだけれど、私はいまだに携帯メールに慣れない。

それは文章の打ち込み自体がまどろっこしいというのもあるし、変換に際してその語彙数のあまりの貧困さに、「オマエは下北沢も知らんのか!」と思わず叫んでしまうようなことが非常に多いというのもある。

だから私が自分で言っていたように、もし私が携帯でブログの文章を打っていたとしたら、「今日は公園を散歩した。よく晴れて暖かく、 春の風が気持ち良かった。」なんていう簡潔な文章になっていたことだろう。

いや、そもそもブログを始めようなどとはおそらく決して思いつかなかったと思う。

メンドくさいから。

それでも一時期に比べれば、ずいぶん携帯のメール打ちも上達したとは思うけれど、パソコンのタイピングに比べれば、 もうそれこそ雲泥の差である。


私の文章の「筆のすべり具合」は、私の使うキーボードの「レスポンス具合」に、おそらくかなりの部分を負っている。

私のタイピング技術が、私の使い込んでいるキーボードのレスポンス具合と切っては考えられないくらいに結びついているということは、 家電ショップに展示されている新製品のパソコンなどをパシパシと試し打ちしてみたときに、 圧倒的にミスタッチが多くなることからもよく分かる。

「どんなキーボードであってもある一定の水準を保ってタイピングすることができる」ということは、それがすでにある身体技法として、 習熟して身に付けるワザである。

また、たとえ使い込んでいるキーボードであっても、それがひとたび不具合を起こせばたちまちその「仕合わせな関係」は失調をきたし、 そのズレが私の意識に前景化されることとなる。

「パパからもらったクラリネット」じゃないけど、『「あ」と「い」と「う」の文字が〜出な〜い♪』 なんていう状況になったとしたならば、私は「うがー!」と叫んで部屋中を転げまわり、「もう書かない!」とふてくされているやもしれない。

作家の遠藤周作は、純文学を書くときは硬いHBの鉛筆で、エッセイのような軽い文章であれば柔らかい3Bの鉛筆で、 とその使い分けをしていたそうであるが、やはりそのように「書く」という行為を成り立たせるインターフェイスの持つ「滑らかさ」というか 「馴染み」のようなものは、私たちが思う以上に私たちの文体に大きく影響を及ぼしているのだろう。

モノは人に準じ、人はモノに準ずる。


ひょっとして私たちの使う言葉の言い回しは、携帯電話やパソコンなどに搭載されているワードソフトに準じてきてしまっているんじゃなかろうか。

これほどまでに普及した携帯、パソコンによる文体に対する影響は、無視できないくらいのものだと私は思う。

大学生に聞くと、今ではレポート提出はほぼ「Word形式」、発表も「Powerpoint必須」 みたいな状況だそうであるし(時代を感じるなぁ)、中学・高校時代から友人同士でやりとりするメールの文章量は、 おそらく授業中にノートと鉛筆で板書する文章量をゆうに超えるであろう。

私たちの使う言葉はじょじょに、「IME」「ATOK」「ことえり」のフィルターがかかり始めている。

私の使っている「Word」などは、ご丁寧なことに私の書く言い回しを、「そういう風には使わない」といちいちチェックしてくる。

無視してるけど。
(…というその言葉は「い」抜きだという指摘がさっそく。)

ともかく少なからずその影響を私は受けている。


…とか書きつつ思い出したのだけれど、最近、大塚愛の何とか言う新曲がよく街中でかかっているので、たびたびそのフレーズを耳にしていて、なんとなく思ったことがあった。

「ああ、これってメールか」と。

べつに否定的な意味でなく言葉が一言多いと感じたのである。

余韻を言葉で足すというか。

それはつまりメールの文章の最後に書き加える(^o^)とか(ノ∀`)とか、そういうものと同じ機能か、とふと思ったのである。

「言っておいて引っ込める」とか、あえて違う言葉を使っておいて「別の意味でね」といったニュアンスを出したりとか。

若者たちはなかなかトリッキーな表現を巧みに使いこなしている。

まことに頼もしい。

言葉は生き物であるから、時代とともにじょじょに変化してゆくことは当然のことであるけれど、ただ、違う言語を持つ人、 つまり先人やその他いろんな人たちに対する「敬意」だけは決して忘れないようにして欲しい、と老婆心ながら思う。

カッコいいぜ。 謙譲語も使いこなせるラッパーとか。

どう?

posted by RYO at 20:38| Comment(13) | TrackBack(1) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

ワタシイラズの暮らし

便利な世の中になったなぁと思う。

たいていのことは指先一つで事が済む。

スイッチ一つで明かりは点くし、ご飯は炊けるし、お風呂も沸くし、室温も最適になる。

のどが渇いたら蛇口をひねれば、いつだって新鮮な水がいくらでも出てくる。

でも考えてみれば、蛇口から水が出ること、ご飯が炊けること、お風呂が沸くこと、室温が快適になること、それらの現象と 「スイッチを押すこと」は何の関係性もない。

私たちの生活はなんの脈絡もないことで溢れている。

かつては水を飲むということは、水場まで行きそこで水を汲んでくることと不可分であったし、ご飯を食べるということは、 薪を集め火をおこし、お米を研いで火にかけ、炊けるまで火の加減を調節することと不可分であった。

そこには一連の流れがあり、脈絡がある。

その脈絡を見出し、つながりを結んでそれらがうまく流れるよう段取り仕組むのは、この“私”にほかならない。

“私”が関わらなければ、それらはこの世に生まれない。

“私”が生きていくためには“食べること”を必要とするが、“食べること”もまた“私”を必要とするのである。


ご飯を炊くのに、水を汲み、薪を拾い、火を起こし、コメを研ぎ…といった一連の作業を省いてゆくということが、人々の目指した近代化であり、 合理化であった。

いや、それは今でも変わらない。

私たちはみなその恩恵にあずかり、ほとんどあらゆることをたいした手間をかけることなく済ませることができる生活を手に入れた。

私たちの世界は「手間」を極限まで省き、最初の【入力】から望む【出力】までが一瞬で終わるという「無時間モデル」 を理想の頂点として、これまで進歩してきたし、これからもしてゆくだろう。

畢竟、便利とは“手間を省くこと”なのである。

もちろん、その恩恵は限りない。

けれども、世界が徐々に「無時間モデル」によって構築されてゆくことは、私たちの生活から「生き生きした情感」 のようなものが徐々に奪い去られてゆくことにつながる。

なぜなら、「生きる」とは「時間そのもの」にほかならないからである。

「愛着を持つ」とは「手間をかけることそのもの」にほかならないからである。


私たち人間の一生を【入力】と【出力】から考えてみれば、ただ「生まれて」「死ぬ」だけである。

「子孫を残す」ということも「無時間モデル」からすれば何の意味も無い。

「無時間モデル」は突き詰めていけば、生命にとって自らを否定することになる。


何の脈絡もない【入力】と【出力】の中に生活し、「間」を奪われ、「無時間モデル」に終始晒されている私たちは、「連動失調」 という病態を呈し始めているような気がする。
(「運動(うんどう)失調」ではなく、「連動(れんどう)失調」。)

【入力】と【出力】の間に横たわる、さまざまな手間を自動化し省いていくことによって、そのつながりは隠され、見出せなくなり、 やがていつしか考えなくなっていく。

「段取り」と呼ばれるようなことが、徐々に身のまわりから消えていき、 やや長いスパンで物事を考えて現在の行動を選択するということが、生活の中からずいぶん減っていった。

そういったことの積み重ねが連想力、段取り力の育成を損ない、近視眼的なモノの見方につながっていくのかもしれない、と言えばちょっと強引だろうか。


かつては、明かりをつけることも、お米を炊くことも、洗濯をすることも、それが成立するためには、私の「働き」が必要とされた。

そこにつながりを持たせることができるのは“私”であり、そのどれもが私の“手”を必要とする“手間”仕事だった。

しかし今では、家電製品がスイッチ一つでそのすべてのことを代わりにやってくれる。

振り返ればさまざまな家電製品が身近にあふれる生活の中で、そのすべての家電製品が、私たちに語りかけてくる。

「あなたは必要ない。スイッチだけ押して。」

私たちはすることがない。

「暮らし」はもはや私たちを必要としないのである。

私たちは、私たちが「暮らし」ているつもりであるけれど、実は「暮らし」が私たちを支えてくれていたのかもしれない。

「暮らし」が私たちの“手”を必要とするので、私たちはその要請に応じるようにして「働き」を担って、それによって「私」と「暮らし」 の「私の暮らし」が成り立っていた、という面があるのではないだろうか。

何かに必要とされなくなることは、それに対する愛情やつながりが薄れていくことにつながる。

私たちが「暮らし」に必要とされなくなり、「暮らし」に私たちの痕跡を感じられなくなったとき、私たちはもはやその「暮らし」 に愛着を持つことができない。

“私”の要らない「暮らし」、“私”のいない「暮らし」。

「暮らし」だけが“私の手”を離れ独立して存在し始め、“私”は交換可能な代替品になっていく。

現代の「暮らし」に感じるある種の希薄さは、もしかしたらそんなところから生まれてくるのかもしれない、ということを考えてみると、 私たちはもう少しきちんと「暮らし」と向き合って、丁寧に「暮らし」を過ごしていかなければならないんじゃないかと、そんなことをふと思う。


思えば、誰かに必要とされるということは、どれほど仕合わせなことだろう。

そして、「暮らし」に必要とされなくなるということは、どれほど悲劇なことだろう。


火が水が食べ物が衣類が土地が街が人がそして「暮らし」が、私を必要としている。
“私が”必要とするすべてが、“私を”必要としている。

それがどれほど仕合わせなことか。

それらすべてが、私に“働き”を与えてくれる。

“暮らし”が、“私”という現象を立ち上がらせてくれる。

“暮らす”ことは“生きる”こと。

It’s LIFE.

posted by RYO at 08:46| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

釧路川という名の蛇が行く

「川が大地を蛇行して流れるのは何故か?」ということについて考えていたら、ちょうど今朝の朝日新聞に『川の蛇行 復活』 と題した記事が出ていた。シンクロニシティ。

記事によると、北海道の釧路湿原を流れる釧路川で、かつて洪水を防ぐためにまっすぐにした川を、ふたたび元の蛇行した状態に曲げ戻す、 という公共事業がこの夏から始まるそうである。

まことにけっこうな話のようだが、地元のNPOが反対の意を表明している。

「公共事業の看板の付け替えに過ぎない」とのこと。

なるほど。ありがちな話。

なにせ直線にするのにかつて五億円をかけたものを、今度は十億円をかけて「元に戻す」のである。

過去の事業の非を責めても仕方がないが、ふたたび同じ過ちを繰り返さないためにも、十分に計画を練る必要があるだろう。

でも、川をまっすぐにすることで湿原(IMEによると「失言(笑)」)の乾燥が進んでいたものを、 元の蛇行した姿に戻そうというのだから、それは自然保護を目指そうとするNPOにとっても願ってもいないことであるはず。

反対するのにはなにかもっと別の理由でもあるのだろうか。


反対を表明しているNPO、「トランスサルン釧路」は、川岸の土盛りを取り除くことなどで自然に蛇行化できるとして「今の自然を考慮し、 最低限の工事にとどめるべきだ」と訴えているそうであるが、それに対し、国交省は「シミュレーションでは、千年たっても蛇行しない」 と結論付けたそうである。

…は? 千年たっても蛇行しない?

ハッハッハッ!(笑)

ゴホン…いや、失礼。

いやいや、えー、それはさすがにちょっといかがなものかと私は思いますよ?ええ。

どのようなシミュレーションをしたらそのような結果が出るのか知りませんけど、それはいくらなんだって、 あまりにも驕り過ぎじゃありませんかね?

水の力も舐められたものである。

政治の「治」は、治水の「治」。

「治」という字が、「水」を表わす“さんずい”に、丘陵、堤防を表わす「台」という“つくり”からできていることから分かるように、 人間の歴史が水との戦いであったことは、世界中の歴史が物語っていることである。

いかにして水の恩恵を最大限に活用しながら、その恐ろしいまでの破壊力を抑えるか、 というのが人間たちの(特に“統治”者たちの)長きにわたる最大の関心事であった。


水は「蛇行する」のがその本質である。

「立て板に水」という言葉は、流暢にすらすらとよくしゃべるさまを意味するけれども、 おそらく皆さんも一度や二度はご覧になったことはあると思うが、立て板にチョロチョロと水を流してみても、水は決して“まっすぐ” になど流れない。

まるで蛇がうねるかのように蛇行して流れる。

そしてそれは立て板に限ることなく、流れる場所を選ばない。

勢いよく流れるシャワーのホースが手を離した瞬間に暴れまわるのも、中を流れる水が蛇行し、 のたうちまわってホースの内面を激しくかき回すからだし、人間の血管内部も小型カメラを入れて覗いてみれば、 血液がまるでうねるように回転しながら蛇行して流れるさまははっきりと見ることができる。

まっすぐ流れているかのように見える川の流れだって、実は流れそのものはぐるぐると螺旋を描いて水底を削りながら流れているのである。

水は蛇行し、逆巻き、渦を作って流れるのが、その本質である。


では、なぜ水は蛇行して流れるのか?

その疑問にはいまだ決定的な答えは出ていない。

けれども水というモノをよく観察していると、それが「一つにまとまろうとする力」 を持っていることに気づく。

正確に言うと、「水は表面積を最小化しようとする」ということになるのだけれど、たとえば水道の蛇口から流れ落ちる水は、 空気中を落下するうちに波打ち、ねじれはじめ、細切れになり、やがて小さな水滴へと変化してゆく。

その水滴が水面に落ちてできるいわゆる「クラウン」も、よく見てみればまわりに跳ねる水は、 やはり丸く水滴を作り出す。

ほかにも朝早く、里芋の大きな葉っぱに乗る水滴を転がしてみれば、 まるで綺麗なガラス玉のようにころころと転がる様子を愉しむことができる。

水はつねに丸まろうとしている。


「でも、それは水の水素結合(⇒Wiki)とかファンデルワールス力によるもので、ミクロな現象でしか見られないんじゃないの?」 という質問もあるかもしれない。(無いか…べつに。)

なるほど、確かにそうかもしれない。

それでは今度はその眼をもっとマクロな視点にして水を見てみよう。


右の写真は蛇行する川が、三日月湖を作った光景である。

ご存知の方も多いと思うが、三日月湖というのは蛇行していた川が、やがてその蛇行具合が極まったときに、 蛇行する部分の根っこ同士がつながって、再びまっすぐに流れはじめた際に取り残される頂点部分が生み出す湖である。

想像してみて欲しい。

その三日月湖が生まれるさまは、さながら立て板に水をチョロチョロと流してみた時に水がとる軌跡を、 そのまま大きくしてみたかのようではないだろうか?

そう、まるで壮大な流れとなって海へ流れ落ちようとする水が、それでもやはり丸く円を描こうとしてうねりはじめるかのように。

結局、流れ落ちようとする重力の力にその願いは阻まれ、 本体を離脱し丸まろうとした水たちはその途上の形で地上に取り残されることになるのだけれども…。

水は、大地という壮大なキャンバスにその本質を表わし、痕跡を地上に残す。


とまぁ、水が示す性質をつらつらと書き連ねてみましたが…、それはともかく。

国交省の方々が、どのようなシミュレーションの上で、「堤防の盛り土をどかしたくらいでは、釧路川は千年たっても蛇行しない」 とおっしゃっているのか知りませんが、私の思うところを述べさせていただきますとですね、どのような護岸工事も、これから千年のあいだ、 逆巻く水の本性を封じ込め続けられるほど強いとは、とても思えないんですけども…。

「釧路川を蛇行させよう」という大英断は、もちろんのこと大賛成でありますし、 確実に後世まで長く長く感謝されるであろう素晴らしい大事業であることは疑いませんけれども、「人間が手を出さなきゃ自然は元には戻らない」 という考え方は、いかがなものでございましょうかね?

もともと自ずと曲がろうとするモノを、わざわざ人の手で曲げてやろうというのは、老婆親切と言いましょうかなんと言いましょうか。

自然には、驕った気持ちで“手を出す”よりも、謙虚な気持ちで“手を入れて”欲しいもの。

川には思う存分その力を発揮し暴れていただいて、その恩恵を広く流域一帯にもたらしてもらえるよう、「川様」が暴れお遊びになる神座としての「場」をきちんとしつらえた、そのような治水事業をぜひぜひ目指していただきたいと。

せっかくの大英断に水を差すようで差し出がましいのですけれども、自然に対する謙虚な気持ちと畏怖の念を決して忘れずに、後世にまで語り継がれるような素晴らしいプロジェクトをぜひとも進めていって欲しいと、このように思う次第であります。

posted by RYO at 22:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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