2006年04月29日

夜の街の午睡


昼の新宿歌舞伎町、ゴールデン街、花園街をうろうろと歩く。

静。

夜の街の午睡(シエスタ)。

夜、人々の語る夢に耳を傾けつかのまの夢を見せる人たちは、昼、陽光の下で眠る。



空遠く、飛行機の音が聴こえる。

空間を濃密な光が満たし、時までもがゆったりと流れる。



路地裏。

狭い狭い路地裏の奥にはもしかしてこことは違うどこか別の世界があるんじゃないかと、そんなことを思わせる不思議な力が、 路地裏にはある。

ふらりと立ち入り通り抜けてみれば、ひょっとして知らないうちにちょっとだけ違う世界へと紛れ込んでしまったんじゃないか…と。

この世界の正しさに疲れたときはこんなところをうろうろ歩けば、「それもいいさ。」と迎えてくれる。



店で一番人気のホステスも、春の陽だまりで午睡。

座布団まで引っ張り出して束の間の休息。

夜の街の住人たちにも、どうかよい夢を…。

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2006年04月27日

筍に旬

伊豆のYくんが前にウチに泊まった時に、 白川郷の合掌造り建築のDVDを貸してあげたら、このまえの日曜日の夜、そのDVDと一緒にでっかい段ボールが届いた。

DVDが入っているにしちゃやたらでかいなと思って段ボールを開けてみたら、中には筍と木炭の山。

「わーお!」

思わぬ旬の贈り物に驚き、産毛もまだ瑞々しい筍を両手に持って、その何とも美しいフォルムに魅入られながらも、 はたと困った。

「タケノコなんて料理したことないよ〜!」

けれども、そこはインターネットの時代。

「たけのこ 調理方法」でさっそくググる。

そこで調べてみると…、

『昔から「たけのこを掘りはじめたら、お湯をわかしておけ」と言われるほど、 手早く下ゆですることが大事です。下ゆですることにより、あくが抜けて、新鮮さを保つことができます。たけのこを買ってきたら、 すぐに下の手順で下ゆでしてください。』

とある。

「ええっ?すぐ?」

日曜日の夜中。メンドくさいから明日にしようかと思ってたのに…。とほほ。

ハイ。すいません。分かりました。やりますよ。

『たっぷりの水にぬか2カップと赤唐辛子2〜3本を入れて強火にかけ、 沸とうしたら落としぶたをして、弱火で1時間以上ゆでます。』

「ぬか? ぬかなんて無いよ〜!」

ぬかはすべて、私の愛するヌカ漬けに捧げてしまったので、まったく無い。

なになに?

『ぬかを入れるのはぬかに含まれるカルシウムが筍のえぐみ成分と結合して中和するからです。カルシウムの多いわかめとの炊き合わせが良いのもこのためです。』

ほう、なるほど。カルシウムがえぐみを中和する、と。

そういえば辰巳先生が「隣の竹を招き入れたければ、その場所へ動物の角質を埋めよ、反対に根を封じたければ、海草を埋めよ」という古い言葉を書いていらっしゃったが、その「海草のカルシウムが竹のえぐみを消す」ということは意味深いな。

えぐみとは個性。個性を消すものは生きている間は嫌うということか。

う〜む…。


…ってそれはともかくぬかだ、ぬか。でも無いものは無い。

しょうがないので鷹の爪だけ入れて炊くことにする(ご愛嬌にヌカドコを一つまみだけ入れて…。)

なになに? 皮付きのまま穂先の部分を斜めに切り落とし、縦半分に切れ目を一本入れて茹でる…と。

なるほど。サクサク…。

よ〜し、じゃあこれを鍋に入れて…

……って、でかくて入らないし。

しょうがないので、もっと大きいどぶろくの蒸米用の蒸し鍋を、棚の奥から引っぱり出してきてそれを使うことにする。

水をひたひたに入れ落し蓋をし、弱火でそのまま2時間弱。

コトリコトリと筍が踊る。

そのあいだ私はビールを飲みながらテレビを見て待つ。

2時間ばかりたって私もほどよくできあがったところで、火を止め確認。

良さそうである。

『火を止めたら、そのまま茹で汁の中で冷ます』とあったので、夜も遅いし今日の仕事はこれでおしまい。


それでもって次の日の夜。

帰宅してすぐ台所へと向かい、作業の続き。

茹で汁を捨て、すっかり冷めた筍をとりあげて皮をザクリザクリとはがしてみれば、中からキレイな「竹の子」。

こりゃたしかにかぐや姫。

非情にもかぐや姫をばっさり半分に切って鍋に戻し、「さしすせそ」の順に習って、まずは砂糖を加えてコトコト煮込む。

しばらく煮たら次に塩。

そして最後に私の地元、立川名物(?)石坂商店の「もとだれ」を加える。

煮汁を味見しながら味を調整。

さらに煮込んでようやく完成。


鍋から一本取り出し包丁で切って、一切れかじってみる。

サクリサクリ。

おぉいい感じ。旨いうまい。

ああ良かった。初めてだけどなんとかなった。

だけど筍たった2本とはいえ、一人暮らしには充分過ぎるほどの量。

それで今日までまだ食べているのである。

明日もきっとまた食べることになる。

都会にいるとさっぱり分からなくなってしまうけど、「旬」って基本的に「過剰」なのね…。

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2006年04月24日

匠の巧みさ

匠の技』(田中聡、徳間書店、2006)を読了。

この本は、生業の中で特殊なまでに鍛えられた鋭敏な感覚を持つその道の達人たちのインタビューをまとめたものであるが、 その業種は漁師、テースター、調律師、旋盤工と多種多様である。

その中で、水を利く専門家である「テースター」の前田學さんのエピソードでこんなのがあった。

『一つは、地下鉄工事現場で湧き出した水について、 科学的な分析では地下水なのか水道の漏水なのかさえ判定できなかったのに、前田さんが嗅ぐや「これは朝霞浄水場の水です」 と見抜いてしまったこと。そこは朝霞浄水場の給水区域ではなかったので妙に思われたが、 調査の結果そこから三十メートル離れたところに他区域へ行く朝霞系の本管が走っていることがわかり、 掘ってみたらひびが入っていたという。三十メートルも地中を浸透してきた水がどこの浄水場からの水か、匂いだけでわかったのである。』
(同著、p41)


まことに驚くべき脱帽モノの嗅覚であるが、調べてみた結果、前田さんの嗅覚は「利根川にコップ一杯の排水を捨てたくらいの濃度」、 じつに百億分の一の濃度まで感知できるレベルだそうである。

唖然。

サヴァン症候群(⇒Wiki)など、人間が驚くべき能力を発揮するのは世界でもごくたまに見られることだが、それにしても驚異的。

ちなみにサヴァン症候群とは、知的障害を伴う自閉症患者が、ごくまれに特定の分野に限って、 常人には及びもつかない能力を発揮する症状を指す。

(念のため言っておくけど、前田さんはサヴァン症候群ではありません。)

サヴァン症候群を取り扱った作品で有名なところで言えば、アカデミー賞受賞映画『レインマン』があるけれども、あれも作品の中で床に何百本ものマッチ(だったっけ? )を散らばしてしまったときに、ダスティン・ ホフマン演じる自閉症患者が瞬時にその数を正確に読み取ってしまうというエピソードが出てくる。

ただ、そのサヴァン症候群の人と前田さんの違いは、サヴァン症候群の人たちが「感覚したそのままを正確に表出する」のに対し、 前田さんは「感覚したものから連想して表出する」というところにある。

私の直感であるけれども、そこには大きな違いがあるように思う。

それがどのような違いであるのかは、私にもまだよく分からないけれども。


まぁ、それはともかく前田さんのお話である。

前田さんは、その卓越した嗅覚で感覚した水の微妙な違いを言語化して表現するために、独特の言語世界を持っている。


『たとえば藻類の匂いにも強弱があります。私は「透明感」「不透明感」 というような表現をしているんですけど。「透明感」というのは、「緑色感」というイメージで捉える場合にですね、 春先に芽ぶいた双葉に太陽の光が当たると、こっちから見たら完全に透き通るような、そういうような緑のイメージですね。で、 そんな葉っぱのイメージで思ってると、夏になるとだんだん色が濃くなる。「不透明」になってゆくわけです。そして秋になって茶色、 それから褐色になってしまう。そういうイメージでもって記憶しているわけです。
「緑色感」という場合、四季の感じを頭のなかに、色とか匂いとかで自分で組み立てて記憶しておくという方法でやっているんですね。 同じように、たとえば「土の茶色」でも、「乾いている」「濡れている」「冷たい」、そんなようなイメージがあるわけです。』
『たとえば飲んでみて、藻なら藻の匂いがあるんだけども、 そのなかに普通の藻の匂いとさほど変わりはしないんですけども、「冷たさ」があるとか。同じ水温なのに、 なぜ冷たいイメージがあるんだろうか、ということですね。数やっておりますと、自分なりの表現で、あ、 これは下から出てくる感じであろう、どこかで岩にぶつかって、長く伝わって出てきた水っていうのは「冷たさ」 があるんだというふうにわかってきたんです。
水の速さによっても、匂いはちょっと違ってくるんです。岩肌に触れてずっと長くやって来れば、 そこにはその岩特有のいろんな植物や生物が、端的に言えばコケなどがついていますね。 水がそのコケに触れながら長い時間かけて流れてくるのと、サッと流れるのと、その流れの速さによって違うわけです。 その接触する感じのイメージでもって「透明な緑色感」になるか、「少し黄味がかった緑色感」になるのか。そういうようなことが、 ながくやってると自分なりのイメージの組み合わせで出てくるわけです。』
(同著、p46−47、p49−50)


前田さんは、その水の微妙な違いを「緑色感」「透明感」「土の茶色(渇いている/濡れている/冷たい)」など、 詩的でイメージ豊かな言葉でもって表現している。

感覚は繊細になればなるほど、「それは喩えるならば…」という表現をせざるをえなくなってゆく。(そういえば引用した文章は二つとも 「たとえば」から始まってるな…ってそれはたまたまか。)

ソムリエ然り。


私たちは、というより日本語には、「利根川にコップ一杯の排水を捨てたくらいの違い」を克明に描き出せる言葉はない。

世界中探したっておそらく無いだろう。

言語とはその本質からあくまで「共通語」であるので、多くの人にとって感覚し得ない領域を表現する言葉は必要ないからだ。

描き分ける必要のないモノは、十把一絡げでまとめて表現したって何の問題もない。

というより、それを「分別する必要なし」と見なした時点で、私たちの認識は急激にその活動を低下させ、 そこにある微妙な違いなんて気にも留めなくなり、さっぱり分からなくなる。

見えているのに「わかんな〜い」。
聴こえているのに「わかんな〜い」。

「見れども見えず、聞けども聞こえず」というやつである。

人間の認識能力は、自分にとってどうでもイイことは無視するようにできている。

だからこそ、私たちはこんなにも目まぐるしく変化し続ける世界にあって、「今日の昼飯、何食べようかなぁ。」 なんてことを考えていられるのである。

けれどもここで大切なことは、「感覚がその機能を低下させる」のではなくて、「認識がその機能を低下させる」 ということだ。(だってまさか突然瞳が曇るわけでもないし、鼓膜が固定されるわけでもない。)


「百億分の一の濃度まで嗅ぎ分ける」という恐るべき嗅覚の持ち主である前田さんの嗅覚が、 まるでその鼻の中が犬のように変化しているのかといえば、別にそんなことはない(って知らないけど)。

まさか、匂いを感知する神経細胞が常人の千倍も一万倍もあるということも、おそらくないだろう。

なにしろ、前田さんは三十代に今の仕事を始めるまでそのような嗅覚をもっていなかったというのだから。

たしかに水の利き分け調査を続けているうちに、構造的に常人より優れた状態に変化していくということはあり得ない話ではない。

けれども、もしそうだとしても、その能力のすごさに比べれば、その違いはたかが知れた違いであろう。

だとするならば、その嗅覚における常人との決定的な違いは、鼻などの一個の感覚器官にあるのではなく、「嗅ぐシステム」 という機能面にあるのではなかろうか。


「知覚するシステム」とは、生態心理学者ジェームス・J・ギブソンの提唱していることであるが、たとえば「何かを視る」という行為は、 眼という感覚器官だけでなく、頭を支える首の運動、さらにそれを支える脊椎、骨盤、下肢、 足裏とすべての動作が協調しなければ為し得ないものである。

瞳孔の収縮、散大にはじまり、首の揺れを抑えて支えること、さらには歩いて近づくこと距離を置くこと、そのすべてが「視る」 という行為のために、一つのシステムとして働いている。

ギブソンは「視るシステム」以外に「聴くシステム」「味わい・嗅ぐシステム」「接触のシステム」、そして「基礎的定位のシステム」 という五つのシステムを挙げているが、からだのほとんどあらゆる器官がそれぞれのシステムに対して働きをもっている。

(たとえば眼が「接触のシステム」のために働くこともあるだろうし、耳が「基礎的定位のシステム」のために働くこともあるだろう。 )


前田さんの超人たるゆえんは、その全身のリソースを「嗅ぐシステム」のために寸分の無駄なく投入できるという「構え」にあると、 私は思うのだ。

だから、たとえば「足首を捻挫した」というような一見、嗅覚とは何の関係もなさそうな身体の失調が、 その超人的な能力に対して致命的に働くということがないとも限らない。


同著の中で、視覚障害者の内田勝久さんは「私は右手の甲が、歩くときにきわめて重要な役割を果している」と言う。

『「麻酔をかけられたんですよ。そうしたら手の感覚がなくなって杖が使えなくなって。 左手でもついて歩けるんですが、それだと全然わかんないですね。左手で杖を持っても感覚が伝わってこなくて。でも、 そのときは手が痺れているだけだと思ってたんです。
ところが麻酔が切れた次の日になって、杖を握って歩いてみると、手に痛みがあって、それに包帯でまかれちゃっててですね。 それで距離感覚がわかんなくなったり、あと駅のホームから階段に入るときとかも、全然わかんなくて。左手じゃ全然駄目なんですよ。 つねに右手の甲で風の流れを読んでいたんですね。」
……中略……
「顔でも、ある程度わかりますけど。大きな流れは顔で、頬とおでこで取ってるんです。だけど、それは画面の全体で、 その画面の一部の物体、何センチ単位でとなると手の甲でないと。だから階段に入るまでは音と顔で大体取れるんですけど、 階段に入る瞬間というのは、手の甲でなんです。こう手を出していて、ここで明らかに段差が変わったとわかるんです。 階段の始まりっていうのはなんとなく、手から血が抜けるような感じ、フワアッとするような感覚があります。」』
(同著、p155−156)


これを読んで、「じゃあ、オレも右手の感覚を磨こう」といったって、それは意味がない。

「意味がない」までは言い過ぎかもしれないけれど、この感覚はあくまで内田さんの感覚であって、違う身体になれば、 また違う形でシステムが働くからである。

内田さんのからだにおいて、見えなくなった目の代わりにその右手の甲が精妙なセンサーへと変貌していったのは、一般的に言えば「まったくの偶然」であるけれども、本人(のからだ)にとっては「これしかない」というくらいに必然的なことであろう。

あなたの場合、それは左手かもしれないし、眉間かもしれないし、お尻かもしれない。


ともかく、このように「知覚するシステム」は、想像もつかないくらい緻密な相補性をもって、私たちのからだで働いている。

内田さんのからだは「目が見えない」ということから、『目を使わない「視るシステム」の再構築』という仕事を、 見事なまでにやりとげた(内田さんは小さい頃は目が見えた)。

内田さんのからだにおいて、『目を使わない「視るシステム」』が実現されたのである。

う〜ん。まことに偉大なるは、その「働き」。

「仕合わせ」の到来。

(そういえば整体の野口先生は「目を良くするにはどうしたらいいでしょうか。」という質問に対し、 「勘を良くするようなことをしないように。」と答えた、という話を聞いたことがある。「勘が鋭くなること」は、 身体が視力を回復させようとする要求に対して必ずしもプラスには働かない。)


私たちは全身でもって世界を感覚している。

おそらく私たちが思う以上に、私たちは十分に世界を感覚している。

感覚は器質的に損なわれない限り、私たちも彼ら超人たちもそう差があるわけではない。

前田さんは顔の真ん中に犬の鼻があるわけではないし、内田さんは右手から虫の触覚が生えているわけでもない。

すでに感じている情報をどれだけキメ細かく細分化できるか、そしてさらに、その身体感覚を外部環境とどれだけ適合させられるか。

つまり、今「からだが何を感じているのか」、そしてそれは「何を意味しているのか」。

それを敏感に感じ取ることこそが大切なことなのではなかろうか。


昨今、「五感の危機」と叫ばれているが、たしかに私もそのような危機感を感じることはしばしばある。

けれども、私はあえて言いたい。

「私たちは世界を十分に感覚している。」

内田さんがその身をもってそれを証明して見せてくれた。
(目が見えなくても世界は視える!)

ただ、それをキメ細かく分別する繊細な認識力が育っていないのである。

なにも大金を投入して、なにか新しく「感覚再生プログラム」のようなものを作って、 それを感覚器官に知覚させることで感覚器官を蘇らせるとか、そんなことをする必要はない。

すでに「十分すぎるほど感覚しているこの情報」を、もっとキメ細かく分別してみるよう、日々の暮らしの中で心がければいいのである。

くりかえし言うが、私たちは「すでに十分に感覚している」。

大切なのは、それに耳を澄ませて気付くことである。

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2006年04月22日

地球交響曲DVD-BOX到着


地球交響曲(ガイアシンフォニー)」 のDVD-BOXが届いた。わーい。

待望のDVD化。

一ヶ月ほど前にDVDの発売を人づてに聞いて、すぐさま調べて予約注文したのだけれど、 それがいよいよ4月21日に発売になったのである。

はじめて地球交響曲を観たのはいつだったか、星野道夫さんの出演していた第三番が最初だったような気がする。

そのあと「これは前作も観なければ。」と思い、第三番公開にあわせて再上映を行なっていた下高井戸シネマで第一番、 第二番と続けて観て感動に浸ったのが懐かしい。

思えばそれがすでに9年前の話。

時の経つのは早い。

ご存知の方も多いと思うけれども、「地球交響曲」は観客自身による自主上映という形で、全国で突発的に展開されるめずらしい映画で、 観客動員数はのべ200万人を超えるそうである。

いちおうご存知のない方のために、監督である龍村仁(たつむらじん)さんによる映画第一番の説明を紹介しておく。


『GAIAガイアとは、ギリシア神話に登場する地球の女神、いわば「地母神」のことです。 このドキュメンタリー映画は、あたかも、ガイアが奏でるシンフォニー(=交響曲)のように、 それぞれに独立した主題をもった楽章が重なり合って、全体として地球という大きなハーモニーを奏でています。
この映画は、メッセージ性の強いドキュメンタリー映画ですが、つねに、「地球の中の私、私の中の地球」(この言葉は、 1992年ブラジルで開かれた「環境と開発に関する国連会議」の提案書に使われてました)という、とても大事なテーマが語られています。
それぞれの楽章は、世界各地の、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、日本での取材を行ない、「今」 を語るに相応しい人々6人に登場していただいています。それぞれの分野で、大きな仕事を成し遂げた人物が、 自らの体験をふまえてメッセージを送ってくれました。
もし、母なる星地球(ガイア)が本当に生きている一つの生命体である、とするなら、我々人類は、その"心”、すなわち"想像力” を担っている存在なのかもしれません。我々人類は、その"想像力”に依って化学技術を生み出し、地球の環境を大きく変えて来ました。 現代の地球の環境問題は、良い意味でも、悪い意味でも、人類の"想像力”の産物だ、といえるのです。だとすれば、 危機が叫ばれるこの地球(ガイア)の未来も又、人類の"想像力”すなわち"心”の在り方に依って決まってくるのです。
この映画は、21世紀の到来を前に、地球(ガイア)の未来にとって、 極めて示唆的なメッセージをもつ世界の6人の人々のオムニバス映画です。登場人物はいずれも、現代の常識を越えた事を成し遂げた人、 あるいは体験した人達です。
今生きている我々ひとりひとりが、"心”にどんな未来を描くかに依って、現実の地球(ガイア)の未来が決まってくる。映画「地球交響曲 (ガイアシンフォニー)」が、全ての人々の"心”のための元気薬になれば、と願っています。』
(@『「地球交響曲」公式ガイド』)


なんと、期せずしてちょうど前回の記事とリンクしてくるようなお言葉。

We are the world.


ではでは、さっそく第一番を拝見させていただこう。

まずはビールとヌカ漬けを用意して、唯一の贅沢のホームシアターで壁にバーンと映し出してっと。

イヒヒ。嬉しいなぁ。

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2006年04月20日

世界のセンチネル

茂木健一郎さんのブログを読んでいたらこんな一文が出ていた。

『専門家でも(専門家だからこそ?)
サーチライトの中に入るものしか
見えない状況になっている。

 それで思い出すのが、
ライアル・ワトソンの
『未知の贈りもの』の中で、
インドネシアの夜の海に船で漕ぎ出す場面。

 発光しながら船の回りに集まってきた
無数のイカを見て、
 ワトソンは、「イカの眼球は光学的には人間と
同じくらいに正確に世界を映し出すが、
彼らの神経系はそれほど複雑な世界を理解できない」
という疑問を持つ。

 何のためにイカは世界を見ているのか、
という疑問を持ったワトソンは、
 「イカの個体を超えた、より大きい何かのために」
見ているのだろうというインスピレーションを得る。

 科学と人間個人の関係は、ワトソンの
見たイカと同じなのかもしれない。』
(@『茂木健一郎 クオリア日記』 2006.4.19エントリー)


イカの眼球のエピソードは昔、どこかで読んだことがある。

イカのそのからだに備わった脳には、そぐわないくらいに優れた眼球。

そのとき読んだ文章の中では、「イカはもしかしたら、ガイアのような大きな一つの地球生命体が海中を観察するための、 センチネル(監視者)のような存在かもしれない。」という大胆不敵な結びになっていた覚えがある。

そこまで考えるとまるでSFの世界に突入してしまうが、束の間、「常識」 というリミッターをはずしてそのような空想を暴走させてみることは、とっても興奮しワクワクしてしまう。

(そういえば映画「マトリックス」の中で、センチネルと呼ばれる監視者の役割を担う機械たちはまるでイカだったけど、なにか関係でも? …ってだれに訊いてるんだ。)


自分の脳で処理しきれないくらいの膨大な情報量を取り込むことのできる感覚器官が、なぜ彼らの身体に備わるのか、 という問題はなかなか簡単ではない。

「まず高度な感覚器官が育ち、脳はその情報処理を行うためにあとから成長するんだろう。」ということが考えられるが、しかし、 それでもやっぱり、「そのような高度な感覚器官が育つためには、まずそのような情報が周囲にあること、 そしてそれがどのような器官でもって感覚しうるのかを、あらかじめ知っていなければならないが、 それはいったいからだのどの部位が知覚するのか。」という疑問が浮かぶ。

眼が作り出されるためには、あらかじめ眼以外の器官で光を知覚していなければならないし、耳が作り出されるためには、 あらかじめ耳以外の器官で音を知覚していなければならない。

いったい私たち生命体は「まさにそれ!」というくらいに見事に構築されたこの感覚器官を、 いったいどのようにして作りあげてきたのであろうか。

まことにもって謎である。


もし、ワトソンの言うように「個体を超えた、より大きい何かのために」、イカたちがその身に余る感覚器官を身に付けているのだとしたら、 地球上のその他の生物にもそのような器官が見つけることができてもおかしくない。

じゃあ、もしそうだとして、「『ヒト』には己の身に余るどんな器官が備わっているのだろう?」と考えてみたとき、 ふと思いつくのはやはり「脳」である。

私たちは明らかに脳のその能力を持て余している。

(「じゃあ、その脳を持て余しているの誰か?」という疑問は、とりあえず蹴飛ばして隅にやっておくことにして…。)

生存戦略上、あきらかに必要の無いことまで私たちは考える。

「宇宙の果てはどうなっているのか?」「神様はいるのか?」「私たち人間は何のために生きているのか?」…etc,etc.

「優秀な子孫を残す」という、生物界の生存戦略で考えれば、そんな「どうでもいいこと」より、 「いかにしてより優秀な異性を口説き落とすのか(笑)」という課題に、その持ちうるリソースのすべてを傾けて然るべきである。

もちろん、世の中その黄金律に則って日々研究を怠らない求道者たちも少なからずいらっしゃるだろうけれども、 それでも私たちの多くは生存戦略上「どうでもいいこと」を考えずにはいられない。

つまり、「世界がどのようにして成り立っているのか」を。

それこそまるで「個体を超えた、より大きい何か」が、己の姿を確かめようとするかのように。


何のためにイカは世界を見ているのか
何のためにヒトは世界を考えているのか

「個体を超えた、より大きい何かのために」

ワトソンならそう答えたかもしれない。

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2006年04月18日

欲望の逆さメガネ

前回、 路上で職務質問を受けた話について触れて、「人は話しかけやすい人に話しかける」という考えてみれば至極当然のことであるけれど、 職務質問の際には、そのままでは「話しかけても問題のなさそうな人に話しかける」という、あまり意味の無い行動になるんじゃないの? というようなことを書いた。

渋谷や新宿を歩いていると、路上でアンケート調査をやっている場面にしばしば出会う。

しかし、あれも有効回答者数が百や二百といったていどの数では、かなり調査者の好みや欲望が混じってしまうことは否めない。

テレビ番組の取材であれば、ディレクターの「こういう番組にしたい」という番組製作意図から、研究者の論文調査であれば、 「持論の証明に役立ちそうな事例を発見したい」という欲望から、無意識的にある傾向をもって対象を選択してしまいがちだ。

いちおうきちんと数字として現われるので、グラフなど作ってレポートにでもすればそれなりにもっともらしく見えてしまうが、 かなり主観が混じっていることもあるだろう。

人は無作為に選択していると思っているときこそ、無意識の欲望を露呈しているもの。


回答内容そのものも、きわめて用心深く扱わなければ、たちまち欲望にまみれてしまう。

質問はつねに回答を限定し、単純化した模範解答へと誘導する。

極端な話、質問項目をじっくり吟味し巧妙に選択しさえすれば、 回答数の20パーセントや30パーセントは簡単に操作することができるだろう。


こんなエピソードがある。

『人類学者たちの調査にまつわる有名な実話がある。人類学者のグループが、 ニュージーランドのジャングルで、グロテスクな仮面をつけて恐ろしい戦のダンスを踊るとされている未開部族を探していた。 彼らはその部族を見つけると、自分たちのために踊って欲しいと頼んだ。実際、そのダンスは聞いていた通りだった。かくして探検者たちは、 アボリジニの奇怪で恐ろしい風習に関する、求めていた資料を手に入れることができた。ところがその少し後で、 そのような野蛮なダンスはまったく存在しないことが判明した。アボリジニは人類学者たちの要望に応えようとしただけだったのだ。 彼らは人類学者たちとは話しているうちに、人類学者たちが何を望んでいるのかを察知し、それを演じてやったのである。これが、 主体の欲望は他者の欲望であるというラカンの言葉の意味である。人類学者たちはアボリジニから自分たち自身の欲望を受け取ったのだ。 彼らの目に不気味で恐ろしいと見えたものは、彼らのために上演されたものだったのだ。』
(『
ヒッチコック×ジジェク』スラヴォイ・ジジェク編、河出書房新社、 2005、p320)


人は見たいものをそこに見る。

時に無いものまで召喚し、そこに見つける。 マッチポンプ。

何も特別なことではない。常日頃私たちがやっていることだ。

私たちはそこから逃れることはできない。というより生きていくためには必要な能力。

けれども、私たちがそれに対して意識的であるかどうかということは大切なことである。

先ほどのアンケートの話で言えば、私たちにできることは、自分がどのような傾向をもって対象を選択しているか、 質問内容にはどのようなバイアスがかかっているか、意識して注意を払うことくらいである。その目的が決して果されないにしても。

「欲望のメガネ」をたまには逆さにかけてみたりして、ときどき裏返った世界に眼を慣らしておくこともなかなか良い。


『われわれは選ばれたからイデオロギー的な呼びかけの中に自分を認めるのではない。 反対に、われわれは呼びかけの中に自分を認めるから、自分が呼びかけの受信者として選ばれたと思い込むのである。 偶然的な認識行為が遡及的にそれ自身の必然性を生むのである。』
(同著、p321)


自分たちは無作為、あるいは偶然と呼ばれる出来事に対して、「じつはすでに自分が何らかの選択をしている」ということを、 つねに構造的に忘れる。

それはその出来事における私の「必然性」を強化し、私が存在することの意味を確固たるものにしたいからである。

「私が選んだ」のではなく、「私が選ばれた」のだと。

人は「選ぶこと」よりも「選ばれる」ことに喜びを見出す。

なぜならそれは「私が存在すること」に対する世界からの承認だからである。

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2006年04月16日

職務質問に思う

新宿を歩いていたら、50歳くらいのおじさんが若い警官二人に荷物チェックを受けていた。

メガネをかけたおじさんはなんてことなさそうな風貌であったけれども、警官の目に付いたのか、 ポケットの中の小銭入れのようなものまで出させられて、なにやら質問を受けていた。

ちょっと気になったので、その様子をちらりと横目で見ながら、その横を通り過ぎようとした時、 警官の一人とふと一瞬目があった。

そのまますたすたと通り過ぎて歩いていったら20mくらい歩いた頃に、先ほどの警官二人が追いかけてきて「すいませーん。」 と私を呼び止める。

「はい?」

「ちょっとよろしいですか? 今ですね。荷物チェックをしているんですよ。ちょっとお荷物拝見させてもらっていいですか?」と言う。

わざわざ走って追いかけてきたのか。

べつに危険な物など持っていないので「どうぞ。」と言ってバッグを渡す。

私も街で声をかけられたときは、まず大抵はフレンドリーに受け答えするけれども、いきなり警官に「荷物チェックをさせてくれ。」 と言われて、さすがにそんなに気分のいいものでもないので、なんとなく無愛想になる。

「最近この付近でナイフを使った事件が起きましてね。こうしてお荷物チェックさせていただいてるんですよ〜。」と、勤続年数二、 三年目といった感じの若い警官が言う。

「ああ、そうですか。」と、答える。

「ズボンのポケットの中の物も出してください。」とか「バッグのポケットも開けていいか。」とか「この筆入れはなんに使うのか。」 とか、まぁとにかくいろいろ訊いてくるので、いちいちそれに答える。

そんなやり取りをしているときでも、人間(特にからだ)に興味のある私は、相手の質問内容とかそんなことよりも、 相手の声やしぐさや呼吸などをつい観察してしまう。

やっぱり観察する眼というのは、自分の心の状態で大きく変わるもので、あんまり気分の芳しい状態でないときには、 相手の粗ばかり眼に入ってくるものである。

若い二人の警官の質問の仕方やら、バッグを探る手つきやらの、もたもたした不手際さばかりが眼について、たいへん気になって仕方がない。

こちらの気分がよければ、その初々しさが可愛げのあるように見えるのかもしれないが、今回はとてもそんな慈愛に満ちた眼では見ていられない。

「そんな質問の仕方じゃ君の望むべき手がかりは得られないなぁ。減点1。」
「肝心のバッグの小さなポケットを調べないでどうするんだ。減点2。」

まるで心は検査官。どっちがチェックしてるのか分からない。


ひとしきり荷物チェックと質問が終わってようやく開放されたが、しゃべりながら次の獲物を探しにゆく若い二人の警官の後ろ姿を見ながら、 なんとも複雑な心持ちになる。

釈然としないままに再び歩き始めるが、何か心にひっかかるものがある。

そうしてしばらくした頃に、それが何であるのか、ふと気付く。

「そうか。彼らは話しかけやすい人を選んでいるのか。」

私はずっと彼らの行動を観察していたわけではないので、はっきり断言できるわけではないが、さっきのおじさんもそうだけれど、 明らかに話しかけやすそうな人を選んで声をかけていたのではなかろうか。

前にも書いたけれども、 私は街でよく道を訊かれる。

何日か前にも中央線の駅のホームで電車を待っていたら、おじいさんに「この電車は国立に止まりますか?」と訊かれ、 おとといも渋谷で外人さんに「神泉ワァ、ドッチデスカ?」と片言の日本語で訊かれた。

私がホントに声をかけやすいのかどうか、当人である私には判別つけられないが、こんなにしばしば道を訊かれるということは、 統計学的に言って「声をかけやすいタイプである」と言っても差し支えないと思う。

おそらく先ほどの若い警官は「荷物チェック」をするのに、「荷物チェック」をさせてくれそうな人に声をかけていた。

「荷物チェック」という任務を遂行したいのだから当然である。

けれども残念ながら、「荷物チェック」の目的から言って、それではいけない。

「荷物チェックさせてくれそうな人」ではなく、「荷物チェックさせてくれなさそうな人」をこそ、 狙って声をかけていかなければならない。

「荷物チェックさせてください」と言って、「ああ、どうぞ。」と答えてくれそうな人に声をかけても、 そのバッグからナイフが出てくる可能性は限りなく少ない。

「荷物チェックさせてください」と言って、「あぁ?なんだテメェ。オレを疑ってんのか?」と言って胸ぐら掴んできそうな人にこそ、 勇気をもって声をかけていかなければならない。

ナイフを持っているかどうかチェックするのであれば、あきらかに「うかつに近づくとヤバそう」な、 いわばそれこそナイフみたいな雰囲気を醸し出している人に声をかける方が、理に適っている。

若い警官二人はまだ経験が浅いゆえに、仕事をきちんと全うするために全うさせてくれそうな人にばかり声をかけていた(たぶん)。

そして報告書には「本日、新宿の路上において30組の通行人に荷物チェックを実施。ナイフ等の危険物所持者は無し。」 とか載るのだろう。

けれども果たしてそれをもって「新宿はいい人たちばっかりだ。今日もお江戸は日本晴れ。」と喜んでいていいのだろうか。


日本の治安を守る若者よ。

まずは刑事課の長さん(仮名)に職務質問のなんたるか、そしてその心構えをきちんと訊いてきなさい。

職務質問はそれからだ。

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2006年04月13日

京ぽん大復活!

私の相棒が京ぽんであるのは前に書いたとおりであるが、 その京ぽんがとある事件に巻き込まれてしまった。…って犯人は私だけど(あ、ばらしちゃった)。

メールをカチカチと打ちながらトイレに入り、用を足そうと京ぽんをポケットにしまおうとしたその瞬間、 京ぽんが私の手をするりと抜けて、水へボチャン!

「お池にはまってさぁ大変♪」 …って謡っている場合じゃないだろ!

「きょ、京ぽーん!」

すぐさま救助して容態を確認してみるが、電源は水に入った拍子にブツッと切れたままのグロッキーな状態である。

このまま電源を入れて確認するのはヤバイ、と思った私はすぐさま電池を抜いて、ティッシュで水を拭き取る。

キーの隙間にも水が入り込んでいるので、息を吹きかけ外に出しながら、とにかく拭き取る。

とりあえずあらかた拭き終わって、息を吹きかけても中から水が出てこないのを確認したあと、ためしに電池を入れ、 恐る恐る電源を入れてみたら、液晶画面が一瞬、きらりと光る。

「おぉ!京ぽん! 分かるかオレだよ!」

と語りかけるのもむなしく、そのあと「SO writer」(だったかな?)とかいう文字が画面に出たまま、 いくらキーを押してもウンともスンとも動かなくなる。

目は開いていても反応が無い。重体である。

なんてこった…、おいらの不注意で…。



可愛い我が子のいつもの笑顔
しかし、電源が入る以上、望みはある。あきらめるのはまだ早い。

もしかしたら、内部の水がきれいに乾けば、可愛い我が子がまたいつもの笑顔で私を見つめてくれるかもしれない。

キーを押しても電源が切れないので電池を抜いて眠らせて、両手でじっと握りながら、「京ぽん…」と祈る。

「祈ったってしょうがないだろ。」とおっしゃるかもしれない。

そんなことはない。祈りの力は偉大である。

少なくともそう思っている人にとっては決して無意味なことではない。

別にそういうことにしておいたって何の損にもならないことは、そういうことにしておけば良いのである(…ということにしておく)。

そうしてしばし祈りをささげた後、再び電池をはめて電源キーを押す。

すると祈りが通じたのか、今度はWILLCOMのロゴが画面に踊る。

「おお!京ぽん!復活か?」

しかし、そのまま再び先ほどの昏睡の画面。 Sigh.(@茂木健一郎)

けれども一抹の望みが出てきた。

「これならイケる!」。私はそう確信した。

再び合掌した両手で挟んで、「京ぽん、ガンバレ…!」と祈る。

祈っては電源を入れてみる、ということを繰り返しているうちに、何度目かに電源を入れたら、愛しの我が子がこちらを見つめている絵が、 画面いっぱいに広がる。

「京ぽ〜ん!」(あくまで京ぽんは電話機のほうである。)

思わず叫んで頬擦りをする。

こういうときは、頬擦りしている携帯が「さっきトイレの中に落とした携帯である」という事実はすっかり失念しているものである。

それは犬に顔をぺろぺろ舐められて喜んでいる時に、さっきこの犬が自分(自主規制)


「いやぁ、よかったよかった。」

と喜んだのもつかの間、キーを一回押すとやはりフリーズしてしまう。

「う〜む、これは長期戦になるな。」と思った私は、机の上の電気スタンドの首をぐにゃりと曲げ、京ぽんに近づけて暖め、 しばらくそのまま絶対安静にしておくことにする。


…ということで、今朝ふたたび京ぽんを手にとり電池を入れ、電源キーを押したならば…、

なんと! 見事ふっか〜つ!

京ぽ〜ん! 強いぞ京ぽん! えらいぞ京ぽん!

うぅ、良かった…。お前がいないとオレは何もできないということがよく分かったよ。

なにしろ、私のネット環境の一手をオマエが引き受けているんだからな。

オレにはお前が必要だ…。

今度からもっと大事に扱うよ。

毎日きちんと充電もする。

画面に着いた皮脂も毎回ちゃんと拭く。

だから二度とオレの手から逃げないでおくれ。

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2006年04月10日

私の主成分は「野望」と「陰謀」

成分解析」 なるものが流行っているそうな。

打ち込んだ言葉を独自のアルゴリズムで計算して、まったくテキトーな数字と言葉で返すというお遊びだそうで、さっそくやってみる。


まずは私のハンドルネーム「RYO」。


プハハハ! 6割が「野望」で、3割が「ハッタリ」!

なるほど、言われてみると全くその通りであるような気がしてしまうのはなぜ?

2%が「罠」というのが、これまた意味深い! よくぞ見抜いた!

でも、5%は「雪の結晶」だなんて、素敵なものもちょっとは入ってるのね。

でも、それもバーボンに浮かべてみれば、あっという間に消えて無くなるのさ。

汚れつちまつた悲しみに、乾杯。(@中原中也)


う〜ん、なかなかオモシロイな。今度は本名でやってみよう(伏字にしてあります)。


……。

…「陰謀」と「覚悟」だけで出来ているらしい。

本名もハンドルネームも、成分の半分は「野望」か「陰謀」。

よほど腹黒いのか、オレは(笑)。


じゃあ最後にこのブログ、『雑念する「からだ」』。


……。

「やらしさ」と「呪詛」って…。

え〜い、じゃあそう言うおのれはナニで出来とんじゃ〜!


いやん。ほろ酔い。


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2006年04月08日

礼法の所作に“それ”が舞う

前回、『弓と禅』 (オイゲン・ヘリゲル、福村出版、1981)に触れて、引用のためにパシャパシャとめくっていたら、 あまりにも気づかされることが多かったので、また最初から読み始めてしまった。

これで、三度目か、四度目か…。

何度読んでも、そのつど「新しく」何かに気づかされるという本は、そうでもない本たちといったい何が違うのであろうか。

そのような本を読んでいると、「じつはこの本、閉じている間に印字がもぞもぞと動いて、ちょっとずつ変化しているんじゃなかろうか。」 というくだらない妄想をしてしまったりもするのだが、ホントにそれくらい開くたびに「日々是新」である。

この『弓と禅』については、私のような浅学の者がくだらないことを書いて誤解を招かぬよう、「書くまい書くまい」 と思っているのだけれど、読んでいて「これは!」と思う文章に出会うと、ついつい書きたくなってしまう(笑)。

なんとも、語ること、解釈すること、それに似た自分の経験を思い出すことをアフォードする文章である。

おぉ!そうか。それが名著なのか。なるほど。

筆(タイプ?)がすべって、思わぬ言葉が降りてきた。

「自分の中で言語化されずに眠っていた経験を思い出させる」 アフォーダンスを備えた文章を名文と呼ぶ(それもできるだけ多くの人に共通して)。

う〜む。なるほど。そうかそうか。

このような素晴らしいことを、私のからだを使って語らせてしまうこの書はやはり名著であるな。

それはともかくもう一回だけ、蛇足のようにくだらない落書きを書くことを許していただきたい(とか言ってまた書いてたりして)。


『ところでこの精神的覚醒の最高の緊張を解き放すためには、 あなた方は礼法を今までとは違った仕方で行じなくてはなりません。そうですね、上手な舞手が舞うように。こうなされば、 あなた方の四肢の運動は、正しい呼吸が行われるあの中心からわき出てきます。するとあなた方は礼法を、 暗記したもののように繰り広げるのではなくて、あたかもその瞬間の霊感によって創造するかのようになり、 かくて舞と舞手が一体になるのです。すなわちあなた方は礼法を神楽舞のように行ずることによって、 あなた方の精神的覚醒が最高の力を得るようになるのです』

『自然の中にはすでに、不可解ではあるがそれにもかかわらずあまりにも現実的なので、 我々がその外の仕方では在り得ないかのように慣れてしまっている一致があるということを忘れないで下さい。 今までしばしば私の心を捕えた一つの例をお話しましょう。蜘蛛はその巣を舞いながら張ります。 しかもその中で捕えられる蠅(はえ)が存在することを知らないのです。蠅は呑気に日向で飛び、舞いながら、蜘蛛の巣に捕えられ、 しかも何が自分に迫っているかも知らないのです。しかしこの二つのものを通じて“それ”が舞っているのです。 そしてこの舞の中では内と外とがひとつなのです。このように射手は、外面的に狙うことなしに、標的にあてるのです―― これ以上うまくあなたに話すことはできませんが。』
(同著、p98、p102)


昔、一時期、小笠原流礼法の先生に礼法の稽古をつけていただいたことがあったのだが、 その先生の所作たるや見事なまでに美しかったことを覚えている。

「物を持つにも、『持つ処(ところ)』というのがございますのよ。」と、さりげなくお盆や座布団を持つそのお姿が、まるで 「もともと一つのものであったものが今、再会した」かのように一瞬で馴染んで、 物と一体となってしまうその所作には惚れ惚れとしたものである。

しかも、その先生が動くと、いつのまにやら「仕事が済んでいる」のである。

訊けば「一つの動作に三つの仕事をしなさいと言われております。」と、事も無げにおっしゃる。

つまり振り向きざまに、「振り向く」という動作のほかに二つの仕事をこなしているのである。

しかもその所作が一体となって為されているので、傍から見ていて「一つの所作」にしか見えずに、気がつくと「仕事が済んでいる」 ということが起きる。

だから、ふと気がつくと「あれ? いつのまに?」という事々に囲まれている。

「そりゃアンタが鈍すぎるんじゃないの?」と言われるかもしれないが、いやいや、ホントに分からないくらいに気配を消されるのである。

いや、いるんですよ?目の前に。 目の前にいてしゃべっているんです。

目の前にいて私たちとしゃべっているのに、気づかぬうちにさらさらと仕事をこなしてゆくのである。

それこそ、よほど注意しなければ、まったく気づかないで過ごしてしまうであろうくらいに、さりげなく。

先生がさらさらと動くと、さらさらと片付いてゆくその「流れ」は、滞ることなく、でしゃばることなく、 まるで見事な舞を舞っておられるかのようであった。


そして、「弓を射る」ということもまた、その舞の中で行われるべきであると、弓の師はおっしゃる。

巣を張る蜘蛛も、そこに飛び込む蠅も、それと知らずに“それ”を舞っている。彼らを通して“それ”が舞っている。

「あまりにも現実的なので、 我々がその外の仕方では在り得ないかのように慣れてしまっている一致」

まるで現代思想家のようなお言葉。

確かに「行法」とはすべて、それらを意識化するための訓練。

歩く、座る、食べる、感じる、考える、息をする、生きる、死ぬ。

それらとの一致から、わずかに身をずらすことでそれらを観る法。

すなわち一致からの離脱。身体からの離脱。心魂からの離脱。

実は「行法」とは徹底的なまでに知的な作業である。
(お、この前と言ってることが違うぞ〜。ハハハ。)


辰巳先生が「こつの彼方」と呼び、弓の師範が“それ”と呼び、礼法の先生が「持つ『処』」と呼ぶモノ。

おそらく辰巳先生も、弓の師範も、礼法の先生も、ある同じモノについて語っているのだと思う。

それぞれのお言葉は、その意味合いが少しずつ異なるが、それは、語ろうとするモノがあまりに大きく、 そして見る者によってその姿かたちを変えるおぼろげなるモノであるからであろう。

…いや、ちがうな。

「そのモノを語ろう」とするその行為を通してしか語りえない、そのような代物であるから。

…いや、やっぱり違うな。モノでもないんだよな。

「語ろうとする者」と「語ることを欲望させる“なにか”」の間に、かなり「負荷の強い言語化(意識化)」 というプロセスを持ってのみ立ち現れる「現象」であるから。

…う〜ん、まだマシか。

てゆうかややこしくてスイマセン。読み飛ばしていただいてけっこうです。

私の悪い癖で、放っておくと「私にしか分からない言葉」で猛烈に語りだしてしまったりするので。それは言ってみれば『聴き手を私だけに限定した「語り」』。

まぁ、自分の中で考えていることを整理する分にはそのような「異言」でもって語るのも、なかなか良い方法ではあるけれども。

自分の中にあるモノを、ほかの人にも通じるような言葉に翻訳する時点で、本質を損なってしまったりするので。

自分にだけその意味が分かればよいメモ帳のキーワードみたいなものであろうか。

でも、あとで読み返して自分でも意味が分からなかったりすることもまた、よくあることではある…(笑)。

まぁそれはそれで、その程度のことだったということで…。


…ってイカンイカン。

結局ただの独白のようになってしまったな。

だから最初に言ったじゃないか。プンプン。

posted by RYO at 20:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月05日

“それ”と言葉と弓と禅

前回、 辰巳芳子先生の『「こつ」の彼方にあるもの』についての話を書いたが、そのあともしばらくそのことについて考えていたら、 ふとある書のことを思い出した。

その書の名は『弓と禅』(オイゲン・ヘリゲル、福村出版、1981)。

稀代の名著である。

この書は、辰巳先生の言う「こつの彼方にあるもの」について、たいへん深い示唆を与えてくれる。

少々長い引用になるが、大切な場面であるのでお付き合いいただきたい。

時は明治末期、ドイツから禅の勉強をしにやってきた若き哲学者ヘリゲルが、 禅の理解の一助になればと思ってはじめた弓道の稽古において、師範から、「射のさいには小児の手のように意図せず開かれねばならない」 と言われ、困惑しながら稽古を続けていたある日の出来事である。


『ある日私は師範に尋ねた、「いったい射というのはどうして放されることができましょうか、もし“私が”しなければ」と。
「“それ”が射るのです」と彼は答えた。
「そのことは今まですでに二、三回承りました。ですから問い方を変えねばなりません。いったい私がどうして自分を忘れ、 放れを待つことができましょうか。もしも“私が”もはや決してそこに在ってはならないならば。」
「“それ”が満を持しているのです。」
「ではこの“それ”とは誰ですか。何ですか。」
「ひとたびこれがお分かりになった暁には、あなたはもはや私を必要としません。そしてもし私が、あなた自身の経験を省いて、 これを探り出す助けを仕様と思うならば、私はあらゆる教師の中で最悪のものとなり、教師仲間から追放されるに値するでしょう。 ですからもうその話はやめて、稽古しましょう。」

 幾週か過ぎ去ったが、私はほんの一歩も前進しなかった。その代り確かにこのことが少しも私の気にさわらないようになった。 いったい私は弓道にすっかり飽いてしまったのであろうか。私がこれを習得しようがしまいが、禅への通路を見出そうが見出すまいが―これらすべてのことは私には急に遠くの方へいってしまい、全く何でもなくなってしまったように思われたので、 そのことはもはや私を煩わさなくなったのである。

 たびたび私はこのことを師範に打ち明けようと決心した。しかしそう思って私が前に立つと、その勇気がなくなるのだった。 私は彼からはやっぱり、「尋ねないで稽古しなさい」という聞き飽きた返事の外は何も聞くことができないと確信していたから。 それで私は問うことをやめたのである。のみならず私は何よりも喜んで稽古をすらやめたであろう。もしも師範が、 あれほど容赦なく私を操縦する呼吸をのみ込んでいなかったならば。

 私はごくあたりまえにその日その日を過し、できるだけ立派に私の職務を果し、そしてついに、 私がこの数年来絶えず苦労して来たことの一切が、私に何でもなくなったということすら、もはや心にとめなくなった。

 その頃ある日のこと、私が一射すると、師範は丁重にお辞儀をして稽古を中断させた。私が面食らって彼をまじまじと見ていると、「今し方 “それ”が射ました」と彼は叫んだのであった。やっと彼のいう意味がのみ込めた時、 私は急にこみ上げてくる嬉しさを抑えることができなかった。

 「私がいったことは」と師範はたしなめた、「賛辞ではなくて断定に過ぎんのです。それはあなたに関係があってはならぬものです。 また私はあなたに向かってお辞儀したのでもありません、というのはあなたはこの射に全く責任がないからです。 この射ではあなたは完全に自己を忘れ、無心になって一杯に引き絞り、満を持していました。 その時射は熟した果物のようにあなたから落ちたのです。さあ何でもなかったように稽古を続けなさい。」

 かなりの時が経ってからようやく、時々また正しい射ができるようになった。 それを師範は無言のまま丁重にお辞儀をして顕彰するのであった。正しい射が私の作為なしにひとりでのように放たれるということが、 どうして起るのか、どうして、私のほとんど閉じられた右手が突然に開いて跳ね返るようになるのか。私はその当時も、 また今日でもこれを説明することができない。』
(『弓と禅』オイゲン・ヘリゲル、福村出版、1981、p92−95)


知見溢れる言葉が数珠のように連なり、触れたい箇所は山ほどあるけれども、私がつべこべ言うよりも、 みなさんにはこの書を手にとって実際に読んでいただいたほうが間違いはなさそうである。

だから私はこの本を紹介だけして黙って消え去るのが最も良いのだろうけど、
でも、しゃべりたい。 しゃべっちゃう(笑)。


きわめて「ロジカルな言語」で思考するドイツ人(しかも哲学者)が、「喩え」やら「指示代名詞」やらばかりで、 質問しても肝心なところに差し掛かると「稽古あるのみ。待ちなさい。」と二の句を遮る東国の老師の元で、教えを授かるというのは、 たいへんな苦労であったろう。

しかし、彼は途中何度も挫折しそうになりながらも、辛抱強く稽古を続けた。

ホントによくがんばったと思う。

この書における「日本の老師」と「ドイツの若者」との出会いは、「不立文字」の東と「言語明晰」の西が、 仕合わせな出会いを果した好例であると思う。


私は日本語というものはあまり「ロジカルな言語」ではないと思っている。

別にけなしているわけではない。証拠に私はこれほど美しい言葉はないと思っている(ってほかの言葉をよく知らないけど)。

それは日本語の言語構造と、それを使う人間の文化、風土など、さまざまなものの複合作用をひっくるめた上での、私なりの結論である。

「ロジカルでない」というより「客観的でない」と言ったほうがいいか。

つまり、「間主観性の言葉」というか「関係性の言葉」というか…むにゃむにゃ。

なにしろしゃべる相手によって一人称がいくらでも変わる言語である。

「私」「僕」「自分」など、その数はゆうに百を超える。

百変化する一人称に続く文体が「客観的」であろうはずがない(よく「主語が消える」し)。

それぞれの一人称に続く文体は、周りとの関係性を内包させながら、微妙なグラデーションでもって変化してゆく。

その会話に一人、誰か別の人が加わるだけで大きく変化する(ゆらぐ)ような言葉である。

私が「ロジカル(客観的)な言語」でないと思う理由がお分かりでしょう?

とっても繊細で優しくて思いやりがあって美しいとは思うけどね(って褒めすぎ)。

それに対してドイツ語は、きわめて「ロジカルな言語」という印象が強い。
(これもまた言うまでもなく、けなしているわけではない。)

ドイツ語に関して私はズブの素人であるので、あくまでイメージに過ぎないかもしれないけど、あながち間違っているわけではないと思う。


実際、師匠は「そんな質問をしてくる弟子はいなかった。」とヘリゲルにつぶやく。

師匠も師匠で、知に働きすぎるこのやっかいな弟子のために、「どうして教えてやろうか」とたいへん苦悩したようで、 日本語の哲学概論を熟読吟味して、哲学者でもある弟子の馴染み深い分野の方からの上手い説明はできないものかと試みた、という話が出ている。

結果、「こんなことを研究している人間だから弓術の習得が難しいのだということがよく分かった。」と、 不機嫌そうに本を放り出したそうであるが(笑)。


この勤勉な遠い異国の弟子が長い稽古の末、「“それ”の感覚」をおおむね会得したところで、師匠は弟子にこのように諭す。

『師範は微妙な微笑を浮べて、無為の状態を持つ人は、 それを持たないかのように持つことがよいのであると注意した。』
(『弓と禅』オイゲン・ヘリゲル、福村出版、1981、p96)

これまたたいへん含蓄あふれるお言葉である。

「そのような状態を持てるようになった者は、まるでそういう状態ではないかのようにふるまうのが望ましい」と、師は教えるのである。

老師はどこまでも丁寧に、弟子が自ずと気付くのを辛抱強く待ち、さらに己の中から湧き起こる最も困難な敵に対して、決して油断してはならないことを教える。


最後に一つ、実に驚くべきことであるが、実はこの状態に至るまでヘリゲルはまだ的を狙ってはいない。

目の前の巻き藁に向かって、「射の構え」を習得するまでただ黙々と射ち続けていたのである。

実際その後しばらくしてからようやく師は「最悪のところを通り越した」として、次の稽古に入る準備ができたことを認め、 晴れて的の前に立つことが許されるのである。

う〜む、面壁九年。

道程は長い。

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2006年04月03日

仕合わせる邂逅

辰巳芳子先生の『味覚旬月』(辰巳芳子、ちくま文庫、2005)を読了。

この前の番組もそうであったけれど、 まことにまことに珠玉のお言葉の宝庫であった。

その中で「百錬自得」と題した文章にこのような一説があった。


『レモン一片の上に親指をひたとあてがい、自分の親指を芯棒の如く、握り込んで、 しぼるのです。このようにすると、五つ切れの魚に、ぴったり、一片のレモンで事足り、何の無駄も生じません。
私はこの例で「こつ」の話を申し上げようと思っておりません。
むしろこつの彼方に在り、人をさし招くものに近づきましょうと申し上げたいのです。レモン一片に親指を添えるテクニックと出合って、 はや十五年を経るでしょうか、その間、最初に親指を使った“しあわせな人”が想われてならないのです。
人間、どうして、親指の使える人と使えぬ人とに分かれるのでしょう。
盛り付け箸を、注意せずとも胸のすく程垂直に使える人、一方どれ程“このように”と示しても、斜めがかった使い方しか出来ぬ人との違い。 ふきん一つ、まな板の下のあてがう、まな板をふく、包丁をぬぐう、このしぼり加減を、自然に変えられる人、変えられぬ人。……』
(同著、p276−277)


『こつの彼方に在り、人をさし招くもの』。

なんと! 辰巳先生…。 まさに…まさに…。

私の追い求めようというモノを、このような美しい表現でもって表わしてくださるとは…。

感涙。平伏。

しかし先生、「さし招く」とは…。

私たちは皆、それに招かれていたのですね…。


「こつ」。

私の追い求めようとしているモノを、例えばそのように名づけることができるかもしれないが、私はあえてそれに名前をつけようとは思わない。

辰巳先生が「こつの彼方」とおっしゃるように、それは私たちの言葉の消え入るその先にある。

それに名前というものは付けた瞬間、必ずちょっとズレるもの。

それでもそれを覚悟で、せめて「こつ」というモノを、私の言葉で表現させていただくならば、

「こつ」とは、「人」と「モノ」との「おのずからの出会い」。

辰巳先生は、その「こつ」を掴んだ者を「しあわせな人」と平仮名で称していらっしゃるが、私はそれこそまさに「仕合わせ」と書きたい。

「仕合わせ」すなわち「仕え合わせる」。

モノに、人に、「仕え合わせる」ことができたならば、これほど仕合わせなことはないと私は思う。


さらに「ものに従う―煮炊きもの」と題して

『若い頃、和風の煮炊きものは、つかみどころがなく、悩んだ。
ある日、風が好むところを吹くように「もの」も自由と気付き、このように煮たい、あのように炊こうとの作為を手放した。作るより、従う。 「もの」についてゆくことにした。
…中略…何によらず、性根の強いものは、時間の中で遊ばせあそばせ扱ってゆくと、本性を押さえ込まず、強さが活きてくるように思う。』
(同著、p108−109)


『「もの」についてゆく』。

アクや癖は、そのものの「持ち味」。

「何かに仕合わせる」ことができるということは、まさに仕合わせ。

そして、このような素晴らしいお言葉に仕合わせたこともまた、仕合わせ。

さらにこのような、違う道を歩む人を「師匠」と思えるような出会いもまた、本当に仕合わせなことである。

なるほど、料理も「身のこなし」。

究極は、どこまで扱う食材に寄り添えるか。引くところで引き、寄るところで寄る。

これを育てることを「躾」(しつけ)と言う。

う〜ん。

仕合わせる邂逅に、ジ〜ン。

posted by RYO at 20:40| Comment(8) | TrackBack(1) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする